夏休みが終わるころ

こむぎこちゃん

夏休みが終わるころ

 ……来ないな、朝乃。

 おれは勉強机に向かいながら、ついつい部屋のドアの方を振り返ってしまう。

 今にも、幼なじみの朝乃が入ってくるんじゃないかと思って。

 夏休みもあと二週間というこの時期に、まっしろな課題を持って朝乃がおれに助けを求めに来ることが、おれたちの夏の恒例行事……のはずなんだが。

 大丈夫か、あいつ。ちゃんと勉強、できてんのか?

 いや、中三なんだし、さすがに自分でやってるだろ。

 でも、もしかしたらほかのやつとやってるかもしれないよな。部活の女子とか……クラスの男子とか。

 ああ、ヤバい。集中できない。おれだって受験生なのに。

 シャーペンを放り出したおれは、イスにもたれて天井を仰ぎ、大きくため息をついた。


       * * *


 おれ、清水星夜と土屋朝乃は、大通りをはさんで向かいに住む、幼稚園からの幼なじみ。だが、不幸にもその大通りが境界線らしく、おれたちは小学校だけでなく中学校まで別々だった。

 中学に入ってからは、お互い部活やら行事やらで忙しく、小学生の時ほど一緒に遊ぶことはできなくて。それでも夏休みと冬休みには、毎年課題を一緒に――と言ってもほぼおれは教えるだけだが――やるというのは、小学生の時から変わっていなかったんだ。

 朝乃は塾に入っているし、忙しいのはわかっている。でも、夏の課題だけは一緒にやるんじゃないかと、心の底では思っていた。

 高校受験は、おれたちが同じ学校に通う初めてのチャンス。……だが、朝乃とおれでは、目指せる高校のレベルが違う。事実、朝乃は二年生の冬の模試でおれの志望校でE判定をとっている。

 高校に入れば、課題はもっと多く難しくなっていくはずだ。そうなると、さすがのおれも全く違う朝乃の夏の課題を教えることはできないだろう。だから今年が最後……と思っていたのに。

 毎年来るし、面倒だと思ったことも正直ある。だけど来ないと少し、寂しいものなんだな。


       * * *


 夏休みももう残り一週間。

 やっと朝乃は来ないと割り切って、勉強に集中できるようになってきた。

 集中さえできれば、夏休みは実力がどんどん伸びていく。数学の計算も速くなったし、あまり得意ではない英語も――


「星夜ーーーっ!」


 突然、部屋のドアが開くと同時に大声が飛び込んできて、驚いたおれはイスから体が数センチ浮いたような気がした。

「な、ど、どうして……」

 おれは驚きを隠せないまま、声の主――朝乃を振り返った。

「ね、これ、見てっ!」

 息を切らして、それでも満面の笑みで、朝乃がおれの前に一枚の紙を掲げてみせる。

「これは模試の……って、朝乃おまえ、まだおれと同じ高校を第一志望で――」

 途中でおれは言葉を失い、目を丸くした。

「……B判定、って……」

 そんなおれの様子を見た朝乃は、いたずらっぽくへへっと笑う。

「わたし、がんばったんだよ! 高校こそは星夜と同じ学校に通うんだって。星夜と一緒に勉強してるとつい甘えちゃって自分で解こうとしなくなるから、塾がない日も自習室に通ってさ」

 ……ああ、そういえば、小学校に上がるときも、中学校区を知ったときも、おれたちは何で一緒の学校に通えないんだって、朝乃は泣いたんだっけな。

「じゃあ、今からおれたちはライバルってわけだ」

「ええー、そこは同じ高校に挑む仲間でいいじゃん」

 むうっと頬を膨らませる朝乃を見て、おれは自然と笑みがこぼれる。

「お互い、がんばろうな」

「そっちこそ、余裕ぶってて落ちないでよ?」

 おれたちは二人で笑みを交わして、こつんとこぶしをぶつけ合った。


 静まり返った部屋で、おれは再び机に向かった。

「これは、絶対に落ちるわけにはいかないな」

 そう一人でつぶやいて、シャーペンを手に取る。

 さっきまでよりもずっと、気分は晴れやかだった。

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