14 夜の帳
ザーッという水の音。
台所で
私が貸したTシャツとスウェットを彼女は着ているが、その姿には違和感がある。
Tシャツは私が着ると大きくてブカブカなのに、雛乃が着るとほどよくゆとりがる。
スウェットパンツは私が履くと裾溜まりができるのに、雛乃が着ると足首が見えそうである。
雛乃の方が身長が高く、細く、手足も長いから、袖丈が足りていないのだ。
スタイルもいいし、顔も可愛いし、家事まで出来る。
ちょっと破天荒な面を除けば、めちゃめちゃいい女なんじゃないかと思い始める。
彼女がこのまま成長していき、まだまだ綺麗になっていく余地があると思うと羨ましさすら覚えるほどだ。
「……ん?どしたの」
皿洗いを終えて居間に戻ってきた雛乃は、私の視線の意図が分からず首を傾げていた。
私も見過ぎたなとは思った。
「いや、立ち姿見てて思ったんだけど……」
「うん」
いや、待て。
――私よりスタイルいいね。
――このまま成長してもっと綺麗になるね。
とか、言うつもりか私?
いやいや、抱いてしまった私がそんなことを言ったらまだ下心があるみたいじゃないか。
もっと分別をつけろ私。
えっと、だから別の話題を……。
「制服とそのスウェット以外、服ないよね?」
「そだよ」
「買い物の時の服ってどうしてるの?」
よし、上手いこと話を違う方向に持って行けた。
「制服で行ってるけど?」
「……おっと」
なんかちょっと気になる案件になってきた。
「いや、さすがに上下スウェットで出掛けるのも……ねえ?」
雛乃が足を伸ばす
袖丈がさらに足りなくなり足首が露出する。
スウェットというカジュアルすぎる服装も外に出ていくのに抵抗はあるが、それ以上に袖丈の足りない物を外に着ていくのはもっと抵抗があるというジェスチャーだろう。
確かにその通りだと思う。
「買い物っていつも何時頃に行ってたの?」
「朝とか昼頃だよね。夕方には支度を始めないといけないから」
「だよねぇ……」
そうなると平日の日中に制服姿の女子高生がうろつくことになる。
「雛乃はこれから平日の昼間からスーパーとかに行くわけだよね?」
「うん」
周りの方はそんなJKを見て、どう思うでしょうか。
雛乃は金髪で目立つし、周囲の視線を集める事は分かりきっている。
そして、そんな目を惹く女子高生が私の部屋を出入りする場面を見られたらどうなる?
……寒気がした。
「次の休みの日、買い物に行こうか」
「え、なんの?」
「雛乃の服買いに」
ぱちくりと雛乃が目を開いて閉じる。
意味を理解するのに時間を要しているらしい。
「マ?」
「いや、女子高生が私の家に出入りしてるの見られるのまずいでしょ。雛乃は大人っぽいから、私服を着ていれば何とか誤魔化せる」
「え、あたしって大人っぽいの」
えへへ……と雛乃ははにかむ。
うん、そういう所は年相応で可愛いけどさ。
あどけなさは残っているけど顔立ちは美人系だし、背の高さもあいまって雛乃は大人びている。
「でも、あたしそんな服買うようなお金ないよ?」
「そりゃ私が払うよ」
私が言い出したことだし。
それくらいの責任は持つ。
「いやいや、さすがに悪いから。そこまでしてくれなくていいって」
雛乃が慌てて首を左右に振る。
「それくらい何でもないから、気にしないで」
「気にするし。服って高いじゃん」
「私にとっては安いものよ」
勿論、そんなことはないけど雛乃を必要以上に恐縮させるのも嫌なので余裕があるフリをする。
「あ、じゃあほら。
それが出来るなら苦労はしない。
「あんた、そのスウェットの寸足らずを表現したばっかりでしょ」
「……あ」
そう、私の服を貸した所で雛乃の体には合わない。
だからやはり買うしかないのだ。
「てなわけで買いに行くから。これは決定事項だから」
「うう……なんかマジで申し訳ないんだけど」
雛乃が膝を折って縮こまる。
予想外の反応……もっとこう、いぇーいとか言って喜ぶものと思っていたけど。
そんな恐縮ですみたいな態度をとらなくてもいいのに。
「これは私が言い出したことだから気にしなくていいから」
「そうかもしれないけど……」
グチグチと煮え切らない雛乃。
それはそれで可愛いなぁとか思ってしまうのは、私の性格が歪んでいるからだろうか?
◇◇◇
夜も更け、眠気が襲ってくる。
「じゃあ、雛乃寝るよ」
「うん」
私はベット、雛乃はその隣に布団を敷いて寝る事に。
「ねえ、あんたほんとに隣の部屋で寝なくていいの?」
なにも私がいる居間にしなくても、区切られた部屋で一人過ごす方が落ち着くと思うのだけど。
そう提案しても雛乃は一緒に居間で寝ると聞かなかった。
「一人って、寂しいじゃん」
「……それ、私に言うとか当てつけ?」
独身の私にとって、孤独なんてもはや友達なんですけど。
「いやいや、深く考え過ぎだって。もっとこう単純に、そう感じるじゃんっ」
「ああ……まあね」
10代といえば、集団に属していないと不安になる年頃だったか。
「上坂さんは一人で寂しくないの?」
「はい?」
なにその可愛い質問。
「一人でいてさ、寂しいなって思うことないの?」
「どうだろ、慣れるからね。案外、平気になるよ」
もしかしたら大学を出た最初の頃とか、社会人になりたての頃はそんなふうに思っていたかもしれないけど。
遠い昔のことで、その時の感情ははっきりとは思い出せない。
「そうなんだ。やっぱり上坂さんは強いんだ」
「そういうわけじゃないと思うぞ」
一人が好きなのかもしれないし。
考えたこともなかったから、よくわかんないけど。
「あたしは一人って嫌だなぁ。寂しいじゃん」
「……でも、それで一緒にいるのが私ってのも可哀想な話だね」
もっと友達とかと遊んだり一緒にいたりしたいだろうに。
彼女自身が始めた事とは言え、そういう感情が沸き起こるのも仕方ない事だろう。
「上坂さんいたら寂しくないし」
しかし、雛乃は案外明るい声で言い切る。
私といることにマイナスの感情をあまり見出していないような声音だった。
「そうなの?」
「だから、こうして隣で寝るんだし」
「ああ……そうね」
話が脱線して、最初の場所に戻ってきた。
「何だったら、布団じゃなくてそっちに行こっかな……?」
「え、ベッドで寝たいの?交換を希望?」
このワガママさんめ。
たしかにベッドの方が寝心地いいから気持ちは分かるけどさ。
私は布団、あんまり得意じゃなかったりして。
「……そうじゃないっ」
「え、なにその難問」
なぜか雛乃は尖った声を出して否定する。
こちらに行きたいと言っておきながら、否定するなんて。
情緒が乱れすぎてないか。
「上坂さんには、一緒にいたい人とかいないの?」
「……そうねぇ」
言われて見て考える。
一人で生きていることが当たり前にはなっていたけど。
それを望んでいたわけでもなくて……。
「そうだね。いい人がいたら一緒にいたいと思うかもね」
「いい人って、女の人なんでしょ?」
いまさら雛乃には隠せないが、ストレートに私の秘密を言われると抵抗感がある。
「まあ、できれば」
「ふーん。あっそ」
雛乃の返事に愛想がなくなる。
「なに、急につめたっ」
「べっつにー。いいんじゃない好きにしたら」
こいつ……私の恥ずかしい話をしておきながら、そんなおざなりな扱いをするとは許せん。
「ここまで言ったんだから、今度はあんたの恋バナを私に教えなさいよ……!」
「そんな脅すように話す恋バナなんてなくない!?」
絶対に雛乃の恥ずかしい話を聞き出してやる。
「そっちの恥部も晒しなさいっ」
「なにそれ……こ、今度ねっ」
「あ、ずるっ」
「おやすみー」
そうして雛乃は寝たふりをして、無視を決め込むのだった。
都合のいいことしちゃってまぁ……。
次は絶対に聞こうと決めて、私も眠りについた。
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