31 その理由を聞かせて
はてさて困ったぞ……。
つまり、エッチの経験もないのだと。
必然的に、私が初体験になる。
……いやいや、ちょっと待ってくれ。
女子高生というだけでもやってしまった感があったのに、それも初体験だったなんて。
胸の中に罪悪感だけが降り積もる。
何をどうしたらいいのかと悩んでも、やってしまった事は覆らない。
この事実は未来永劫、残り続けるのだ。
「いや、そうだとしらあの子もどんな感情なんだ……」
恋愛対象がストレートである雛乃が、初体験を年上の私に奪われ、その家に同居している。
一体、どんな感情ならそんなことが可能なんだ。
10代の多感な時期に、そんな体験をしていてまともな精神状態でいられるだろうか?
「もしかして、あれはもう普通の状態ではないんじゃないだろうか……?」
言っても私の記憶には、抱いてしまった後の雛乃の姿しか知らない。
それ以前の彼女のことは知らないし、平日だってほとんど仕事なのだから今だって雛乃のことを全部見ているわけじゃない。
私の前では気丈に振る舞っているだけで、本当は我慢しているのかもしれない。
そうだとしたら、私は雛乃にどれだけの負担を強いているのだろう。
彼女から始まった行動だとしても、それを強いるのは大人のやるべき事ではない。
「ど、どうしよ……どうしたら……」
「先輩、独り言多すぎません?」
「うおっ」
気付けば隣の
「ずーっと、ぶつぶつ何言ってんですか?」
「あ、いや……なんでもない」
「絶対何かあるじゃないですか。さっきからそのデータ入力1ミリも進んでませんよね?」
確かに私のモニターの向こうの数字の羅列に一切の変化はない。
しかし、それを七瀬に勘づかれるとは。
私は、どれだけ周りのことに目が配れていないのだ。
「い、今からでも間に合うからいいの」
気を取り直して、私はキーボードを叩き出す。
「いっつもすぐに仕事を終わらせる先輩が、手つかずのまま時間だけ浪費するなんて。どうしちゃったんですか?」
「どうもしないの」
でもこれは七瀬の言う通りで。
プライベートの悩みを職場に持ち込むなんてプロ意識がなってない。
反省しないと。
そう思って改めて時間を確認し――
「って、もうこんな時間!?」
気付けば社内会議の時間になっていた。
もっと余裕があると思っていたのに、気付けば5分ほど過ぎていた。
「まだ何かあったんですか?」
「会議っ、時間過ぎちゃってた!」
「それはヤバイ……」
あちゃー、と七瀬は肩をすくめる。
というか、こんなことをしている場合ではない。
私は大慌てで、会議室へと向かった。
「……はあ」
会議を終え、ドカッと自分のデスクに戻り椅子に座る。
「怒られました?」
すると七瀬が神妙な面持ちで聞いて来る。
「普段の行いが功を奏したわ。“
「さすが先輩、ピンチをものともしない。わたしだったら大説教ですよ」
「こんなことで先輩風を吹かせたくはないけどね……」
遅刻をしたことには変わりなく、社会人としては失格だ。
今日はたまたま許してくれたけど、他の人が内心どう思っているのかは分からないし。
次は絶対にこうはいかない。
「でも、最近ほんとにらしくないですねー?どうしちゃったんですか?」
「まあ……そうね。それは認めましょう」
こうも立て続けにミスを続けていて言い訳は出来ない。
私は明らかに仕事に支障をきたしている。
「でも、何があったのかは教えてくれないと」
「言うほど大したことじゃないし、次からはちゃんと集中していくわよ」
だいぶ気は引き締まった。
今からでもしっかり仕事に集中していこう。
◇◇◇
仕事の遅れを取り戻し、業務を終える。
退勤して、これからすべきことをはっきりさせる。
「まずは雛乃とちゃんと話し合わないと」
自分のしたことを目を反らすわけにはいかないし、それと同時に雛乃のことも目を向けて行かないと。
そろそろ、そういうタイミングが来ていると思う。
「ただいまー」
「あ、おかえりー」
家に戻ると、今日の雛乃は台所に立っていた。
もう仕事に慣れたのか、昨日のようなぐったり感はない。
「ごめん。今から準備するとこだから、ちょっと待ってて」
「あ、いいよ。そんなの気にしないって」
「でもカップラーメンだと気にするじゃん」
「それは……昨日は確かにそういう反応しちゃったけど……。だからって無理はしないでよ」
「オッケー、まかして」
いや、でもそれならタイミングとしてもちょうどいいのかもしれない。
「雛乃、ご飯作る前にちょっと話いい?」
「え、うん。いいけど」
雛乃は小首を傾げながらも、台所から戻ってきてカーペットの上に座る。
ローテブルを挟んで私と雛乃が向かい合う。
「あのさ、今までずっと聞いてなかったけど……」
「え、うん」
そろそろ私も知っていい頃合いのはずだ。
「雛乃は、どうして家出をしようと思ったの?」
「……」
途端に雛乃は表情を曇らせた。
こんな状況になってしまった、そもそもの原因。
雛乃を責めるつもりはないし、この状況を彼女のせいにだけするつもりはない。
けれど、私が犯してしまった過ちを悔いて謝罪するのにも、その背景を知らなければいけないと思う。
そうでなくては、本当の意味で雛乃の気持ちを理解して謝ることは出来ないと思うから。
「……それってさ、言わなきゃダメなやつなの?」
「やっぱり一緒に住んでる身としては、知っときたいよね」
「でも、それは住まわせてもらう条件じゃないよね」
雛乃がここに住む条件は家事をしてもらおうこと。
確かに、身の上話をしてくれとは条件として提示していない。
そこまで雛乃に深く立ち入る気がその時にはなかったからだ。
「これはそういう条件とかじゃなくて、一緒に住む同居人として聞いてるんだよ」
「同居人のこと全部把握しないと一緒に住めないの?」
やはり、雛乃はすぐに口は割らない。
あくまで言わない方向で話を進めようとしてくる。
「そんなに言いたくないの?」
「言いたくないね」
なら、どうしてそこまで言いたくないのかくらい。
せめてその感情の度合は知っておくべきか。
「どうして?私のことが信用できないの?」
「そんなんじゃないけど……。でも、言いたくないことってあるじゃん」
家出をしたことがない私が、雛乃の感情を本当の意味で推し量ることは出来ないだろう。
それでも家を出たいと思わしめた出来事は、他人に話したい内容でないことくらいは想像できる。
「すっごいくだらないこと。上坂さんにしてみれば、取るに足らないつまんない話だよ」
「だったら……」
だったら、言ってくれてもいいのに。
私達の仲は、それくらいには深まってきたじゃないか。
「だからこそ言いたくないの。特に、上坂さんにだけは」
「……え」
明らかな拒絶。
私にだけ、という強い誇張。
それはつまり、雛乃の中で私は内面を打ち明けていい領域の人物ではないことを意味している。
「ごめん、自分勝手なことを言ってるのは分かってる」
「……そっか」
少なからず、その事実に少しへこむ。
そういう曝け出したくない感情も、共有しあえる仲になっていると思っていた。
でも、それは私の自惚れ、思い込みだった。
人の気持ちを察することに、私はあまりに向いていない。
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