第106話

 「じゃじゃ〜ん♪ 特選弓道具どぇ〜す♡ お金の事なら~心配いらなぁいわよぉ〜ん♡」


 真弓高校の弓道場の横には、マスターが乗ってきた白色の大型トラックが停車している。

 側面が機械的に開けられ、その中にはところ狭しと「和弓」、「矢」などといった、弓道が並べてある。

 品揃えはマスターと一緒に厳選したもので、一言で例えると、良いものばかりだ。


 部員達は各々、そのトラックの中にある弓具を手に取り、楽しそうな表情で眺めたり、触ったりしている。


 今回の出資は部費から賄う事となるのだが、今は潤っているので問題ない。

 その理由は、弓道部がインターハイに出場した事で、校長先生が部活動費を奮発してくれたのだ。喜ばしい限りである。


 弓具について。

[第26話]、[第105話]、参照。


 矢野が「白いシャフト+鷲羽」の矢を手に取るなり、物欲しそうに眺めている。

 榊󠄀原はそれに共感するように、隣で矢を見ているようだ。


「この矢、羽が綺麗だ……」

「おお〜〜鷲羽じゃん!! あたしは〜この黒色のシャフトがいいなー」


(なんだが、仲が良さそうに見えるな。いつもこうなら、平和で助かるんだが……)


 妹尾と妖狐は弦の張った弓を持ち、弓の強さを確認するように、その場で素手のまま弦を引っ張っている。

 妖狐は軽々と引いているが、妹尾は苦しそうだ。


「お…重たいですわ……はぁ、鈴っちは力がありますのね〜」

「まぁそう褒めるでない。お嬢も筋トレすればよいのじゃ。妾は毎日やっておるぞ?」

「まぁ、そうですのね! もしかして鈴っちなら、この強さでも引けるのでは?」


 妖狐は手渡された弓に弦を張り、試しに素引きをする。

 少し表情がひきつったが、一応引けるようだ。

 素引きを終えると、口角をペロりと舐めた。


 最近思うのだが、妖狐の珍妙なその癖は、とあるキャンディーの表紙を飾る事も、可能ではないのだろうか?

 その弓が気に入ったのか、どうやら道場で試し打ちをするようだ。

 妹尾も違う弓を持ち、2人して道場内へと入っていった。


 俺は先程から意味もなく、くねくね、しているマスターに声をかけ、妖狐が持っていった弓の強さについて訪ねてみる。

 これまた意味もなく、ピンク色の袴をスカートのようにフワリとさせ、その動きは加速する。

 時折思うのだが、その動きはいったい何をイメージしているのだろうか。


「うっふぅん~♪ あれは並寸、20のカーボンよぉん♡ あの娘、見かけによらずパワフルぅなのねぇぇぇん♪ もぅやだぁ〜〜♡」

「に、20のカーボン!? おいおい……それって大人の男性でもかなりキツイぞ」


 一般的に男子が引く弓の強さでも、並寸の17でも強いほうだ。

 女子の場合なら、並寸の14くらいでも強いほうである。

 カーボン製はその反発力の強さから、ワンランク重く感じるため、正直驚きが隠せない。


「確か妖狐の弓は18の並寸だったはずだが……ん?」


 ふと気がつけば、マスターの隣には藤原が立っていた。

 くねくねした動きに合わせて、藤原がウニョウニョし始める。

 その様子を見たマスターが、さらに「くねくね」した動きを加速させていく。


「いいわぁ、いいわぁよぉぉぉぉぉん♡」

「うにゃ、うにゃにゃにゃにゃにゃ♪」


 もし、現実世界にこの生き物達が現れたならば、それはもう人類を超越した動きとして崇拝されるだろう。

 というより、正直言って近寄りたくない。

 俺は別世界から逃げるように離れると、矢取り道へと向かう。


 道場の射場では、妖狐が弓に矢をつがえ、引き分けていた。

 相変わらず出っ尻姿勢なのだが、離れが出た瞬間、おぞましい速度で矢が飛んでいく。


――――ヒュンッ

    ―――――バキィィンッ!!


 目で追えない程の速さで放たれた矢は、的の縁にある木枠へと刺さったのだが……その衝撃のあまり木枠が割れ、的が無惨にも破壊される。

 隣で見ていた妹尾は、目を丸くしていた。


(はや! そこらの男子よりはえぇ!)


「鈴っち……ちょお速い矢ですわ!!」

「おぉ! 妾も気に入ったぞ! 新しい弓はこれじゃのぉ〜〜どれ、今度はお嬢の番じゃ」


 後から弓を持ってきた矢野と榊󠄀原も、道場の射場に立つなり、弓を引き始める。

 こうして、今日はしばらく試し射ちをしたのち、それぞれ新しい道具へと変えていく結果となる。

 新しい道具はきっと『斜面打起し』の稽古の励みになると、俺は思っている。


 ただ、この生物たちを除いて……



―別世界―


――ピンクの生物

「おっふ! あっふ! にょぉぉぉぉぉぉぉぉ♡」


――宇宙人

「はぁ……はぁ……速いニャ———うにゃ! にゃゃぁぁぁぁ!!」


 

 





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