三丁目のワイバーン
@Nohashi
プロローグ 竜胆町の噂
5時を告げる「夕焼け小焼け」の町内放送が流れた。今は6月半ば。日はまだ沈む気配がなくて、夕焼けには早い。
学区が変わっても曲は変わらないんだなあ
と、散歩しながらぼんやり考える。
ここは
運動部に入っていないぼくにとって、家から歩いてくるのは結構キツかった。
「疲れましたか?そろそろ休憩しましょうか」
一緒に歩いていたクロが心配そうにこちらを見た。
「平気、平気。そこまでヤワじゃないから」
体力の無さをバカにされたような気がして、ちょっとムキになって言い返した。
(そもそも、お前のためにこんな遠くまで来てるんじゃないか。)
そう思ったが、口に出したら本気で落ち込みそうだからやめておいた。クロは明るい割に繊細な性格だから。
「あと、外で話しかけるなって言ってるだろ。誰かに見つかったらどうするんだよ」
「大丈夫です。だいぶ竜胆町から離れたし、知り合いはほとんどいませんよ」
「知り合いじゃなくても、お前としゃべってるの見られたらやばいって言ってるの!」
ついイライラの滲む口調になってしまった。クロは少し落ち込んだ様子で、黙って歩き出した。
ちょっと言い方が乱暴だったか?いや、これくらいしないと、こいつは警戒心が無さ過ぎるんだ。
クロの正体を、家族以外に知られる訳にはいかない。
手に持ったリードをギュッと握り直す。
夕焼け小焼けが流れ終わった。住宅街を抜けて広めの道路に出ると、バス停で3人の女子高生がおしゃべりに花を咲かせている。
無意識のうちに早足になり、横を通り過ぎようとした時。
会話の内容が聞こえてきた。
「ねえ、竜胆町のオオトカゲの噂、知ってる?」
「何それ知らない。都市伝説?」
「まあ、そんなとこ。なんかね、柴犬くらいの大きさの黒いトカゲが夕方になると散歩してるらしいよ」
「何それこわっ!散歩ってことは飼い主いるの?」
「うん、小学生の男の子が連れてるんだって。しかもね、トカゲなのに翼とツノが生えてるとか」
「いやいやいや、絶対ウソでしょ。そんなのまるでアレじゃん、えーと……ユニコーン!」
なんでそうなるんだよ!
ぼくは思わず、心の中でツッコミを入れた。
さっきより歩調を早めて、彼女たちのいるバス停から離れる。
彼女たちは「いやユニコーン馬だし!」「ファンタジー過ぎでしょ!ウケる」と会話を続けている。話に夢中で、本人が通過したことに気づいていないようだ。
そしてそのまま、話の種は担任教師の化粧の評価に変わった。最近チークの色が変わったらしい。
ぼくはホッと胸をなでおろした。まだ心臓がドキドキしている。
さっきの噂話に対して言いたいことはいろいろあるが、まず第一に。
ぼくは小学生じゃない!
二カ月前から中学校の制服を着ているんだぞ。黒の学ランだぞ。
「そのうち身長伸びるんだから」と言う母さんに押し切られて、だいぶサイズオーバーでズボンの裾引きずってるけど。
萌え袖だけど。
クラスで身長順に並ぶと前から三番目だけど。
それを小学生とは失礼じゃないか!
でも、本題はそこじゃない。「翼とツノの生えた黒いオオトカゲ」だ。
それは今、ぼくが握っている犬用リードの先で、のんきにご機嫌な様子で歩いている。さっきまで落ち込んでいたとは思えない。
「ご主人、オレって人気者ですね!女子高生にモテモテですよ」
「だから!家の外では話しかけるなって言ってるだろ!」
まださっきのバス停からあまり離れていない。思わず後ろを振り返ったが、三人はまったくこちらに気づいていなかった。
良かった。「黒いオオトカゲは人の言葉を話す」という情報を追加せずに済んだ。
「それに、モテモテじゃなくて怖がられてただろ。どんだけポジティブだよ」
「前向きだけが取り柄ですから」
クロはそう言って、金色の目を爛々と輝かせた。その表情につられて、ぼくも思わず笑ってしまう。
それを見て、クロはさらに嬉しそうな顔をした。
「ご主人、ご機嫌直りましたね。じゃあもう少し歩きましょうか。」
「いや、もう疲れた。帰るぞ」
「そんな!もう少し遠くまで行きましょうよ!」
名残惜しそうなクロを引きずり、ぼくは竜胆町の方へ向かった。
黒く固いウロコに覆われた体、二本の大きなツノ、コウモリのような翼、そして、人間の言葉を話す。
信じられない話かもしれないけれど、クロはドラゴンなんだ。柴犬サイズの。
ぼくはドラゴンを家で飼っている。家族以外には秘密だけれど。
その経緯は、ゴールデンウィーク明けの憂うつな5月に遡る。
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