時間魔術と不老不死
「ふ、不老不死……ですか?」
アンはキョトンとした顔で口を開いた。
「そう、不老不死。アンを救うには、もうこれしかないと思う」
「それは……随分と……」
男の言葉にアンは歯切れの悪い返事をする。
「ん、信じてないな?俺も何の根拠もなく口から出まかせで言ってるわけじゃない。あの呪いにはそれだけの可能性が……」
力強く語っていた男だったが、どこか不安そうな顔のアンの顔が目に入り、言葉に詰まる。
アンから視線を外し、伏し目がちに口を開いた。
「…………それとも、やっぱり俺と二人で永遠に生きるってのは、嫌か?」
「いえそれはとっても素敵ですが」
アンが真顔で即答する。
それを見て男は安心した様に一息つく。それから気を取り直して話を続けた。
「俺も100年間ただボーッとしていた訳じゃない。身体は動かなかったし、魔力も使えなかったけど、俺なりにあの呪いとは向き合ってきたんだ」
呪いで動けなかった自分を思い出して、男は一瞬目を閉じ心を鎮める。小さく深呼吸をして真剣な表情で顔を上げる。
「あの呪い……いやあの未完成の魔術は不老不死の可能性を秘めている。俺はそれを完成させてアンの命を救う」
男はアンの瞳を真っ直ぐ捉え澱みなく言いきった。
「それは……」
「魔術として欠陥している部分も何となくは分かる。魔術と同じ要領で改良する事もできる。歪な術式を正していけばきっと発動の代償や魂や肉体への攻撃も失くせるはずだ」
どこか誇らしそうにアンが笑みを浮かべる。
「流石ですご主人様。御慧眼、恐れ入ります」
「アンのお陰だ。でも、すぐに魔術を完成させられる訳じゃない。研究するにも時間が必要だ。それもかなり長い時間が」
自分にはその時間が残されていない、そんな考えが頭をよぎりアンが一瞬寂しそうな顔をする。しかし、直ぐにいつもの表情に戻ったアンは口を開いた。
「ご主人様でしたらきっと大丈夫ですよ」
アンの変化を見逃さなかった男がムッとして、アンの手を引く。
「…………俺を信じて欲しい」
その言葉でアンは驚いた様に目を見開いたが、直ぐに柔らかな笑みを浮かべて答える。
「…………いつでも信じております」
その表情は先程までとは違い、一切の憂いを感じさせなかった。
男はパッと手を離し、アンを見る。
「ただ、このままじゃアンを助けられない。だからアンには一旦、眠ってもらおうと思う」
「眠る……?」
「今のままではアンはどうやっても死ぬ。だからアンの肉体が劣化しない様に保存して眠らせる。いや、どちらかというと封印かな」
アンは話を聞いて俯き考え込む。口元に手を当てて少し悩んだ後に口を開いた。
「肉体を……そんな事が可能なのでしょうか」
「出来るよ。本当は100年前に使うはずだった魔術だしね」
その言葉にアンがピクリと反応する。
「100年前……」
男が呪いに倒れたあの日。仲間達が死んだあの日。全てが変わってしまったあの日。
「そう、100年前。沢山のものを失ったあの日、最後の戦いで奴に使う予定だった強力な封印。何もかもを停止させる俺のとっておきの時間魔術」
男はゆっくり立ち上がり、何かを思い出す様にギュッと拳を握る。
震える腕は直ぐに動きを止めて、優しい笑顔と共にアンへ向かって優しく差し出された。
「この魔術を使えばアンの時は止まる。その間に俺が不老不死の魔術を完成させてアンを必ず助ける。これでめでたしめでたしだ」
アンは差し出された手を取り、何も言わずに俯く。
「…………」
「だからアンは安心して―――」
「いやです」
「え?」
顔を上げたアンは涙を流しながらハッキリと口を開く。
「いやです。ご主人様、もう私を助けないでください」
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