第100話
結局袴姿のままの妖狐と久保田を連れ、アリーナの横にあるお城へとやってきていた。
思った以上に袴や制服姿の学生達が、チラホラと歩いていた事に驚いている。俺もそうだが、呑気なモノだと思う。
入り組んだ擁壁沿いを進み、少し広けた売店がある場所で休憩する事にする。
俺は自動販売機の前に立つなりお金を投入し、妖狐と久保田に声をかける。
「何か飲むか?」
「あの…いいんですか…?」
「ん? 別にいいよ。ただし、飲み物だけだぞ」
久保田は遠慮がちな表情で、自動販売機のボタンを押す。
続けて妖狐が同じものを買っていくなり、2人はベンチへと腰掛けた。
俺はブラックコーヒーを買うと、その後ろにあるベンチへ座る。
ここから見える立派なお城が、いい感じの景観になっている。
その頂上らしき部分には
俺はそのまま視線を移動させ、無邪気な様子で話すその2人の姿を眺めていた。
「ええ? じゃあ鈴ちゃんって、
「うむ。秋には妾の住む神社で行うのじゃが、よければ美結も来るといい。特等席を用意しようぞ?」
「あはは! それいいかもね〜。そんなに遠くないし、行こうかな〜」
(なんだか、和んだ関係になってきたな。2人とも体が小柄のせいか、高校生に見えないけどな)
2人はスマホを取り出し連絡先を交換している。
久保田も妖狐と同じくらい豊かな胸をしているのだが、やはり小柄な体型ゆえか、少し幼く見えてしまう。
ただ、その二の腕は引き締まっていて、筋力がある事を示唆しているようだ。
なんだかんだインターハイの補欠選手なんだよな。
いったいどんな弓の引き方をするのか、気になるところではある。
先ほど買ったキーホルダーを取り出し、キラキラとさせながら互いに見せ合っている。
その光景と行動はまるで子供だが、不思議と違和感を感じない。
久保田はそれを眺めながら、妖狐に言った。
「今度のインターハイでは、絶対レギュラーメンバーになるんだ! そして皆に、私の弓術を見てもらうの!!」
「弓術を見てもらうとな? それはどうしてじゃ? この競技ルールでは、相手を射る事が目的ではないのか?」
「そりゃ〜もちろん勝つ事も大事だよ! でも〈正射必中〉って言葉があってね、綺麗な見た目で、綺麗な手順で引いた弓は、的に当たるって言われてるんだ!! でも、私は綺麗な引き方なんて出来ないから……だから、魅せるような弓術を身に付けて、皆に見てもらうの!」
久保田はそう言って、キーホルダーを持った手を掲げる。
妖狐も同じように手を掲げるなり、まるで互いを尊重しているかのように眩しく輝く。
そして2人は向かい合い、愉快な笑い顔になる。
「そうじゃ! 妾も約束しようぞ! 来年のインターハイでは、妾もレギュラーメンバーに入るのじゃ!! それが…妾の目標じゃ!」
「あはは、楽しみだね! また……一緒にここでジュース飲もうね!」
「うむ…約束じゃ!」
その少女達はある「約束」をする『もう一度ここでジュースを飲む』
その約束は子供っぽくて、大人からしてみれば他愛もない約束だ。
それでもその2人の少女は愉快な笑顔で——互いの小指を結んでいる。
それはどこか、純粋な子供の心を表しているようで、その姿は温かいものであった。
少なくとも、俺にはそう感じた。
(やれやれ、もう来年の話かよ。練習試合だってやるんだけどな…まぁでも、長いようで、あっという間なのかもしれないな。ん?)
「あらあら、可愛いお嬢さん達だね〜〜可愛いお耳をつけて〜弓道部の子達かい?」
「ふぉふぉ、カッコええ龍じゃな〜それが、好きなのかい?」
小指を結び切った2人の元に、老人老婆が声をかけた。
観光の人達だろうか?
なんとも孫を見るかのような眼で、穏やかな表情で妖狐達に話かけている。
その2人は照れ顔になりながらも、愛想良く返事をしている。
その姿は——とても健気だ。
俺はただ何も言わず、その様子を眺めていた。
そして、ふと気がついた時、俺は思わず微笑んでいたのだった。
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