第28話『華やかな少女達』

『高校弓道選抜大会』の前日。

 部活の練習を終えたのち、道場内にある神棚に対して、神前礼拝を行う。


― 二礼二拍手一礼 ―


 神前礼拝を終え、神棚の前で部員達と向き合うように、俺は正座をする。その正面には真剣な表情で同じく正座をしている4人の少女達の姿があり、そこには凛とした空気が漂っていた。

 そして明日からの大会について喋り始める。


「明日からの選抜大会に出場する、メンバーを発表する」


 俺がメンバーの名前を呼び上げると、各々返事が返ってきた。

 

 選抜大会は、以下の編成だ

・チームリーダー 藤原瞳

・メンバー2人目 榊原舞

・メンバー3人目 矢野琴音

・メンバー控え  妹尾沙織


 発表を終えてもなお、凛とした空気は維持されていた。何か騒ぐかと思っていたのだが、どうやら少しは成長したようだ。

 今まで経験してきた事を元に、試合の心構えについて伝える。


「多くは語らない。ただ、これだけは勘違いしないでほしい。弓道とは、団体戦であることだ」


 弓道とは個人競技に思われがちだが、実は団体戦である。

 その理由は、自分の的中がチームの的中に影響を与えるからだ。

 良いも悪いも、戦っているのは1人じゃない。


「自分が当てれなくても、チームが当てる。チームが当てれないなら、自分が当ててカバーしろ」


 エースに頼るやり方もあるが、互いを支え会う事が何よりも大事である。選抜大会の優勝はそう簡単な事ではない。

 勝ち進むにつれ、エースの力だけでは太刀打ち出来ない壁が、必ず現れるからだ。


「今日は体を休め、明日からの2日間に備える事、以上だ」


 話を終えた俺は姿勢をくずし、そこから立ち上がった。

 試合前の景気づけとして、姉ちゃんに頼んでサプライズを用意して貰ったからな。喜んでくれるといいのだが。


「そしたら、この後に―――」


 突然その言葉の続きをかき消すように。

 榊原から悲痛な雄叫びが聞こえてくる。


「痛てぇぇぇぇ!足つったぁぁぁぁ!!」


 榊原よ、いつからそんなキャラになったのだろうか?

 そんな生まれ変わり方をするとは、いささか予想外である。


 榊原のその言葉に、場の雰囲気は日常を取り戻すキッカケとなるのだが……やはり矢野がため息をつきながら、榊原を罵倒する。


「ほんと、空気の分からない金髪女ね。何もかも台無しじゃない」

「だってぇぇぇぇぇ!!」


 いつの間にか藤原が矢野の横へと移動すると、その足や体をツンツンとする。その藤原の表情はニヤニヤとしていた。


「そんなこと言って〜、実は矢野も足が痺れているのであろう? そうなのだろう? そうであろう?」

「きゃッ!? ちょっと……やめろおぉぉ!! 糞メガネぇぇぇ!!」


 その言葉の通り、プルプルと足を震わせながら、結局藤原に抵抗出来ていないようだ。

 藤原は相変わらず、矢野が気に入っているんだな。


 ふと気がつけば、饅頭まんじゅうを片手に、矢取り道からこちらへ、ニコニコとした表情で手を振る妹尾の姿。

 その後ろには、使用人がお盆の上に饅頭を乗せて待機している。


「皆さん、おまんじゅうですわよ〜〜? モグモグ」


(いつの間に…いやさ、皆のために作ってもらったんだけどさ)


 妹尾が持つ饅頭を見た榊原は、目をキラリと輝かせ、ゾンビのように下駄箱まで這っていく。世にも奇妙な不思議な力で靴を履き、そのまま外へと出ていく。

 完全に物理法則を無視していたように感じるが……気のせいであってほしいと思う。


「わたしも食べるぞ! さぁ、一緒にいこうではないか!!」

「ちょっと!? いきなり担がないで…おい、どこ触ってんだぁぁ」


 藤原は身動きがとれない矢野を軽々と担ぐと、怪しげな手を動かしながら、道場の外へと出ていった。


「やれやれ、困った問題児達だな。でも弓道部員って、個性的な奴が多いからな~」


 俺は下駄箱までいくと、一度振り返り、神棚にゆうをする。

 外へと出たならば、キッチンカーの横で姉ちゃんが皆に饅頭を配っていた。俺の方を見るなり、ニッコリとした笑顔になる。


 明日からは「高校弓道選抜大会」となる。

 なのに、緊張感があるのかないのか。道場の外では破天荒な少女達が、美味しそうに饅頭を食べていた。


 そんな少女達の喜ぶ顔を眺めながら、今までの事を思い出す。


 口は悪いし、喧嘩もするし、ワガママだし。

 意味不明な行動をする奴もいる。


 そんな問題児達に招かれて、俺はこれからどんな人生を歩むのか、それは分からない。だけど……

 冷めきった俺の心が、この少女達との出会いを通じて、少し温かくなったのは事実だ。


 錆びついていた心の歯車が、今から動き出そうとしている。

 それは自分の心にしかわからない事だが、確かに感じている。


(終わったと思っていた、弓道人生。でも実際それは、終わってなんかいなかった。少しだけ、大好きだったあの弓道を……俺は思い出したから……)


 温かな陽の光が明るく照らす、その矢取り道―――

 緑鮮やかな木々達は。まるで祝福しているかのようにして。

 可憐にその葉を「ゆらゆら」と舞い踊らせていた。


 華やかに騒ぐその少女達に向かって。

 俺はゆっくりと……その一歩を踏み出した。



——こうして——


 真弓高校弓道部は、高校弓道選抜大会へと出場する。

 この時、俺の中にある気持ちが芽生える。


『あの時の喜びを、もう一度——』


 かつて高校時代に、弓道の大会で優勝した時のあの気持ち。

 俺は教師として、この少女達に教えてあげたい。

 今は静かに、そう思っている。

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