4話・貧乏令嬢、王妃の役をがんばる
フィネルと結婚して三ヶ月が過ぎた。
王妃生活は思いの外、うまくいっている。もちろんのこと、資質は全然足りていない。必要な知識も威厳も礼儀作法もまだまだだし、失敗も多い。フィネルのいないところで、皇后や宰相が私が恥をかくようあれこれ仕掛けてもくる。
でもフィネルが選んでくれた侍女エリーヌが優秀で、うまくフォローをしてくれる。国王に気に入られたい貴族や官吏たちも同様だ。
フィネルと私の、相思相愛からの恋愛結婚を疑うひとはいない。
もっとも、それも当然だ。私もがんばってはいるけれど、フィネルの溺愛演技が完璧すぎるのだもの。正直なところ、ちょっとやり過ぎではないかと心配になるくらいだ。
『自分の素晴らしさを愛妻にアピールする』という演技が彼のお気に入りのようで、定期的に近衛騎士との模擬戦を見せられ(彼の剣技は本職並み)、馬に乗せられ遠乗りに連れて行かれ(馬術も優れている)、公衆の面前で自作の愛の詩を捧げられる(恐ろしくロマンチックで、なおかつ完成度が高い)。
ほかにも、私がうっかり『陛下』と呼びかけようものなら、すねられる。異性とふたりで話していても(周囲に侍女がいようとも)、すねられる。
よくもまあ、私に首ったけの演技をボロを出さずに何ヶ月も続けられるものだ。それだけ皇后たちを警戒しているのだろうし、ラリベルテの姫との婚姻を確実にしたいのだろう。
だから私も一生懸命に演じている。
なにしろ弟のシャルルへの待遇がとても良い。フィネルが信頼する領地住まいの伯爵――ステファノの父君なのだけど、その方がシャルルを預かり、教育も見てくれている。シャルルはとても充実した日々を送り、楽しいようだ。彼から頻繁にくる手紙は、いつも文面から喜びがあふれているもの。
だからフィネルにはとても感謝している。
それに、せっかく王妃になったから、王宮の下働きの地位向上と、親に問題がある子供を孤児院に一時避難する制度の制定をしたいとフィネルに頼んだら、ふたつ返事で了承して諮問機関を作ってくれた。現在、私主導で調査や草案作成をしている。
期間限定の結婚を持ちかけられた当初は、彼のことがよくわからないと思った。けれど今は同志として、それなりに信頼している。
◇◇
ベッドのヘッドボードにもたれて本を読んでいると、フィネルが寝室に入ってきた。疲れた顔をしている。本を閉じて傍らに置くと、足にかけていたコンフォーターをはいだ。
フィネルはベッドの上に上がると、私の足に頭を乗せて横になる。最近は毎日、こうだ。詳しく教えてはくれないのだけど、かなり悩ましいことがあるらしい。そのストレスを軽減するために、私に膝枕をねだるようになったのだ。
目を閉じ手を胸の上で組んでいるフィネル。その前髪を手で額から落とし、頭を撫でる。しばらくそうしていると、彼の顔は穏やかなものになった。
「アリア」フィネルが目を開き、私を見上げる。「今日の俺はどうだった?」
「どのフィネル陛下でしょうか」
途端にフィネルは不機嫌な表情になった。
「アリアの手を離さなかったアホ男!」
「ああ、あれですか」
国外からやってきた若く見目好い青年商人が、挨拶の際に私の手を取りキスをしたあとに、なかなか離さなかったのだ。恐らく王妃のくせに繊手とはほど遠い手に驚き、どんな軟膏を売りつけようかと考えていたのだと思う。
ここでフィネルの溺愛演技が爆発した。
彼は、『お前は私にケンカを売りに来たのか』と最大限に不機嫌な顔と地を這うような声で言ったのだ。
商人はすぐに失態を犯したと悟ったらしい。飛び上がると平伏して、謝罪したのだった。可哀想に。
『アリアは私の妃だ。彼女の――』フィネルは私の髪をすくった。『髪も』次は手を取る。『手もなにもかも、このフィネルのものなのだ』
それから青年がしたキスの記憶をなくすかのように、私の手に何度も何度もキスを繰り返した。あまりにしつこいから、手がふやけるかと思ったくらいだ。
「相変わらずお上手な演技でした」
「……ああ」
「ですがあの商人に悪気はありませんでしたから、少々脅かしすぎだったのではないでしょうか。あまり度が過ぎると、陛下の評判が落ちてしまいます」
「そんなもの、目的を達成するためにはどうだって構わないんだが」
「よくないと思います」
フィネルは再び目を閉じた。
「アリア。もう少し、頭を撫でろ」
「はい」
命じられたとおりに、髪をすきつつ優しく撫でる。とたんに険しかった表情が緩む。見ようによっては幸せそうな顔だ。
ステファノはこの状況を知っていて、『申し訳ないが、極限まで甘やかしてやってほしい』と頼まれている。『不愉快でしたら特別手当を出します』と気遣ってももらえたけれど、それは辞退した。別に不愉快ではないもの。
それに婚約してよくわかったけれど、フィネルはものすごくがんばっている。国王としての仕事だけでも大変なのに、揚げ足をとろうとする宰相や、若さを嘲る年配の貴族たち、自分のことしか考えていない皇后の相手もしなくてはならないのだ。
不必要な結婚を避けるために、期間限定の結婚を考えたのも当然の帰結だと思う。
膝枕くらい、いくらでもしてあげようという気持ちになる。
「そうだ!」
フィネルがカッと目を見開いた。
「アショフの娘が帰ってくるらしい」
「帝国にいらっしゃったのですよね」
宰相であるアショフ公爵は、娘をフィネルの妃にしようとしていた。が、肝心の娘は縁戚がいる近隣の帝国で令嬢教育を受けていて、国内にはいなかった。あちらのほうが文化が進んでいるからとの理由らしい。
だけどフィネルやステファノが言うにはそれは表向きで、あちらの王族との結婚を狙っていたとか。それが上手くいかないでいるところに、フィネルの婚約解消が重なったから、ターゲットを変えたのだそうだ。
「でも、なぜ今頃になって」
「あちらの王族で、最後の独身だった男が結婚した」とフィネル。
「なるほど。分かりやすいですね」
きっとどの妃も立派な方なのだ。それに比べて私は身分も中身も問題だらけ。努力はしているけれど、公爵令嬢にはまだ全然敵わないだろう。つけいる隙があると判断してのことに違いない。
「アリアは臆するな。君はこの俺が選んだ妃だ」
「はい。精一杯、毅然と対処します。――令嬢は百年にひとりと讃えられるほどの美人という噂は本当ですか」
「そうだな。見た目は完璧だ。だが」フィネルが手を伸ばして私の頬に触れた。「俺にとってはアリアのほうが美しい」
「気恥ずかしいですけど、その設定でがんばりますね」
「……本気だが?」
「お気遣いは不要ですよ」
自分を可愛くないとは思わない。けれど秀でて美しいとも思わないし、それが事実だ。お化粧で王妃らしい威厳は作り出してもらっているから、周囲からはたくさんのおべっかはもらうけれど。
「……このスミレのような瞳も気に入っているぞ」とフィネルが言う。
私の瞳は珍しい紫色をしている。
「容姿で唯一自慢できるところです。父方の祖母譲りで」
「唯一などと言うな。アリアは俺の妃だ」
「誰もいないときくらい、本音を言わせてくださいな」
「いくらでも言え。だがアリアは目も唇も鼻も、自慢できるところはたくさんあるのが事実だ」
「ありがとうございます」
と一応、答える。
時々、フィネルはこんな言動をする。必要のないときまで溺愛演技をしているのか。たぶん、そんなことはない。もしかしたら彼が言うとおりに、本気なのかもしれない。
マイペースで自分本位の王様は、少し普通とは違う感性を持っているみたいだから。
なにしろ二十歳を過ぎて、赤ん坊のように膝枕をしてもらいたがるくらいだもの。
母親になった気持ちで、彼の頭を優しく撫でた。
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