第2話
俺とその子カノン(仮名)が出会ったのは某匿名通話サイトだった。当時の年齢は十三歳。家は俺と同じ東京都内だった。
俺は三十歳を余裕で超えていたけど、二十五歳と嘘をついていた。十代の子から見たら三十歳でもおじさんだから、あまり仲良くなれない気がしたからだ。人心掌握術に長けている人なら可能かもしれないけど、俺は人の悩みを聞いてそれに付け込むようなやり方はしたくない。若い女の子はみんな何かに悩んでる。それを誰にも言えずに我慢していることが多い。ちょっと話してみると、何で悩んでいるかがわかって来る。例えば、「親が嫌い」とすぐに白状する。大人みたいに、親しくなるまでは本音を言わないということがない。しかも、個人情報を隠すのが下手だ。割とすぐにボロが出る。住んでる場所もすぐ喋ってしまう。会うことが前提だから、家が遠い子はすぐにバイバイする。時間がもったいないからだ。
若い子と知り合いというだけで満足する人もいるだろうけど、俺はそういうやり取りに価値を見出せない。
俺は年をごまかしていたが、電話で話している段階では気付かれていないと思う。普通、社会人だったら二十五の男と四十の男の声を聴き間違えないだろうけど、子どもにとっては大人はみなおじさんだ。十三歳だったら、二十五の男でも十歳も年上だし、区別がつかないだろう。
結局、俺たちは何の話をしてたんだろう。もう、覚えてないけど、俺は話題がないから相手に喋らせるようにしていた。あっちが学生だから、「今、夏休み?」「部活やってる?」「宿題やった?」とか、そんな話だった。別に興味なんかないけど、学生の頃はそれが生活の中心だから、大問題ということになる。堰を切ったようにペラペラとよく喋っていた。俺たちはずっとしゃべり続けて夜中の二時くらいになっていた。そんなに盛り上がったんだから、絶対会えるなと思って連絡先を聞いた。写真を送ってと頼んだら、すぐに送って来た。そんなしょうもないアプリを利用しているなんて信じられないくらい、すごくかわいい子だった。俺もちょっと加工した写真を送った。
「もてそう」カノンは言った。
「全然だよ。彼女いないし」
彼女は私立の女子校に通っているお嬢様で、勉強ばっかりで毎日がつまらないということだった。
電話で話したのが、ちょうど土曜日だったから、俺は日曜日に会わないかと提案した。そしたら、あちらも「いいよ」と快諾してくれたのだ。ちょっとびっくりした。昔あったテレクラ並みのスピード感だ。
「どこに行きたい?」俺は尋ねた。今の子たちがよく行くデート先は映画やカラオケなんかが定番なんだろうか。他の子たちと喋ってそう感じていた。
「どこがいい?」カノンが聞き返した。
「そうだなぁ…二人でゆっくりしたいかな…」俺はデートの手間を省きたかったから正直に言った。
「もう!蓮、エッチなこと考えてるでしょ」
「わかる?」
俺は笑った。蓮というのは、テレビで活躍しているイケメンの名前を拝借したものだ。俺の世代でそんなイカした名前のやつはいなかった。
「じゃあ、いいよ」
「え、まじで?」
「うん」
「パパにはなれないけど…いい?」
「うん」
「でもさ。カノンちゃん、初めてなんじゃない?」
俺は生唾を飲み込む。
「うん。気にしないで」
何て出来過ぎた展開だ。俺はくじ引きで特賞を取ったかのような驚きで胸が高鳴った。その日、運を全部使い果たしてしまった気がした。
話がうますぎないか?
もしかしたら、流行りのリアルタイム音声変換ソフトを使って、YouTuberとかがドッキリを仕掛けてるんじゃないか。もしくは、警察のおとり捜査だろうか。そう疑うくらいにとんとん拍子だった。
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