第2話

 ようやく停車したマイクロバスから降りる雷志の顔色はあまりよろしくない。


 青白い顔をしてふらふらとした足取りから、今にも倒れそうな雰囲気をひしひしと放つ。



「さ、最悪の乗り心地だった……あんな道を普通のタイヤで走るとかありえへんやろ……」


「あ、あのぉ。お客様? 大丈夫ですか?」


「許さへんでマジで……」


「うわっ、恨み節がすごい」


「……はぁ、まぁいいです。それよりも、ここはいったいどこなんですか?」


「あ、はい! 改めましてご乗車ありがとうございます! こちら、終点の貴魁町きかいちょうとなります!」


貴魁町きかいちょう……? 聞いたことがない場所ですね」



 携帯ですぐさま検索をかけた雷志だったが、ディスプレイに表示された当該情報なしの言葉に彼の眉はしかめられる。


 とりあえずせっかく来たのだからあれこれと見て回らなければもったいない。


 無理矢理の乗車であったにも関わらずしっかりと乗車賃を支払わされたことへの恨みはひとまず置いて、雷志は見知らぬ街へと繰り出す。


 町は、都心のような人の活気で大いに賑わっていた。


 まるで今日が祭でも開催されるかのような賑わいっぷりに、雷志もついその頬を緩める。


 それにしても、なんなんだこの町は……? 周囲を物色する傍らで雷志ははて、と小首をひねった。


 彼の視線が向く先々では当然ながら人が映る。これだけならば別段どうということはない。


 どこにでもありふれた光景の一言で終わろうが、彼が見てる世界ははっきりといって異質極まりなかった。



「この貴魁町きかいちょうには、女の子しかいないんでしょうか……」



 そう雷志がもそりと呟いたように、視界に映るのは等しく皆女性ばかりだった。


 更に言えば、一様にかわいらしい。人形のような愛くるしさに加え、妖艶な雰囲気をかもし出す大人としての魅力と、見ていてまったく飽きがこない光景に雷志は得体の知れない不気味さをどうしても憶えてしまう。


 なにせ自分以外の男性が一人も見かけないのだ。これを異様と言わずして、なんといえばいいか雷志は皆目見当もつかない。



「――、あのぉ。すいません」



 不意に声をかけてきたその少女に、雷志はぎょっと目を丸くする。


 十代後半と大変若々しく、あどけなさが残る面立ちに翡翠色という極めて稀有な瞳と燃え盛る白銀のロングストレートヘアがよく似合っている。


 だが、彼女にはあってはいけないものがそこにしかとあった。



「……えっと、コスプレイヤーの方か何かでしょうか?」



 こう思わず尋ねてしまった雷志に非はないと断言できよう。


 何故ならば少女には狐耳に尻尾と、明らかに人外としての要素があったのだから。


 むろんこれは少女だけに該当する話ではない。道行く人々の中にはそうした類の者が半数以上は確認できる。


 雷志は、恐らく今日は大型コスプレイベントでも開催されているのだろう、とそう判断した。


 さもなくば彼女含め、彼の視界に映るすべての光景が異質極まりない。



「ち、違いますよぉ! これは歴とした本物ですぅ!」


「はぁ……」


「……なんだか、今ものすごーく失礼なこと思われちゃってます?」


「ははは、まさか。私は別になんだかとんでもなく痛い子に声をかけられてしまったなぁとか、全然考えてないですよ?」


「いやそれもう思ってるじゃないですか!!」


「……それで、結局私に何か用ですか?」


「あ、そ、そうだった! あの、もしかしてですけど……和泉雷志いずみらいし、先生だったりしますか?」


「えぇ、そうですけど」


「やっぱり! あ、ボ、ボク先生の大ファンなんです! あのぉ、よかったらサインしてほしいんですけどいいですか?」


「え? えぇ、それはもちろん構いませんよ」


「いやったー!」



 サイン一つで大はしゃぎする狐娘を前に雷志も頬をつい緩めてしまう。


 サインなんて強請られたのはいつ以来だろうか……? 雷志はそんなことを、ふと思った。



「あ、待ってください!」


「……今度はなんですか?」



 再び散策しようとする雷志を、またしてもその狐娘は制止を呼び掛ける。


 どうやらまだ、何か自分にこの娘が用があるらしい。


 とはいえ、今度はいったい何をいってくるのだろう? さっきまで好意的だった彼の視線も、二度目の制止とあって狐娘を見やる視線はひどく訝し気である。



「あ、あの! ボク葛葉くずのはカエデって言います! その、先生がよかったらですけどサインのお礼をさせてください!」


「お礼、ですか? 別にそんなの気にしていませんよ。だから君も、どうかお気になさらないでください」


「いいえ! そういうわけにはいきません! 人から嬉しいことをしてもらったらちゃんとお礼はしなさいってお母さんも言ってましたから!」


「いや、人の話聞いとったか君? ってそうじゃなくて……本当にお礼とかいりませんから大丈夫です。それじゃあ私はこれで失礼しますね」



 この時点で雷志はもう、狐娘への関心はほとんどなくなっていた。


 むしろこれ以上関わると面倒なことになりかねない、とさえ思っていた始末である。


 しかし狐娘――もとい、自らを葛葉カエデとそう名乗った少女は雷志を一向に離そうとしない。


 その必死さは彼をその場に留めるほどで、結局雷志は彼女の言葉に耳を傾けることにした。



「――、それで? お話と言うのはなんでしょうか? できれば手短にお願いします」


「あの、先生はどうしてこの貴魁町きかいちょうにきたんですか?」


「どうして、と言われましてもねぇ……無理矢理バスに乗せられて連れてこられたとしか」


「そうだったんですね。それじゃあ、宿とかは取ってないですよね?」


「えぇ、そうなりますね。ですがご心配なく。泊まるつもりはありませんのですぐに――」


「あの、先生? 大変言いにくいんですけど……次にバスが出るのは多分、早くて明日ですよ?」


「あ、明日……?」



 おずおずと口にしたカエデの言葉に、雷志は耳を疑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イグニさまのいうとおり!~男の娘じゃダメですか?と今日も私は迫られる~ 龍威ユウ @yaibatosaya7895123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ