第97話『託された未来』

 混雑した試合会場を避けるように、会場近辺の人混みから、少し離れた場所へと移動していた。

 隣接するお城の擁壁沿いへと集まると、向かい合いながら、人の輪のようにして立ち並んでいる。


 俺の背中には白い擁壁。それを越えれば、背の高い木々と、真っ白な天守閣。

 それを背にして、今回の試合結果に基づいた反省点と、これからの課題を提示していた。


 そして猛暑となる夏の日差しを和らげるかのようにして、その木々の隙間からは、ところどころ木漏れ日が差し込んでいる。

 その緑鮮やかな木々達は、おしとやかに揺れながらも、この場を優しく照らしていた。


 俺の話を真剣な表情で懸命に聞く5人の少女達。

 その眼差しは真っ直ぐと———俺を見つめていた。


「って事で、これからは各々これを目標にして、練習をしていく事だな。そして———」


 それぞれの課題を告げたところで、その言葉を真っ直ぐと伝える。

 これから真弓高校が強くなるための、含みを持たせて。



『次の練習からは、全員流派を斜面打ち起こしとする』



 その時、木漏れ日がチラチラと揺れ動く。 

 反発されるか? 否定されるか?


 だがそんな俺の予想は大きく外れ、その言葉を待っていたかのように、少女達はコクリと静かに頷いた。

 どうやら俺のその心配は、無用のものだったようだ。


 矢野、榊原、妹尾、妖狐。


 強くなりたい―――もっと自分が強ければ―――


 そう叫ぶその声が聞こえてくる程に、悔しさやがその表情から伝わってくる。

 ただ1人だけ頷きもせず、目を閉じたまま、何か思想にふけっている様子の少女がいた。


 相変わらず『レンズのない眼鏡』をかけている、紫色の髪をした少女だった。



藤原ふじわらひとみ


 レンズのない眼鏡を外すと、藤原はゆっくりと目を見開く。

 その表情はどこか寂し顔で、遠い目をしていた。


「フフフ。そうだな、さすがは私の先生だな。これで…お前達はもっと強くなれるな。私が引っ張ってやれるのは、ここまでだからな……」


(藤原………)


 そう、藤原は3年生であり、もうインターハイに出場する事は出来ない。

 来年には卒業し、藤原は真弓高校を去る事となる。


 それは必ず訪れる、避けることの出来ない未来であり、抗うことの出来ない現実である。

 藤原は過去を回想するかのように、皆にその想いを伝える。


「私が弓道部員として活動したこの期間。お前達と出会え、私は本当に運がいい。3年間腕を磨き続けた努力は、報われた」


 そして藤原の声は、徐々にその力を無くしながらも、その眼に涙を浮かべていく。その悲しげな様子に、皆がグッと唇を噛みしめた。



妖狐ようこすず


「もっと腕を磨き、さらに強くなり、試合で魅せてやってほしい。その矢勢の速さは、一つの武器だ……そうだろう?」


『うぅ…ぐすんっ。妾は……いつか藤原先輩のような…素晴らしい乙女に…なれるのじゃろうか?』


「ああ、なれるさ…鈴は可愛いからな……」



妹尾せのお沙織さおり


「以前私に、斜面打ち起こしの事を聞いてきた時があったな? その時は断ったが、これからは教えてやれる……常識プライドよりも…大事な事に……気がついたのだろう?」


『よろじくぅ! ……お願いじぃまずぅ!!』


「フフ、沙織ならやれるさ…頑張ろうぞ……」



榊原さかきばらまい


『………藤原先輩』


「私は、来年にはいなくなる。それは、必ず訪れる…でも今の舞ならもう大丈夫だろう…だから頼まれてほしい…かわいい後輩達を、よろしく頼んだぞ?」


『……わかった…だから来年は……応援にきてほしい…お願い…します』


「フフ、当然だ。舞は私の……かわいい…後輩なのだからな」


『うぅ……くぅ………』


 そして———



 藤原の眼から涙が溢れていく——ポタポタとその雫は落下していき、力なく地面を叩きつけていく。

 同時に木漏れ日の光が——その雫をキラキラと輝かせていた。



矢野やの琴音ことね


『………はい』


「すまなかった……琴音が1人…弓道場を手入れし…1人練習していたのを…私は知っていた。声をかけようかと、何度も思った…でも…出来なかった……正面打ち起こしを…教えてやれるだけの力が…なかった……」


『先輩………』


「でもあの時、琴音の姿を見たとき……嬉しかった……部員が2人もいた…私に出来ない事をやってのけた……後藤先生もいた…これで引っ張ってやれると……心が踊った……」


『そんな事……今さら言わないでよ……』


「だから…これからは真弓高校を……頼んだぞ……」



 矢野は唇を噛みしめたまま、その瞳に涙を浮かべる。

 そして瞬く間に溢れ出ていく——頬をつたい、ポツポツと落ちていく。

 その淋しげな瞳は、藤原を捉えたまま———



『頼れる人だった…どんな時でも…先輩は強かった……どうして!! もっと一緒に戦いたかった!! もうこれで終わりなの? ……そんなの……そんな理不尽な事………言わないでよぉぉぉぉ!!!』



 矢野は溢れる涙を散らしながら、泣き叫んだ———

 榊原、妹尾、妖狐は、泣き崩れる―――


 だけど――藤原だけ【泣き笑う】


 泣きじゃくる後輩達に、精一杯の声で



 —— 未来を、託す ———



『私を、インターハイに連れて来てくれて……ありがとう。今度は……みんなで一緒に、笑おうね?』



――――こうして――――


 真弓高校は、初出場のインターハイを初戦で敗退する事となる。


『今度は、みんなで一緒に笑おうね』


 その想いを託されし真弓高校弓道部員は、流派を斜面打起しへと切り替え、その技術を習得するべく奮闘していく。


 そして未来に向かって、少女達の目標は一致したのだった。





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