二つの部屋

連喜

第1話 突然の訪問客

 これは最近の話じゃない。今から相当前の話。


 僕は恋人いない歴イコール年齢の冴えない大学生だった。アパートで独り暮らしをしていたのだけど、夏休みは実家に帰らないで、毎日バイトをしていた。理由は親と不仲だったことと、金がなかったからだ。


 午前中は清掃のバイトをして、午後からは別の飲食のバイトを入れていたんだけど、ある日の午後バイトに行ったら店が火事で焼けていた。

 商店街に面した店のシャッターが煤だらけになっていて、「火災のため臨時休業します」という張り紙が貼ってあった。腹が立つというより、気の毒だった。

 店長も気が動転していて、連絡しそびれたのかもしれない。もしくは、店にあったバイト従業員のリストや履歴書が燃えてしまったかだ。


 僕はすぐに気持ちを切り替えて、夏休みの終わりまで別のバイトをするために、バイト雑誌を買った。そこで見つけたお店に電話を掛けて、翌日面接に行くことになっていた。ファストフードなんかに行くとお金がかかるから、取りあえずは家に帰って履歴書を書こうと思っていた。


***


 僕は◎◎ハイツという、こぎれいな感じのアパートに住んでいた。でも、安いだけあって、洗濯機が外廊下にあるような昔ながらの建物だった。彼女ができた時に和室だと恥ずかしいかなと思ってそこにしたけど、そんな気を遣う必要は全然なかった。住んでるのは僕と同じような大学生や、一人暮らしの社会人のようだった。もちろん、かわいい子なんていない。


 僕はブロック塀と建物の隙間に挟まれた、薄暗い通路の入り口に立った。各階四部屋の小型のアパートだから、他の住人に会う機会はほとんどなかった。

 しかし、その日は僕の部屋の前に見たことのない女の子が立っていた。一瞬時が止まった気がした。


 その安っぽいアパートと対照的だった。


 年齢は僕と同じくらいで、黒い髪にパーマをかけていた。ミニスカートで巨乳。白っぽいフリフリの服を着ていた。足元は白いタイツ。ロリータ系というんだろうか。僕はびっくりして、しばらくその場に立ち尽くしてしまった。大学では見かけないタイプだし。僕にこんな知り合いがいるはずがなかった。


 そのまま外に立っててもしょうがないから、僕は意を決してその子に声を掛けることにした。もしかしたら、出会いに繋がるかもしれないとひそかに期待をしていたのは確かだ。


「どちら様ですか?」

「え?いや、ちょっと…」

 その子は、目を逸らしながら言った。近くで見るとすごくかわいかった。色白で目がぱっちりしていて、テレビに出ているアイドルみたいだった。

「ちょっと用事があって…」

「はあ」

 用って一体何だろう?

「家賃のことですか?」

 その子が僕の顔を見た。僕が同世代だと気が付いて、ちょっと安心したような顔に見えた。

「違うって!」

 その子は笑い出した。

「うける!」

 友達みたいに喋ってくれるのが嬉しかった。

「ここの人が部屋を片付けてて…その間、待っててって言われたから」

 そう言って、隣の家のドアを指さした。どうやら、隣の家のお客さんだったらしい。

「あ、そうなんだ…うちに来たのかと思った」

 俺はついついため口になってしまった。

「はは」

 その子は笑ってくれた。

「紛らわしいよね。ごめん」

 お隣さんの部屋の前というより、確かに僕の部屋のドアに近い方に立っていた。


「じゃあ…ここが終わったら次はそっちに行く」

 その子は頭を横にちょっと倒して、にこっと笑った。

「え?」僕はうろたえた。

「まってて」


 え、ちょっと待ってよ!

 うちに女の子が来たことなんてないのに!

 急に言うなよ!

「じゃあね」

 固まる僕を置き去りにして、その子はお隣さんの部屋に入って行った。


「今、誰と喋ってたの?」

 玄関で喋っている二人の声が聞こえて来た。

「ああ、携帯で喋ってたの」

 女の子は不機嫌そうだった。


 隣人は四十代くらいの男の人で、普段どんな仕事をしているかわからなかった。一人暮らしで、時々出かけているのを見たけど、スーツではなかった。働いているかも不明だった。

「けっこうちゃんとしてるんだね」

 女の子の間延びした声が廊下にも声が聞こえて来た。

「さっき片付けたから」

「料理するの?えらいね」

 友達なのかな。あんなおじさんと、どうやって知り合ったんだろう。

「じゃあ、今から一時間ね」


 僕はその場に立ち尽くして会話を聞いていたけど、声が聞こえなくなってからは、急いで部屋に入った。


 そのアパートは壁が薄くて、隣の生活音が丸聞こえだった。電話で話す声が聞こえるくらいだった。煩いと思っていたけど、まさかこんなメリットがあるとは知らなかった。僕は隣人たちの会話を盗み聞きできると、夢中になって靴を脱いだ。



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