第102話

 インターハイ初日を終えたあと、俺はホテルへと戻っていた。

 誰もいない、こじんまりとしたエントランスの片隅にある、真新しいソファーへと腰掛けている。

 このホテル内には、そこから隔離するように喫煙用の箱が設置されており、そこでのみ喫煙が可能となっている。

 現在地から徒歩10秒。個人的には快適ゆえ、部屋ではなくここに居るというわけだ。


 明日の朝にはここを出発し、真弓高校へと戻る予定である。

 しんみりとした気持ちを抱えながらも、俺はこれからの事を考えていた。

 加えて今大会で敗北を味わった少女達の気持ちは、いかがなものだろうか?

 俺はただ、無機質な机の上に置いてある缶コーヒーを見つめながら、そんな事を考えていた。


(やっぱり、落ち込んでいるよな。でもいつまでも落ち込んでちゃ、前には進まないんだよなー)


 俺は缶コーヒーを手に取り、口に含む。

 チラっと視線を動かしたなら、エントランスにある階段から、藤原が制服姿でスタスタと降りてくる。

 相変わらず『レンズのない眼鏡』を掛けているようだ。

 だがその表情は少し、暗いものであった。


 藤原は俺の座っている場所の対面へと座ると「にゃっ」っと手を挙げそう言った。

 いつもなら突っ込みを入れているところだが、今はそんな気にはなれない。

 俺は缶コーヒーを持ったまま、藤原にこれからの事を聞いてみた。


「なぁ藤原、これからの部活、どうするんだ? 一応"弓道FPS盃"といった、新ルールの国体仕様バージョンがあるんだが、その選考会に出てみるか? それとも、引退して自分の進路に向け、準備をするか?」

「うーむ……悩ましいな。私的に国体に興味はないのだ、ただ弓道FPS盃には興味がある」

「そうか。まあ自分の事だ、自分で決めるといい。部活として強制するつもりもないし、ゆっくり考えるといい」


 そう言うと、藤原はウニャ〜とか言いながら蹴伸びをする。

 そして喉が乾いた、ジュース買って!

 とか言い始めたので、俺はため息をついたのち、仕方なく受付け横にある自動販売機へと向かう。

 ご注文の品を藤原に手渡すと、さっそく蓋を開け、ゴクゴクと飲み始めた。

 俺もコーヒーを手に取ると、口に含む。


「ニャあ………先生……」


 藤原は少し制服の胸元を乱すと、コーヒーを手にとった俺の横へと座る。

 身体を蛇みたいにうねらせ密着してくるなり、俺の耳もとでこんな事をボヤいた。


「先生、抱っこして?」

「は?」


 不覚にも、俺は身動きが出来ない体制となる。

 変に動くと、手に持ったコーヒーをこぼしてしまいそうになる。

 藤原は俺を魅入るように見つめている、そして———


――――〈カシャカシャカシャ!!〉


  カメラのシャッター音が連続して鳴る――


――――は?


「やったぁぁぁ!! 生徒とのイケない関係……激写だぜぇぇぇ!!」

「のうのう!! 妾も見たいのじゃ!! ……コンッ♡」


 用が済んだのか、藤原は俺から離れると「クックックッ」と笑い始めた。

 時々思うのだが、藤原に羞恥心はないのだろうか?

 その思考回路は、やはり理解出来ない。


 俺はコーヒーを机の上に置くなり、階段の横からスマホを構え、制服姿ではしゃぐ2人を見つめた。


「これは、いったいなんだ?」


 ホテルの入口から、制服姿の矢野と妹尾がコンビニ袋を片手に、エントランスに入ってくる。

 そしてこの光景に何事かと頭を捻った。

 頭を捻りたいのはこちらである。

 すると榊原はその2人にスマホで撮った写真を見せ始めた。

 

 そうか、そういう事か。

 なんでいつもいつもこんな事を思いつくのか……


 どうやら俺は再び、珍妙な罠にかかったらしい。

 ここに来てそんな事が出来るのだから、この問題児達の気持ちはもう大丈夫だろう。


 案の定、矢野から罵倒されるし、妹尾は美味しいステーキ屋さんを知ってるとか言い始めるし……

 もう少しその精神力を違う部分に注いでほしいものだ……


 俺は電子タバコを取り出すと、徒歩10秒の空間へと逃げ込む。

 自ら隔離される道を選んだのだ。この領域に立ち入る事は不可能。

 俺はカートリッジに煙草を装填する。

 煙草を咥える直前、喫煙スペースの入口が開くのだが——そこには、ニヤニヤと笑う藤原の姿。


「クックックッ、ねえねえ!! どんな気持ち? 今どんな気持ち?」

「………閉めてください」


 こうして、相変わらずの日常へと戻った真弓高校弓道部は、次なる目標へと向け、かじを切る。


『弓道FPS盃』に向けた練習と『正面打起し』の流派から『斜面打起し』への切り替えである。


 これは余談だが、この夜、題児達にステーキを食わしたのは、言うまでもない。

 いつか、俺の財布にも限界が訪れるのではないか?

 その未来は、俺にも分からない……






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