病弱お嬢様と、そのお世話をする使用人の日常

海月くらげ@12月GA文庫『花嫁授業』

第1話 寝起きのお嬢様と朝の一時

 温かみのある木目の美しい扉をノックする。


 おはようございます、お嬢様。


「あなたですか。どうぞ、入ってください」


 部屋の中から入室の許可を聞いて、扉を開けた。


 すると、カーテンを開けて陽が注ぐ窓辺に佇んでいたネグリジェ姿のお嬢様が振り返る。


「おはようございます。今日は早起きだったので陽の光を浴びていました。わたしにはちょっと眩しすぎる気もしますけど」


 そう言ってお嬢様は目を細めながら外を眺めていた。


 早起きしたと言っていましたけれど、体調が優れないわけではありませんよね?


「体調、ですか? 大丈夫ですよ。いくらわたしが昔から病弱だからといって、これくらいで具合は悪くしません。自分の身体のことはよくわかってるつもりですから」


 それならいいのだが……病弱であまり家から出られないお嬢様のことだから、どうしても心配になってしまう。

 俺の視線に含まれる思考を読んだようにお嬢様が続ける。


「お父様もわたしを気遣って都会よりも空気のいい避暑地の別荘で過ごすことをお許しくださったおかげで幾分か症状が出る頻度も減りました。使用人は最低限ですが、わたしとしてはあなたがいてくれるので寂しくはありません」


 そう言われるとむず痒いものがある。


「……それでも、あなたが心配してくれるのはとても嬉しく思いますよ。わたしにとっては人生で一番近くにいてくれた、家族のような存在ですから」


 やんわりと浮かべる表情は笑み。

 穏やかで、庭先に咲く花のように自然な笑顔。


「お話をし過ぎましたね。朝食の用意をしてもらってもいいですか? いつものように、量は少なめでお願いします」


 お任せください。

 でも、食べないと成長しませんよ?


「それだといつまで経っても成長しない……? 確かにわたしは全体的に薄いですし、起伏もないですけど……昔よりは身長も伸びていますし、胸だって――」


 お嬢様の手が胸に当てられ、視線がつい向いてしまう。

 すると、お嬢様の顔がほんのりと赤くなった。


「…………ごめんなさい、今のは忘れてください。自分で言ってから少しだけ恥ずかしくなってしまったので……」


 そうですよね。

 こういう少しポンコツなところもお嬢様らしいと思います。


「それよりご飯です。もちろんあなたも一緒に食べてくださいね?」


 使用人としては断るべきなんだろうけど、もう断る理由もなくなっていた。



 ■



「ごちそうさまでした。やっぱりあなたの作る料理は美味しいですね。わたしも余裕があれば料理のお勉強をしてみたいですけれど……」


 今度、よければ一緒に作ってみましょうか?

 それくらいのお手伝いならなんでもない。

 提案してみると、お嬢様の目が輝いた。


「わたしがあなたと一緒に料理を? いいのですか? だってわたし、初めてでいっぱい迷惑をかけてしまいますよ?」


 誰でも失敗を経て成功に辿り着くものです。

 それに、俺はお嬢様のことを迷惑だなんて思いませんよ。


「……本当に、あなたという人は。他の人にもそんなことを言っていませんよね? 勘違いされてしまいますよ」


 ジト目のまま言われるけど心当たりはない。

 この別荘で働くのは数人の使用人しかいないし、住み込みは最も傍でお嬢様のお世話をする俺だけ。

 他に関わる人と言えば買い物の際に会う人たちだけど……何もないはず。


 というか勘違いって、一体何を勘違いされるのですか?


「何を、ときましたか。…………はあ。わたしはあなたが朴念仁であることを喜べばいいのか、鈍感なのを嘆けばいいのかわからなくなってきました」


 深いため息をつきながらお嬢様が呟くも、何の話かよくわからない。

 唯一わかるのは、お嬢様から見た俺は朴念仁で鈍感ということ。


「改めて聞くことではないと思いますが、一応」


 手招かれた俺は、耳をお嬢様の口元へ近づける。

 すると、吐息交じりの囁きが届いた。


「――あなたはわたしの……わたしだけの使用人です。他の誰にも靡くことは許しません。一生、わたしだけの使用人でいてくださいね?」

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