今再び日記をつけるなら、
鋭角今
第一話 親友と自分
真夏の放課後。夏課外を終え、とっくに皆が帰った頃僕らは夕焼けと蝉時雨をよそに高校生ながらに小難しい話をしていた。
「なぁ、お前さもし親友とか家族、要は身近な人が死にたいって言ってきたらどうする?」
『どうするって……別にどうもしねぇよ。そいつがしたいようにすればいいと俺は思う』
「でもそれはお前の言葉じゃないだろ?」
『?』
「じゃあ質問を変えよう……というか本題だが、もし僕が死ぬと言ったらお前はなんと言ってくれるんだ?」
*
そんなところで目が覚めた。流石に夏課外の後に教室で夕方まで寝る奴なんていなかったらしく誰も残っていなかった……自分を除いてだが。
ただどうしてもこの時期になると去年の事を思い出すらしく開かないようにしてる日記でも持ってきてしまう。
机の上にあるこの日記、元は自分の物ではないが遺族の方が俺に譲ってくれた物だ……ふと、何を思ったのか日記を開いた。いや、開いてしまった。
時に、人は愚かかと問われたことはあるだろうか。俺は無いし、その質問を想定したこともなかった。では、もし、そう問われたのなら俺はなんと返すだろうか。そしてもし、人が愚かなら何故愚かだと俺は思うのか。
思わず「そんな会話もしたな……」と声を漏らしてしまった。あいつは最後に『人はなんで愚かなんだろ……』そう言い残し夜の帳が下りる空を後に消えていったのをよく覚えている。いや、覚えてしまった。忘れる事ができたらどんなにいいだろう、そう考えてしまうのだ。日が沈み始めたあの時、学校の屋上で俺はあいつになんて言ったんだっけ……
*
「なんだ? わざわざ呼び出して……」
呼び出して何だよ、と聞こうとしたところで割り込まれた。
『人はなんで愚かなんだろ……』
「は? 突然呼び出してどうしたんだよお前……」
『別に大したことじゃない。ただ俺が死ぬ時最後にお前と話したかった。それだけなんだ。』
「最後か……僕は止めない。お前が選んだ選択なら僕は止めない」
『それはお前の言葉か?』
「…………」
『いや、いいんだ。俺はただ親友とのいつも通りの会話を最後に選んだ。それだけだからな』
それだけ、か。最後に選ばれた事を光栄に思うべきだろうか。分からない。ただ、何故か目の前で親友が空に身を投げようとしているのにも関わらず、どこか冷静である自分が不思議で仕方ない。
これが最後になってしまうのなら、いつも通りに話すのが一番良い選択じゃないか? 止める? それはあいつにとってどうなんだ? 身を投げ出すのにも理由があるだろう。
自分がするべき事は、
今したいことは、
この問いに答えるのならば、
「僕は、愚かだと自覚しているのに自らの意思で愚かな事をする。だから僕は意思を持った人間でいられる、愚かと言われる一人としてお前と話すんだ。お前も分かってるんだろ? その問いの答えの1つをお前は一番分かっている筈だ。何でそんな分かりきった事をするのか教えてくれないか? お前は今、命を捨てることに意味が無いのくらい分かっているのに……」
『そうだな……理由が無いんだ。生きる理由が無いんだ。将来について考え続けて何でもない日々を過ごし続ける意味が分からないんだ……』
そう言って彼は目を伏せた。
*
生きる理由……考えたことなかった。そもそも考える機会も無かったのだから。もしこの日記を開かなかったら考えなかったのかもしれない。あの時の自分は限りなく冷静なのに焦っていた。
人が死ぬのを止められない。
もうこいつは止められない。
彼は止まらない。
……だからこそ、生きる意味を考える時間は自分の中には用意されていなかったのだ。では今はどうだ? この日記のページを捲るなら、彼の日々を見返すのなら、時間の許す限り彼に寄り添えるならば……手遅れとは言わせない。
今、彼との日々を忘れないために。
僕がまだ彼との話を続けるために。
自分のために。
「僕ら』の問いを彼と再び話すために、
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