第25話 土>水>風>火

「はよーッス」

「おはよ。ヒドい寝癖付いてるわよ?」

「……そっかぁ」


 一週間の旅路。

 初めての街の空気と寝慣れない寝具。

 一夜のうちに睡眠を重ねたが一度に纏まった眠りを得ていないことでその意識は回復しきっていない。

 寝ぼけ半眼で宿一階の酒場を兼ねた食堂に下りてきたヒイラギはクアークに子ども相手のような笑いを向けられる。

 だが意識曖昧の空返事。


「というか髪、長いね。切らないなら括ったら?」

「ん~……。ご飯ください……」

「はぁい。飲み物はどうするのヒイラギちゃん?」

「お茶でお願いします……ヘーザルさん」

「ヘーゼルよぉ~」


 その視界は白ボケている。

 昨夜のうちに聞いていたはずの朝食の内容は憶えていないし、飲み物の選択肢もほとんど忘れていた。

 辛うじて認識していたのは水とお茶があるということ。

 昨夜のうちにこの国のお茶というモノに興味を持っていて朝食の際はそれを飲もうと決めていたこと。


「髪留めは持ってないの?」

「……持ってない。ここ三週間で一気に伸びた……」


 先に出されたお茶の熱さに少し意識が覚醒し、ある程度の受け答えが可能になっていた。


「何? 頭に治癒魔術でも使ったの?」

「多分違う。というかそもそも使ってない。……異世界から来て一ヶ月経ってないからしばらく肉体の治癒速度が異常になってるって話。だから爪も伸びるの早い」

「――」


 異世界から来た。

 その言葉に料理を持ってきたヘーゼルを除く周囲の者たちが刹那、反応し。

 元に戻った。


「ついでに一時期フケも出てた。垢もいっぱいだった……」

「そうなんだ。でも爪は普通よね?」

「流石に武器振るうのに邪魔だし……」

「そうなの。ちなみに必要ならアタシの予備の髪留め上げるけど、いる?」

「……うん」

「ついでだし結んであげよっか?」

「お願い……」


 少し苦味の強いお茶を口に含む。

 わずかとはいえ時間経過で味の解像度が上がり、味蕾を苦味が刺激。意識覚醒の補助となった。

 そしてそれによって複雑な気持ちが襲い掛かる。

 寝ぼけていた不甲斐なさ、要注意人物に髪を触れられているという忌避感やそれらに付随した諸々。


「はい。魔力でやる形状記憶合金の髪留めね。魔力を流して輪を広げて、魔力を流して輪を閉じる。簡単でしょ?」

「――へ~、面白」


 それはさておくことにした。


「首筋がスッキリ――ふぁぁ」

「それで、今日はどうするの?」

「……ギルド行って出来そうな依頼があれば受ける。活動場所は坑道。……良いのない?」

「おススメの坑道ってこと? ん~、第六坑道が全体的に良いと思うわね。廃坑になっててギルドが定期的に調査、維持してるから安定してるの」

「ほうほう。第六ってことはかなり初期だな」

「調査のために掘られた坑道であまり複雑じゃないし最奥まで行きやすい。実力を確かめるなら良いと思うわ」


 位置は街近く、居住地とあまり高度の変わらない場所に上層が一本、山半ばまで。

 その後、上層坑道中間地点から立坑が伸び、三層に分岐する。

 上層の倍程度、つまり山の底辺と同じ長さの中層。

 中層の1.3倍程度の長さの下層。

 下層の倍ほどの深層。

 各層内でも分岐、接続が少なく、探索をするには楽な場所だ。


「じゃ、そこにすっかな」




 湿りと冷気が停滞する坑道・中層。

 壁に備え付けられた魔石灯が薄暗くも灯りをもたらす。


「不快だな……」

「ふふ」


 身を覆う不快感。

 湿度は数度の戦闘による汗を乾かさせず、視覚頼りでこれまでのほぼ一生を過ごしてきたヒイラギにとってその視界を薄暗さで阻害されるというのも不快。

 各所にある大空間は問題ないが、通路であるのがほとんどで、魔術で壁面を強化されているため前世界のそれよりは比較的広いがそれでも上下左右の圧迫感はあって、それも不快。

 加えて、狭いゆえの大きな動きができないという状況。

 調査のための坑道ゆえに底面が人通りで均されておらず、粗い地面は体力を酷く消耗させた。


「早めに慣れることね。あと十回くらい戦闘を経験したら嫌でも慣れるから大丈夫よ」

「……そうしないと死ぬってことね、了解」


 怪我こそないが攻撃を受けそうになったのは幾度か。

 不安定な足場で体勢を崩して攻撃を受け流し損ねかけたのが二度、壁面を蹴って跳ねようとして採掘の粉塵で滑ったのが一度。

 その他単純な動きづらさによる理想と現実の乖離で間一髪だったのが複数。

 回を重ねるごとに慣れつつあるが、同時に深部へ向かうにつれてモンスターの強さも上がる。

 その互いの変化度は、モンスターの方が上だった。


「――うんっ、しばらくこの辺りを周回しよう」

「なんで?」

「キミ、今日これまで戦った相手憶えてる?」

「上層、怪波蝙蝠ノイズバット赤玉烏ガーネットクロウ回折結晶玉オーバーレイクリスタル。中層、同じく回折結晶玉オーバーレイクリスタル鉱喰蜥蜴ラヴォアギ

「まだ岩石兵ゴーレムと戦ってないの。この街で戦ううえでの適切な武器強化とか覚えるのに適してるんだけどそれと戦わず先に進むのはオススメしないわ。いくら自己責任の仕事とはいえ流石のアタシも止めるから」

「俺一人だったら先に進んでたかもしれない。ありがとう」

「良いわよ。今は仲間なんだから」

「そっか」


 比較的硬い鉱喰蜥蜴ラヴォアギも中層の、それも前半部分程度では生態の真価を発揮しない。

 喰うのは石くればかり。

 身につく装甲はそれ相応のモノ。

 鉄を喰らえば錬鉄ほどではないにしても鉄の装甲を身にする存在と、真の意味で戦ったとは決して言えない。


「とはいえ勝つだけならヒイラギでも出来るはず。だから一戦目は単独の相手を狙って戦ってもらうわ。その次にアタシがお手本を見せるからそこから成長してね」

「おう!」


 少しして、接敵。

 六体の岩石兵ゴーレム

 その大半が周囲の岩盤と変わらない石でできているが、二体だけ異なる様相が見える。

 一体は他四体の灰色にまばらな黒を付け足した姿。

 階層を考慮すると皮鉄鉱と呼ばれる、鉄と緑虫銅バグアラの混ざった鉱石の影響だろう。

 もう一体は煌めく白をまぶした姿。

 姿だけではその内容はわからないが、強烈な衝突痕のある腕に対してそこに生えた白結晶は時の経過を感じさせつつも鋭利。

 ヒイラギはわからないが見る者が見れば理解できるその経過日数、約二週間。

 その間をほとんど欠けずに生き残った結晶はヒイラギにとって残酷なほどに強固。


「ちょっと多いかな~」

「倒せないなりに引き受けるぞ」

「大丈夫、ちょっと管理が面倒なだけで勝てるから!」


 ヒイラギが先行し、ヒイラギのみが戦っていたから今日一日抜かれなかったクアークの武器が露わになる。

 長さの等しい双直剣。

 どちらも同じ。

 それが淀みのない武器強化で威力を引き出す。


「ちゃんと見てて――一瞬だから!」


 言葉通り。

 決着は一瞬、ヒイラギの目にはその動きが点でしか把握できなかった。

 一閃、二体を上下に分断。

 一閃、一体を左右に両断。

 双閃、三体が爆ぜるように粉砕。

 掛かった時間は小数点、そして六秒。


「――……一瞬だけ感じた魔力の雰囲気、それぞれの壊れ方からしてだけど、初めが相手の構造上の弱点に一撃を通した? 次が武器そのものの力を引き出して切り裂いた? 最後が相手の体内の魔力に自分の魔力を上乗せして反発を起こした?」

「正解! 簡単に見せれてキミでも簡単に習得できそうなのはこの三つね」

「……できるか?」

「予測込みとはいえ魔力感知で内容を理解出来たなら大丈夫。それに三つに思えるけど実質二つだから」

「なんで?」

「最初に見せたのは相手の魔力を読んで、体内で渦巻く魔力の境界部分に攻撃を通すやり方。最後に見せたのは魔力を読んで、そこに正確に魔力を重ねて捩じ込むやり方。どっちも同じ魔力感知よ」

「ん~、なるほどぉ」


 共通する魔力感知。

 そこさえ突破できれば容易であると話すクアーク。

 それは正確ではないが、事実として魔力感知を行って相手の中に自分の魔力を通す格下狩りの技術を身につければそこで身に着いた技能の流用で境界部分に攻撃を通すのも可能となる。


「一体の相手と当たったら練習してみましょう」

「わかった」


 数度の接敵。

 一体の岩石兵ゴーレムと遭遇する。


「アタシはいないと考えてね」

「おう」


 自然状態から魔力を抑え、気配を消すクアーク。

 対照的に全身に魔力を纏い、戦闘力を向上させるヒイラギ。

 魔力を感知した岩石兵ゴーレムはなんの警戒もなく、命令を淡々とこなす機械のごとく一直線に攻撃を行う。

 上げれる限界まで上げての、振り下ろし。

 地面が砕け。

 地面が揺れる。

 魔力の強化の弱い、腕の末端。同じ硬度の物質の衝突によって拳も崩れ落ちる。

 だが直後に石塊が集まり、修復が行われた。


(ン~、こりゃぁ攻撃しても再生されそうだな。とすると、どうするか。クアークが攻撃した時は再生せずに死んだ。再生を上回る速度で攻撃をするか、一撃で再生の暇もなく殺すか)


 モンスターには呼称『魂』のゲーム的表現ではHPに類する生命残量がある。基本的には攻撃で蓄積するものの岩石兵ゴーレムはそうではない。だが魂が一定値を割れば死ぬのは同じ。

 再生する存在といえど殺すことは可能だ。

 通常のモンスターを相手に表面に細かな攻撃を加え、出血で魂を損なわせて致命傷以外で殺すように。岩石兵ゴーレムも強烈な一撃ではなく表面を擦り削る手数の暴力で殺せるのではないか、と。

 それは事実だ。

 表面、つまり魂の深部に辿り着かないため効果は低いが表面の攻撃でも膨大な数を重ねれば殺すことが可能。


(待った、違うな。再生する相手には再生能力で自滅って手と、そもそもの再生阻害って手も古典的手段としてあるわ)


 切りつける。

 同時にその傷口に魔力を残す。

 ほんの僅かな再生阻害。すぐヒイラギの魔力は岩石兵ゴーレムの魔力によって弾き出され、再生能力を取り戻してしまった。


「ん……」


 二度目の実験。

 直前の攻撃では魔力が弾き出され、そして時間経過で消滅した。

 つまり魔力そのものはなんの影響も受けていない。

 今度は魔力の形状を整える。想像するのは釣り針や銛。

 返しをつけ、抜けるのを防ぐ。

 その考えは正しく、弾き出そうと魔力をぶつけられるが弾き出されない。

 だが、今度は魔力そのものの強度が足りずに固めた魔力が砕かれてしまった。


「魔力を纏わせれば弾かれる、捻じ込めば破壊される。どうすっか」


 口でそうは言いつつも手段は既に脳内にある。

 それは自らの動きを阻害する砂塵の操作。

 地面から素材を集めて再生しようとする。その傷口と素材との間に他の場所から集めた砂塵を挟み込む。

 もちろんそのままではダメだ。

 至近距離に素材があると察知すれば砂塵を使用しようとするだろう。

 だから必要なことは魔力の偽装。

 砂塵に込めるヒイラギ自身の魔力を相手のソレに似せる。

 するとあくまでも操作権はヒイラギにありつつ相手に偽装できる。


「これぁ、ちょいと苦手だな」


 魔力が一気になくなった。

 日々の訓練で少しずつ増えてはいるが、未だレベル1のヒイラギはその恩恵を受けられず少しの魔力で日々過ごしている。


「できるにはできるから……いっか?」


 命を失った岩石兵ゴーレムの体表が小さな地響きを発しながら地面に落ちる。

 本来の肉体から無数の再生を経て、多くの部分が魔力的なモノではなく、物質的なモノへと推移していっていた。

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