16 服の好み


 やって来たのは全国展開している量販店の洋服屋さん。


 もっと洒落たブランドのお店でも良かったのだけど、雛乃ひなのがそこまでしてくれなくていいと断固拒否してきたのでこのお店に落ち着いた。


 まだ午前中ということもあって、休日とは言え比較的に人の出入りは少ない。


 ちなみに私は特別洋服に興味はないので、雛乃の後ろをついて歩く。


 夏真っ盛りということもあり、ディスプレイは涼し気な服装が並んでいる。


 雛乃はパーっと陳列される洋服を流し見ている。


上坂うえさかさんはどんな服装が好き?」


「そりゃエ――」


 エッチな服装が好きだけど。


 と、普通に言いそうになって止める。


 あぶない。


 休日というオフの時間のせいか、いつも以上に心に歯止めが効いていない。


 いや、夏だからスタイルが見えるタイトな感じとか、素肌が見える感じとかが好きなのだ。


 私は絶対にそんな肌を露出させないで、反動的にそういうのを見るのが好きなんだと思う。


「エ?」


 雛乃が私の言葉が途切れたことに疑問を呈す。


「……え、エモい服装が好きかな」


「エモい服装ってなに?」


 案の定、疑問で返された。


 どうしよっかなーとちらちらを周囲を見回す。


「あ、あんな感じ……?」


 私は見つけたTシャツコーナーの一角を指差す。


 コラボでもしているのか、外国アニメのキャラクターがプリントされているものだ。


「……これがエモいの?」


「うん。私が小さい頃に見たアニメだからね」


「こういうのが好きなんだ?」


「そうだね、エモだね」


 自分で言っていて収集がつかなくなってきた。


 そもそもこのTシャツ、どう見てもあまりオシャレではない。


 言うほど日本ではメジャーでもないコミカルなキャラクターに、何色ものビビットなカラーで英字がプリントされている。


 ボディの色もピンク、パープル、グリーンの三色で、袖口の部分は色の切り替えが入ったりしていて、非常に色とりどりすぎる。


 オシャレに着こなすには相当なハードルの高さだと思う。


 やはり、売れてないのかタグには赤い値札が張られていて、だいぶ値下げしていた。


「ふーん、こういうのが上坂さんの趣味ねぇ」


 しかし、なぜかそれを手に取る雛乃。


「ど、どうしたの雛乃」


「いや、上坂さんの趣味ならこれにしようかなって」


「!?」


「えっと……ダメ?」


 ダメだよ。


 雛乃にこんなおダサなもの着せられないっ。


 これならまだスウェットの方が画になってるよ。


「いやいや、そもそも私の趣味に合わせる必要ないからっ」


「まあ、でも買ってもらうんだし。多少は上坂さんの好みに合わせた物あってもいいかなって」


 だとしても、それじゃない。


 肌を見せてくれたらそれでいい……ってそうじゃなくて。


「や、雛乃はもっと別の物が似合うと思う。これじゃないのにしよう」


「……そう?」


 私は雛乃が手にとったTシャツを奪い取り、元あった場所に戻す。


 あぶない。


 ていうか、この子も何で私なんかの趣味に合わせようとするんだ。


 自分の好きな物を買ってくれたらいいのに。


「上坂さんはこれ買わなくていいの?」


「私はこんなの着ない」


 もうこんなキャラクターものなんて着れないよ。


 年齢もあってシンプルで無難なものしか着ないし、そもそもこれ好きじゃないし。


「エモいんじゃないの……?」


「思い出は思い出のままだから素敵なんだよ」


「……ん?」


「まあ、子供の君には分かるまい」


 私もなにを言っているのか意味が分からないまま、とにかくキャラクターコーナーを脱出するため雛乃の肩を押した。


「え、上坂さん?」


「まあまあ、雛乃はもっと大人っぽい方が似合うよ」


「そう?」


「ていうか、雛乃の方こそ好きな服装とかあるんじゃないの?」


 見た目にはこだわりがある子だし、好みはちゃんとありそう。


「あるけど、上坂さんの趣味に合わせよっかなって」


「……なぜ?」


 シンプルにそんなことをする意味が分からない。


「いや、その……気分?」


 言葉を色々濁し、やたらと間があった割には曖昧な答えだった。


「私は、雛乃が選ぶものの方が見てみたいけどね」


「そうなの?」


「うん、制服姿とスウェットしか見たことないし」


 あと裸な。


 これはセクハラになるので絶対に言わないけど。


「だから、雛乃が普段してた服装見てみたいよね」


「そっか、上坂さんがそう言うなら……」


 そうして、雛乃は別の服を手に取っていく。


 その中にキャラクターものの選択は一切なかった。


 うん、やはり変なことは言う物ではない。



        ◇◇◇



「おまたせー」


「おおうっ」


 会計を済ませ、スウェットのままは可哀想なので買った服に着替えて来なと催促し、私は店の前で待っていた。


 入り口から現れた雛乃の印象が全然変わっていた。


それを見て、私は思わず感嘆の声を上げてしまう。


「ど、どう……?」


「いいじゃん、かなり似合ってるよ」


 黒のTシャツにデニムのショートパンツ、足元は厚底の黒いサンダルだった。


 いかにもギャルだなぁって印象で雛乃らしいが、それでも私は好印象。


 オヘソは出ていないが、Tシャツのサイジングがタイトで良い。


 それにショートパンツから伸びる雛乃の白く長い生足が良い。


 ちょっとエッチだし、しかも可愛いなぁなんて思ったりする。


「そ、そっかなぁ」


「雛乃っぽいし、可愛いよ」


「や、そこまで言わなくていいし」


「いやいや、そんな足出せるの若いうちだけだし」


「なんか急に年齢差を感じさせること言うね?」


「君もいずれ分かるよ」


「そうかなぁ……?」


 まあ、しかしいかにもギャルって感じのカジュアルな服装の雛乃と、綺麗目の落ち着いた服装の私。


 デコボコ感はさらに著明になったような気もする。


「あたしは上坂さんが足出したっていいと思うけどね」


「変なこと言わないで」


「変じゃないって、アリだって」


「そんなことしたら捕まるから」


「え?」


「みっともない足を晒すのは犯罪行為だよ」


「なんだそれ」


 雛乃はけらけらと笑う。


 割とマジで言っているのだが、冗談だと思われたらしい。


「でも、ほんとありがとうね。色々買ってもらっちゃって」


 雛乃の手に大きめの買い物袋がある。


「いいよ。むしろそれくらいで良かったの?」


 一応、3コーデ分だけ買ったのだが、私としてはもうちょっとあってもいいのではないかと思った。


 しかし、雛乃は申し訳ないからこれでいいと遠慮したのだ。


 なんだったら最初は1コーデ分だけでいいと言っていたくらいで雛乃は終始、遠慮がちだった。


「いいよ全然、こんなに買ってもらえると思ってなかったし。上坂さんのお金が勿体ないよ」


「お金のことはいいよ。普段ぜんぜん使わないし」


「でもあたしにそんな使わなくても」


「いや、目の保養になったから全然あり」


 可愛い子の色んな服装を見れて私はかなり満足している。


 何よりエッチだし。


 こればっかりだな私。


「そ、そか……目の保養になるんだ、へえ」


「ん……?そりゃなるよ。雛乃、美人だし」


 10代のあどけなさと端正な顔立ち。


 何をしてもサマになるものを彼女は持っている。


「あんまり褒めんなし、反応に困るじゃん」


「言われ慣れてるくせにー」


「と言うより上坂さんに言われたからで……」


「ん?」


「な、なんでもないっ」


 雛乃は本当に照れているのか、頬が色づいている。


 褒めるだけで照れるなんて、やっぱりこの子は可愛いなぁと思いながら一緒に歩いた。


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