幸せと数年前の策略~ただ疑問に思っただけなのに~




 先日の事件で、私は自分が幸せになっていいのかという悩みが酷くなった。

 こんな私が幸せになっていいのだろうか?

 母方の祖父母を犠牲にし、父を犠牲にし、母を失った私が幸せになっていいのだろうか?

 と。


『幸せにおなりなさい』


 居なくなったはずの両親の言葉。

 神様がくれたご褒美的な両親との再会し、そして掛けられた言葉。


 でも、本当に私は──

 幸せになっていいんだろうか?



「アトリア」

「レオン」

 いつもは忙しそうなレオンが声を掛けてきた。

「何を悩んでいる」

「別に悩んで居ませんよ」

「嘘をつくな」

 じろりと睨まれる、愛情表現が他五名と違う彼はこうやって私を射貫くから怖い。

「……幸せになっていいのかどうか考えてたんですか」

「幸せに、か」

 レオンは何か考えているようだった。

「俺には人並みの幸せは無縁だと思っていた、なんせ将来は隠密──暗部の長をやることになる」

「……」

「だが、お前と一緒になろうと思った時、初めて『幸せ』になりたい、そう思った」

 暗部の長ということは汚れ役だ、彼はずっとソレを仕方ないと思い、幸せになどなれないと感じていたのか、でも私と会って『幸せ』になりたいと思ってくれたのか。

 それだけの価値がはたして私にあるのか?

「それと父に言ったら、笑われたよ『私が妻と一緒になったときと同じだな』とな」

「……レオンのお父様は、幸せだったのでしょうか?」

「暗部の長をやっているが、幸せだと言った。妻と子どもに恵まれたのだからとね」

「……」

「この国では同性同士でも子どもを作ることができる、だからその」


「お前と、生まれてくるであろう子を幸せにしたい」


「……私は人を不幸にする存在でしかないですよ」

「誰がそんな事を言った?」

 またぎろりと睨んできた、私の心を射貫くように。

「いえ……私の出自を考えてみれば父も、母も、母方の祖父母も私の所為で死んだようなものです」

「それは違うぞアトリア」

「でも、実際そうだった訳です」

「お前は愛された、だからお前を守ろうと皆必死だった、誰も自分を不幸だと思ってないだろう、それこそ、お前が不幸になってしまったら死んだ者達も死にきれんだろう」

「……そうでしょうか」

「そうだ」

 彼は言い切った。

「お前を咎める悪夢を見たことはあるか?」

 ソレには首を振る、そう、不思議な事に私を咎める悪夢を見たことは無い。

 これほどに、自分が幸せになっていいのか悩んで居るのに、みる夢は──


『アトリア、幸せにおなりなさい』


 そう言った夢ばかり。

「アトリア、お前は祝福を受けている」

「え?」

「夢の祝福、悪夢を見ない祝福を。お前が罪悪感に押しつぶされないようにとお前の母方の祖父母、両親から受けている。だからお前はめったに悪夢を見ない。見るときは神の啓示のようなものだ」

「……」

 そういえば魔王にさせられそうなときだけ一度見た。


 アレは警告の啓示だったのだろうか?

 杞憂で終わったのだが。


「故にお前が罪悪感を感じる必要はないのだ、お前は愛されて生まれてきたのだから」

「父方の祖父母はアレなのに?」

「アレは例外だ、吸血鬼至上主義など、真祖様が毛嫌いするものだ」

「何故?」

「真祖様は永く国を治めている間、誰も娶らなかった、お眼鏡にかなわなかったというのが正しい」

「そのお眼鏡にかなったのが──」

「そう、貴族の娘でありながら家を追い出されてもなお恨まず必死に生きる人間のお妃様、アルフォンス殿下の母君だ」

「すごいなぁ、恨まず生きるなんて……私には無理だ」

「そこは比較しない方がいい、お妃様は人格者すぎた」

「でも、亡くなられたのでしょう?」

「そうだな、末子のフェルミア殿下がお生まれになって三つの時に亡くなられた」

「やはり体が弱まって?」

「いや、流行病の看病に慰安に行った際に罹ってしまったそうだ、治療の甲斐も無く亡くなった……」

「ちょっと、おかしくないですか?」

「何?」

 私は疑問を口にした。

「流行病の慰安で罹るのは分かります、ですが王室の治療で治せないものだったのでしょうか?」

「言われてみれば、確かに」

「何か裏がある気がします」

「わかった、調べてみよう」

 レオンはそう言っていなくなった。

「これで裏がとれたらヤバいよなぁ、真祖様激おこじゃ済まないだろうなぁ……」

 言い出してなんだが、私の考えすぎだと良かったなぁと今更思った。



「アトリア、父と調べた結果裏がとれた」

「マジですか」

 後日、私にそう報告してきた時は耳を疑った。

「治療の際、効果のない薬と治療術を使うように術士達に脅しをかけた貴族が発覚した、レティシア・クレイン公爵夫人。真祖様の親類だ」

「うわー……」

 思わず遠い目をする。

「犯人は彼女だけだったが、国王陛下──御真祖様のお怒りは酷く、クレイン家は幼子以外は全員処分となり、取り潰しとなった」

 そうなるだろうなぁ、と思ってしまった。


 御真祖様がどれだけお妃様を愛していたか等知らないが、深く愛していた事は確かだろう。

 それまで誰も娶らなかった男が、妻を娶った程なのだから。


 それを病で亡くなったなら仕方ないと諦めがつくが、実は裏工作で殺すように仕向けられていたなんてしったら、そりゃあ激怒どころじゃないだろう。

「……私が言ったこと良かったのかなぁ」

「国王陛下はお前に感謝しているぞ、妻の死の原因が病ではなく殺されたという事実を知ることができたのと、身内の蛆を取り除くことができたことを」

「でも、国王陛下後悔してるんじゃないかなぁ、気づかなかった事に」

「それは……そうだな」

「何が正しいか分からない」

「少なくともお前は正しい事を言った、それは間違いではない」

「なら、いいんですが……」

「レーオーン?」

 カーラがやってきた。

「抜け駆けは無しと言って居るはずでしょう!」

「抜け駆けではない、報告だ」

「報告?」

「お妃様の死を不審に思ったアトリアが調査するように言ってきたからな、そして調査したら裏があったという奴だ」

「それってクレイン公爵家取り潰し事件の事」

「え?」

「レティシア・クレイン公爵夫人が吸血鬼至上主義で、当時お妃様を亡き者にしようと流行病を流行らせ、それに罹ったお妃様を効果の無い薬などで殺した結果、クレイン公爵家は幼子以外全員処分、家は取り潰しって事件」

「そうだ」

「アトリア、どうしておかしいと思ったの?」

「だって王宮の治療ですよ、優れているはずの者達が流行病というだけでお妃様の治療に失敗するはずがない、って思ってしまったんです」

「……言われてみればそうよね」

「実際、王宮では流行病の治療はできている状態だったのに死亡したからおかしいと国王陛下も思っていたが、家臣を信じていたらしいが、結果はこうだ」

「関係者は?」

「家族を人質に取られていたからと言うことで恩情をかけられたが、同じことがあっては困ると任は解かれた、別部署に異動させられている」

 色々あるんだなぁ、と思った。

「私、恨まれてそう、その夫人に」

「安心しろ、誰が気になって言ったかは俺達しか知らぬ」

「私もよね。それにしてもあの夫人がねぇ……吸血鬼至上主義だったとは」

「面識があるの?」

「柔和な吸血鬼に見えたわ、でも本性はそうだったなんて」

 吸血鬼も人も裏の顔を持つって事か。

 怖い怖い。

「アトリア」

「アルフォンス殿下」

「父上が会いたいと」

「オゥイエ」

 私は思わず天を仰いだ。



「アトリアよ、我が息子の伴侶よ。此度は感謝する」

 謁見の間でガチガチになる私。

「い、いいえ。寧ろなんか迷惑かけたような……」

「そのような事は無い。おかげで妻の死の本当の理由が判明した」

「……悲しくありませんか」

 思わず私は聞いてみた。

「悲しくもあり、憎くもある。まさか身内がそのような脅しをかけていたなどとな。しかも吸血鬼至上主義とは……あれほど人もダンピールも吸血鬼も共に生きねばならぬと言っておったのに」

「……」

「王宮の各体制も見直しに入っている、其方のおかげだ」

「い、いいえ……私はそんな」

「本当に、其方が我が息子の伴侶で良かった、感謝する」

「……有り難うございます」

 なんとか言えたのはその一言だけだった。


 本当に、これで良かったのだろうか──?







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