二人の再会
アンと呼ばれた女によって飾り付けが為された賑やかな部屋の中を静寂が包む。男の命令によりアンの首輪が光を放ち始めた。
もう少しすれば、主人の命令を強制的に行使するために首輪に掛けられた契約魔法がアンの身体に苦痛を与え始めるだろう。
「恐らく残り3日程度と思われます」
ベッドの横で給仕のように控えるアンは無表情のまま洗練された立ち振る舞いで答える。
その言葉を聞いて男は眉間に皺を寄せる。
「……3日、3日か。助かる方法は?」
「ありません」
「正直に答えろ」
「ありません」
首輪が強く発光し魔法が行使される。痛覚に直接作用し激しい苦痛を与え続ける非人道的な魔法がアンの全身を苛む。
アンは全く表情を変えることなく男の顔を見据え無言を貫いていた。
「……アン」
「……!ごしゅ――」
堪え切れなくなった男は今にも泣き出しそうな顔でアンの前に出る。
両手でアンを強く抱き締め、目を伏せながら口を開く。
「お願いだ……アン、教えてくれないか?」
「……卑怯ですご主人様」
男の手が首輪に触れると光は止み、魔法の行使が止まった。
男がアンを抱き締めたまま、暫く無言の時間が続く。アンは一切の抵抗をせず、かと言って自分から手を伸ばすこともせずに男のされるがままになっていた。
「こんな身体になってまで……なんで」
男がアンの着ている服の袖を捲る。露出したアンの腕は異常な程に細く、骨に皮だけが張り付いるような、まるで不健康な老人のようなものだった。
「申し訳ございません。これは私の我が儘です」
「我が儘……そうか、アンが我が儘か……。やりたい事は出来たか?」
「はい。ですが、後もう少しだけ残っています」
アンの碧い大きな瞳が男を映す。男もまた、アンの瞳から視線を逸らさずジッと見つめ返した。
頬を少しだけ紅潮させたアンが、目を瞑り唇を突き出す。
それを見た男は溜め息を付いて口を開く。
「その残りって?」
パッと目を開けたアンが、ムッとした表情を浮かべる。
「……お目覚めになられたという事はご主人様にかけられた呪いは完全に消えたと思われます。しかしその魂は酷く傷付たままの筈です。こうして私がお傍にお仕えできるのは想定外でしたが、ご主人様の魂の補填をするのには好都合ですので、その為の魔術を行使したいです」
アンが男の胸に手を当てる。
「なので抵抗するのはおやめ下さい」
先程からアンは何度か男の魂へ魔術行使を試みていたが接続を妨害され発動できずにいた。
アンの淡々とした説明を全く気にした様子はなく、男は目線を下に向け考える。
少し間を置き再びアンの顔を見た。
「魂の補填ね…………代償はなんだ?」
「特に何も」
男はアンへ向けて責めるような視線を送る。視線は交差し互いに無言で見つめ合う。
暫くして男が口を開いた。
「ならその魔術は俺が自分で使う。術式を教えてくれ」
「それはダメです」
「どうして」
「この魔術は私が作ったオリジナルで、かなり複雑な術式です。3日以内に覚える事は難しいかと」
「大丈夫、魔術は得意だ。術式を見れば大抵
刺すような視線で男の瞳を見つめ返していたアンがその言葉で目を逸らす。
アンは背筋をピンッと伸ばしたまま腰を曲げ、洗礼された所作で恭しく頭を下げる。
「…………申し訳ございません。今、思い出しました。この魔術は代償に術者の肉体と魂を半分を捧げる必要がありました」
「そうか、使う前に思い出せて良かったな」
「はい。ですので使用は控えましょう」
「そうだな。まあでも念の為、術式を見せてくれないか?もしかしたら改良できるかも知れない」
男は笑顔でアンの手首を優しく握る。
アンは振り解くことはせずに、男の指の上に手のひらを重ねながらスッと目を細める。
「私に使っても効果はないですよ。私は魂が傷ついている訳ではありませんので」
思考を読まれ釘を刺された男が苦笑しながら頬をかく。
「…………そうか、それは残念だ。本当に」
再び無言になり場に静寂が訪れる。
男は布団を押し除けベッドに腰掛ける。すると頃合いを見計らっていたかのようにアンが男の傍に寄る。
「ではご主人様。不肖ながらご提案させて頂きますと、折角こうして話せる機会を得たのですから残り3日、所有している奴隷を愛でるという選択肢も御座います」
「ん?あぁ、そうだな」
そういって男はアンの両脇に手を添えて抱き上げた。アンは無抵抗のまま幼い子供のように持ち上げられる。
「軽い」
「元々です」
男は膝の上にアンを乗せてベッドに座る。持ち上げた際に手から伝わってきたアンの体重は、とても一人の人間とは思えない程軽かった。
「ん……」
膝の上に乗ったアンは暫く落ち着かない様子でモジモジと身体を捩っていたが、意を決したように大きく息を吐き思い切って身体を男に預ける。
「……ご主人様。私は今、世界一幸せ者かもしれません」
「…………それは良かった」
小柄な事もありすっぽりと収まったアンの頭を撫でながら、男は自分の記憶を巡っていた。
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