第18話

堕落勇者の立ち上がり

第18話「勇者、死亡」


アルスは魔王目がけて一直線で突き進む。だがそんな簡単に魔王に触れさせる訳も無く部下の一人の猫騎士が前に出る。


「我が相手しよう」


「悪いけど早く本命を殺したいんだ」


アルスは地面を踏み高く跳んだ。そして猫騎士を跳び越え本命の魔王へと剣を振る、猫騎士がファンタスティアに支持を出す。


「魔王様を!!」


振り返りながらそう言っていたが既にファンタスティアは動いていた。だが猫騎士が予想していた動きとは違ったが。


「死ね!!!」


ファンタスティアは現勇者のアルスではなく前勇者の方に攻撃を仕掛けている。猫騎士は呆れながら魔王に決断を委ねた。

だが魔王はアルスと楽し気に剣を振っているので聞いていない。猫騎士は溜息を吐いてからファンタスティアの方に加勢する、魔王様があんなに楽しそうなのだから邪魔するのは申し訳ないと思ったのだ。


「はああ!?なんで俺の方に来るんだよ!!」


前勇者は部下二人の意味不明行動に困惑しつつも嫁の助けを貰いながら戦う。


「吾輩とファンタスティアの二人なら貴様に負けることは無いだろう。さっさと殺して魔王様の助けに行くのだ」


「分かってる。こいつをぶっ殺してからだ」


二人は左右から同時に剣を振るう。だが前勇者は全くひよらず自分の剣で猫騎士の剣を受け止める、ファンタスティアのサーベルはラックのギフト・ソードを巨大化させ防いだ。

だが二人は力を強めどうにかして突破できないか試みる。そんな二人を見逃すわけも無く嫁が杖を向ける。


「殺さないでくださいよ!!」


「分かってる!!」


『マシュテン・ウェルベンズ』


その瞬間何十本もの大きな針がファンタスティアに襲い掛かる。猫騎士は鎧を着ているのでただの針じゃ効かないだろうと判断したからだ。

だがファンタスティアにその針は当たらなかった。ファンタスティアはアビリティを発動し透明化したのだ、発動中は触れる事も出来ない。


「実態も無くなるの!?」


「貴女の事なんかどうでも良い、手を出さないでください」


嫁の方を見向きもせずひたすらラックの剣を壊そうと奮闘する。だがひびが入るどころかピクリとも動かない、やはり片腕だけでは厳しい。

一旦猫騎士が何とかしてるだろうと思い距離を取った。猫騎士も同時に離れようとしたが前勇者が逃がさない、前勇者はゴドルフィンから拝借した剣に手をかけ、引き抜いた。


「二刀流!?」


「まぁ、そんな感じだ」


前勇者は自分の剣から手を離した。鞘に納めたのではない、手放したのだ。そしてゴドルフィンの剣で攻撃する、猫騎士はギリギリで防御する。


「まだだ」


今度はゴドルフィンの剣を手放した。そして落下している自分の剣を拾い上げその剣で攻撃する、そしてすぐ手放した。次は当然ゴドルフィンの剣での攻撃だ、これはスピードを限界まで鍛えた前勇者だから出来る攻撃法だ。

あまりにイカれた戦い方に猫騎士も称賛する。


「素晴らしい動き、センスだ。だが後方確認を怠ったな」


そう、後方からは透明化で近付いて来ていたファンタスティアが真後ろで透明化を解き斬りかかっているのだ。


「馬鹿か?お前らは二対一で優勢だと思ってるかもしれないけどよ、今は二対二でこっちの方が強いんだぜ?」


『チャグニウスアルベッタ』


すると少し遠方から火の玉が飛んでくる、ファンタスティアは避けようとしたが火の玉が次第に範囲を広げていく。避けられない、そう思った。だが攻撃の手を止める事も出来ない、ならばどうするか?答えは一つしかない、代償を受けてでも透明化する。


「あぁ!当たらなかった!」


前勇者は回避しない、目の前に猫騎士が居る状況で背を向ける事は出来ない。甘んじて受け入れよう、そう思いファンタスティアが来るのを待った。だが一向に斬られる様子は無い、どう言う状況か理解できないまま剣を交互に使い攻撃し続ける。


「ファンタスティア!!こんな事やめろ!!」


バリゲッドの声が背中側から聞こえてくる。どうやらバリゲッドが防いでくれたようだ、前勇者は背中をまかせ更に攻撃の勢いを上げて行く。


「退け!!これは君と僕の問題じゃない!!あいつと僕の問題なんだ!!」


「どかない!!俺はお前にこんなことして欲しくない!!」


「だから!!これは僕とこのおっさんの問題なんだ!!」


「そんな話はしていない!!俺が嫌だからやめてくれと...」


「邪魔だ!!今は邪魔をするな!!」


ファンタスティアは思い切りバリゲッドを蹴った。バリゲッドは少し遠くに吹っ飛ばされたが盾を地面にぶつけて減速し受け身を取った。

再び止めに入ろうとするが既に前勇者と戦闘を再開していて割り込む隙が無い、大人しく見守って危ない時に防御に入ろうと決めた。


「にしてもあれ..なんですか」


バリゲッドは尊敬の念を超越し恐怖に代わる程の戦いぶりを目にしている。前勇者は先ほどまで猫騎士一人に二本の剣を使っていたが今は猫騎士とファンタスティアの二人に三本の剣を使っている、詳細に明記するとギフト・ソードを猫騎士に、その後反転し盾の形にして防がせていたラックの剣を元に戻し斬りつける、再び反転しながらラックの剣を盾に戻す、そして猫騎士にゴドルフィンの剣を使う、そして自分の剣を使って攻撃、をループしているのだ。


「私が入る隙無いやぁ」


「流石としか...」


「でもなんかいつもより動き遅いなぁ?一連の動きが一秒ぐらいだもん、いっつももっと速いけどなぁ」


「え!?」


「アレキサンダー遊びに来て群れの子達とじゃれてる時はもう少し速いんだけど...」


「やば過ぎでしょ」


「まぁ私の旦那だしね!」


奥さんは何故かドヤっている。バリゲッドは気にせず前勇者の戦いを見ている、するとある行動に気付いた。

どうやらアルスと魔王の方で剣がぶつかり合う音がするとそちらを見ている。アルスが心配なのだろう、そしてその確認作業をする為に普段より少しスピードを下げていると察したバリゲッドはある事を伝える。


「アルスは大丈夫です!!絶対負けません!!」


「分かった!!何かあれば助けに入ってやれ!!でも本当に危ない時だけな!!」


「分かりました!!」


その会話をした直後からスピードが上がり始める。安心して戦えるからだ。遂には目で捉えるのも困難なスピードになって来る、猫騎士も常に防御しているような状態でとても反撃などできない。ファンタスティアは何とか攻撃しようとしているがラックの剣が大きな盾になって道を阻む上前勇者の攻撃が来るのでせいぜい透明化を発動し回避する事ぐらいしか出来ない。


「にゃん太郎、お前のアビリティで!!」


「無理だ!!速すぎて五年前のゴドルフィンの様にされて終わる!!」


「クソ、こうなったら..仕方ない!!」


ファンタスティアはアビリティを発動した。だがそれは今までの回避の透明化では無い、攻撃の為の透明化だ。ファンタスティアは盾の横を通り透明化をしながら斬りかかった。だがその剣は簡単に避けられてしまった、その瞬間全身に激痛が走る。


「ああああああ」


「マジか!?制約付きなのかよ」


「制約ってのは..この痛みか?」


「たまにいるんだよ、変な行動するととんでもない激痛くらうって奴が。理由は知らない、解明のしようがないからな。まぁどちらにせよやらない方が良いぞ。俺も殺しはしないからな」


前勇者はその言葉を特に意図せず放ったのだがファンタスティアからすると煽りに聞こえたのだろう、憤りを露わにし再度透明化を行った。

そして制約があるにも関わらず透明化状態で斬りかかる、だが前勇者は猫騎士の相手もこなしながらファンタスティアが剣を振るまで待つ。


「いい加減死ねよ!!」


ファンタスティアが剣を振った。その瞬間前勇者は声がする方を向いて体を大の字にした、ファンタスティアは構わず斬りつけた。左肩から右脇腹にかけて。

前勇者はその剣の軌道を見て何処にいるかを突き止めた、そしてラックの剣を元に戻しながら手に取った。


「やっぱ俺、衰えてないわ」


前勇者が剣を振った。その斬撃は見事にファンタスティアに当たった、ファンタスティアは制約による激痛と斬撃による激痛でのたうち回る。

今の内に猫騎士にトドメを刺そうと三本の剣で猛攻を仕掛ける。猫騎士もあまりの速さと威力に耐え切れず一発大きな斬撃を鎧兜に与えた。


「ぐわああ!!」


大きな衝撃が襲い掛かると共に鎧兜が吹っ飛んだ。前勇者はかかさずゴドルフィンの剣を振った。その斬撃は右目を通るようにして一直線に刻まれた。

血が噴き出し右目が見えなくなる、今戦闘するのはマズイと思い距離を取ろうとするが前勇者は逃がさない。決してファンタスティアから注意を逸らす事も無く猫騎士を追い詰める。

バリゲッドは格の違いを見せつけられ唖然としていた。


「戦闘のセンスも凄いんだけどなんで斬撃をくらってあんなピンピンしてられるんだ...」


「あの人勇者としての使命が終わっても趣味で毎日鍛えてるからあんなの効いてないも同然だよ。だって私の最大出力の最強魔法でちょっと痛がるぐらいだもん、唯一なんでも痛がるのは自分の斬撃ぐらいだよ」


「そんな事も出来るのか...すげぇ...」


「あの人は最強だよ。絶対に負けない、私たちは何かあったときにサポートすればいいの」


嫁はそう言いながら見守っている。実際前勇者はアビリティなしとは思えない程強く速すぎるせいで相手が迂闊にアビリティを使えないのでほぼ敗因が無いのだ。

前勇者の方は放っておいても問題は無さそうだ。バリゲッドはアルスと魔王の方を見てみる、すると前勇者の方とは打って変わってアルスが押されている。


「そろそろキツいだろう」


「まだまだ行ける。全然キツくない」


そうは言ってはいるが笑いは少しづつ崩れ始めている。アルスは防御の形態を取っているし明らかに魔王が優勢だ、何なら負けてしまうかもしれないと思う程には押されている。


「そろそろ一回目を終わらせよう」


魔王はそう言いながらニヤッと笑った。そして片手を剣から離し指を鳴らした、その瞬間アルス周辺の空気が爆発しアルスにダメージを与えた。


「あ..がぁ...何が..」


「我の能力は『物体を倍増させる』だ。空気を一瞬で何十倍にもして疑似的に爆発させているのだ」


「まだ..行ける」


アルスはボロボロになりながらも剣を握る、だが魔王は無情にも二発目の爆発を起こした。アルスは立っている事も出来ず吹っ飛ばされながら首が飛ぶ。


「アルス!!!!!」


バリゲッドの叫びは届くことなくアルスは死亡した。だがそれはただ死んだだけじゃない、これはアルスの作戦だった。その作戦はスムーズに進んでいる、寧ろ怖いぐらいにスムーズだ。

魔王はその事に気付いていなかった、この時既に決着は決まっていたのだろう。

全ては神の思うままに



第18話「勇者、死亡」

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