第30話 エクストラステージ

「失礼します。こちらでスタンプラリーは受け付けていますでしょうか?」


 二階の空き教室を利用した新聞部では、部が過去に発表した記事のバックナンバーをまとめた冊子を配布するイベントが行われていた。それ以外の活動としては、準備期間中に取材した各クラス、各部活の陽炎祭本番への軌跡を収めた「陽炎祭特別号」と題した新聞が、入口正面を始め、校内の様々な場所へと掲示され、来場者の目を楽しませている。


「まさか本当にクリア者が現れるとは。新聞部の瀬尾だ。私がここの担当だよ」


 入室した僕が声をかけると、一人で冊子の在庫整理をしていた男子生徒が物腰柔らかく応対していた。記者っぽく、首から身分証明書をぶら下げており、「新聞部副部長・瀬尾せお新平しんぺい」と記載されている。


「一年の猪口くんだろう? 君の話は一夏から聞いているよ。謎解きスタンプラリーを制覇する者がいるとすれば、それは君だろうとね」

「銅先輩とは付き合いが長いんですか?」


 銅先輩のことをドーナツと愛称で呼ぶ先輩方も多い中、瀬尾先輩は名前の一夏で呼び捨てにしている。これまでの先輩方よりも距離が近い印象だ。


「小学生の頃から知ってる。おまけに今や、ミス研の部長と新聞部の副部長だからね。何かにつけて協力を要請され、困り果てているよ」


 そう言って苦笑しているけど、本気で迷惑だと思っていたら、銅先輩の企画に協力、しかも最後のスタンプ担当などという役どころを引き受けたりはしないだろう。ミステリーと記者というのも一つの王道の組み合わせだし、銅先輩と瀬尾先輩は良いコンビなのかもしれない。


「さてと、ここまで辿りついた君にはスタンプを授与しなくてはね」

「これで最後ですよね」

「昨日までならね」


 不敵な笑みを浮かべる瀬尾先輩の手にはスタンプ、そして一枚の封筒が握られている。


「どういう意味ですか?」

「本来は三つの謎を解いた時点でクリア。このまま一夏が待機する、ミス研の部室に向かってもらう流れだったんけど、今朝になって急遽、一夏から企画の変更を受けてね。君にはエクストラステージに挑戦してもらうことになった。一夏いわく、すでに君以外の挑戦者は脱落しているそうでね。せっかくならと、君に最後の挑戦を挑みたいそうだ」

「昨日の今日でエクストラステージを仕込んでくるなんて。相変わらず柔軟な人ですね」

「その結果、私みたいな人間が振り回されることになるんだけどね。ひとまずこれで、正規の謎解きスタンプラリーは見事クリアだ。このまま是非ともエクストラステージのクリアを目指してくれたまえ」

「ありがとうございます」


 激励の言葉と共に、枠が全て埋まったスタンプカードと、新たな謎が入った封筒を僕は受け取った。


 ※※※


『コーヒー牛乳に会いに行きなさい。最後のスタンプはそこに。


 追伸。私が即興で考えた謎につき、初心に返らせてもらった。クオリティはご容赦を』


 廊下で封筒を開封すると、四つ目のスタンプに使えということだろうか。追加でもう一枚のスタンプカード(枠は三つ)と、銅先輩の手書きらしき謎が一枚入っていた。印刷ではなく手書きだったり、追伸でクオリティに言及したり、瀬尾先輩が言っていたように、本当に今朝になって急遽追加された謎のようだ。


 三つの謎を解いたのが僕だけで、その結果迎えたエクストラステージというのは光栄だけど、それにしては追伸が気になる。時間が無かったのは事実だろうけど、銅先輩がクオリティに自信がない謎で、僕に挑戦してくるような真似をするだろうか? ひょっとしたらこれ自体も何かのヒントなのかもしれない。それを念頭に置いて、このメッセージについて考えてみよう。


 キーワードは「コーヒー牛乳」。会いにいくという表現や、これまでも誰かしら銅先輩の関係者がスタンプを管理していたことから、特定の誰かを示していると考えるのが妥当か。


「やっぱり追伸が気になるな」


 意味をストレートに捉えるのは危険な気がする。相手はあの銅先輩だ。深読みするぐらいで丁度いい。


 「私が即興で考えた」。これは恐らく文字通りの意味だろう。短時間で考えた。故に謎としてそこまで複雑ではない。


 「初心に返らせてもらった」。追伸の中で、正直この言葉だけが浮いているように感じられた。これは恐らく謎の方向性を表している。


 「クオリティにはご容赦を」。やはり銅先輩が謎のクオリティに言及するのは違和感がある。これもヒントだとすると、それが意味するところは。


 この追伸は僕に対してのみ向けられたもので、銅先輩はフェアな人。つまり僕はこの追伸を咀嚼することができるはずだ。


『どうして私はドーナツと呼ばれているでしょうか?』


 初対面の僕に銅先輩が最初に仕掛けてきたのは、自身のあだ名に関する問題。出会いと名前。二重の意味でこれは初心だ。クオリティに対する言及も完成度というよりも、過去に似たような謎を経験している、言うなれば二番煎じという意味ではないのか? 同じような方向性で考えていけば、今回も正解に辿り着くことが出来るかもしれない。


『ペンネームを読み替えたら、葡萄酒と読むことも出来るなって』


 この方向で考えていたら、五カ月前の胡桃のことを思い出していた。胡桃は酒武道のペンネームと葡萄酒の関連性に気付き、そこから生井好さんの名前がウイスキーと読めることにも……。


「まてよ、胡桃?」


 人生で何度も呼んできた幼馴染の名前が僕の心に引っ掛かる。胡桃との距離感からではない。純粋にその名前の響きが今の僕には意味深に聞こえる。


「胡桃……ミルク……牛乳」


 だとすれば残るは。


「比古……コーヒー」


 閃く時はいつだって一瞬だ。

 コーヒー牛乳が示す人物は僕の幼馴染、比古胡桃以外には考えられない。

 どうして謎解きの答えが比古胡桃なのか。

 どうして銅先輩が急遽こんな謎を用意したのか。

 疑問は尽きないけどそんなものは後回しだ。

 胡桃に会いにいける。今はそのことが嬉しくて仕方がない。

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