第29話 最後の謎

「楠見くん。胡桃はいる?」


 陽炎祭二日目。昨日と同じ要領で、午前中に遊技場の仕事を終わらせ、その足で胡桃が担当する中庭の焼き鳥の屋台に向かったのだけど、そこに胡桃の姿は無かった。胡桃の所在を、数少ない顔馴染みの楠見くんに尋ねる。


「さっきまでいたけど、午前の仕事が終わったらさっさと切り上げたよ。昨日も一緒だったし、てっきり猪口と一緒だと思っていたけど」


 面と向かって謝らせてももらえないなんて……胡桃はそんなに僕と顔を合わせたくなかったのか。


「何かあった? 比古も何だか今日は落ち着かない様子だったけど」

「……ちょっと、喧嘩をね」

「なるほど。そういう時もあるよな」


 友達だからと報告する内容でもないし、胡桃も楠見くんにまでは事情を話していないのだろう。楠見くん自身、どこまで踏み込んでいいものか迷っているようで、反応は当たり障りない。今の僕にはその方がありがたかった。


「ありがちな言葉かもだけど、時間が解決してくれる部分もあるんじゃないか? お互いに頭が冷えればまた話せるって」


 そう言って、楠見くんは励ますように僕の肩に触れた。

 時間が解決してくれる。昨日、玄さんも同じことを言っていた。僕は解決を焦り過ぎなのだろうか? 確かに胡桃が僕と距離を置こうとしている時に無理に会おうとすれば、それは余計に状況を拗らせるだけなのかもしれない。仲直りして一緒に陽炎祭を回りたかったけど、陽炎祭は来年も再来年もあるし、今日という一日よりも、今後も胡桃と仲良くしていくことの方が重要だ。焦らず、今はお互いに頭を冷やすべき時間なのかもしれない。


「ごめん。急に顔出して、悩み相談しちゃって」

「気にするなって。何かあれば俺も協力するから」

「ありがとう。楠見くん」


 楠見くんとはその場で別れて、僕は学食で昼食をとることにした。

 屋台の焼きそばをすするけど、胡桃のことで頭がいっぱいで、あまり味を感じない。作ってくれた人には申し訳ないけど、今の僕にとって食事は、ただお腹を満たす作業となっている。


「僕一人でもやるか」


 昼食を終えると、昨日ヴァンパイア先輩から渡された、三つ目の謎が入った封筒を取り出した。今日は胡桃とは会えそうにない。だったら僕一人で謎解きスタンプラリーを完遂しよう。今はとにかく、何かをして気を紛らわせたかった。

 己の流儀に則り、今この瞬間まで封筒は一度たりとも開封していない。封に使われているシールは今回は一枚目と同じような無地の赤いシールだったので、追加情報は存在しないようだ。


「ここに来て暗号か」


 封筒には一枚の問題用紙が入っていた。


『次の言葉が示す部室に迎え。


 10 74 16 91 15 68


 ヒント


 1=H                   2=He 



 11=Na 12=Mg


 ※法則が分かった時点で、参考資料の検索を認める』


 ヴァンパイア数に続き、再び謎の数字が並んでいる。ただし今回はヒントつきで、一部の数字に対応する文字が記載されていた。今回はヴァンパイア数のように数字の共通点を見つけるというよりも、法則に従って特定のメッセージを見つけ出す、暗号としての側面が強そうだ。


 そして最後の意味深な注意書き。参考資料というのは恐らく、暗号解読に必要な、対応する数字や文字を記した暗号表の類だと考えるのが妥当だろう。本来なら暗号表も問題文に同封されて然るべきだが、そうではなく参考資料の検索を認めると、あくまでも暗号表も自分で見つけろと強いてくる。一見すると不親切に思えるが、僕にはこれ自体も大きなヒントのように思えた。検索を認める、即ち誰も検索することが出来る。ということは、今回の謎のために用意された暗号表というわけではなく、既存の何らかの資料が、暗号表の役割を果たすと考えるべきだろう。だとすれば、この参考資料の正体を突き止めることが出来れば、謎の解明は一気に進むことになりそうだ。


 まずは数字とそれに対応する文字の法則を突き止めなければ始まらない。1はHとローマ字一文字なのに、他の数字は大文字と小文字の組み合わせだ。日本語に変換すれば2は「へ」、11は「な」と読むことも出来るが、他がそれに当てはまらない以上、全てを日本語に変換することは難しそうだ。


 さらに奇妙なことに、「1=H」と「2=He」はそれぞれ紙の左右の端に書かれて間が空いているのに、二列程度下がって「11=Na」と「12=Mg」は左側に隣り合って並んでいる。まさか銅先輩に限って、問題製作時に位置を間違えた、などということはないだろうし、この配置にもきっと何か意味があるのだろう。


 手帳を開き、ヒントの位置に習って、数字に対応する文字を書いてみる。「H」を左上、「He」を右上、ヒントに沿うなら一列目はこれで終わり。ヒントには無いが、後の三行目の「Na」、「Mg」を考えれば、その間の3から10に対応する文字が二列目に相当すると考えるのが自然か。解読する数字の一つは10だ。11が三列目の先頭に来るということは、10は二列目の最後。「He」の真下にやってくると考えられる。


「この並び、どこか既視感があるような」


 最初の列が「H」と「He」。そして三列目の始まりが「Na」、「Mg」。この並びに覚えた既視感は、雑学とか個人的な知識の範囲ではない。授業で習うような、僕たち学生には比較的身近な……。


「そうか。スイヘーリーベーか」


 暗記のための歌も印象深い、僕たち学生にとっては身近な記号の数々。ヒントと照らし合わせた結果、これらの数字が表しているのは、元素周期表に記載されている番号と元素記号だ。


 1は「H」で水素。2は「Ha」でヘリウム。11は「Na」でナトリウム。12は「Mg」でマグネシウム。だとすれば問題文に記載された数字も全て、元素記号を表していると考えて間違いないだろう。有名どころだと、10が「Ne」でネオン、15が「P」でリンであることは分かるけど、74番や91番となると流石に自信はない。ここは問題文の配慮に甘えて、周期表を検索して参考にさせてもらうことにしよう。


「これならいけそうだ」


 スマホで検索した周期表と照らし合わせることで、全ての番号がどの元素記号と対応しているのかを把握することが出来た。


 10はネオンで「Ne」。

 74はタングステンで「W」。

 16は硫黄で「S」。

 91はプロトアクチニウムで「Pa」。

 15はリンで「P」。

 68はエルビウムで「Er」となる。


 これらの元素記号を並べると生まれる言葉は、「Newspaper」。


「答えは新聞。ということは」


 校内のフロアマップを確認してみると、二階の空き教室では新聞部による展示が行われていることが分かった。目的地は新聞部と見て間違いないだろう。


「最後の謎だけあって、なかなか歯ごたえがありましたよ先輩」


 学生にとっては馴染み深い元素周期表をそのまま暗号表に利用するとは、銅先輩もなかなかトリッキーなことを考えるものだ。


「……思ったよりも早く終わったな」


 時刻は間もなく午後一時になろうかというところ。後は新聞部に顔を出して最後のスタンプを押してもらえば謎解きスタンプラリーはクリア。時間的にもかなりの余裕があることになる。この時間を使って、胡桃と文化祭を回ることが出来ないことが残念だ。

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