第3話

 テントの中には、椅子に座った探偵、その正面に依頼人、椅子が足りないので秋斗あきと春樹はるきは探偵の後ろに立つ構図となった。

 探偵はコホンと咳払せきばらいをする。


「まず、自己紹介をしよう。私は佐伯さえき茉鈴まりん、法学部四年だ」

原田はらだ未来みらいです。経済学部三年です」

 佐伯の次に依頼人の原田が小さい声で名乗ると、佐伯は後ろを振り返った。

「商学部一年の後藤ごとう春樹です!」

「同じく商学部一年、葛城かつらぎ秋斗です」


 自己紹介が終わると、佐伯は再び原田の方を向き、このサークルの説明を始めた。

「一応探偵サークルとしてSNSのアカウントを作っているが、なんでも屋みたいな感じだ。相談、占い、調査、おはらいあたりの依頼なら受ける」


 これは主に春樹と秋斗への配慮はいりょだろう。依頼人である原田はそんなこと承知の上で依頼しているのだから。佐伯は後ろをチラッと見てから話を続けた。

「お代は学食のご飯一食分。私の仕事に満足したら払ってくれればいい」

「わかりました」

 原田はうなずく。


 秋斗が隣の春樹を見ると、彼は楽しそうな表情で佐伯の説明に耳をかたむけていた。

 秋斗はというと、目の前に座る佐伯の肩にどうしても目がいってしまう。今まで人の姿をした幽霊ばかりてきたから新鮮な気持ちだ。そりゃ動物の霊もいるよな、と一人納得する。


 その点、のぞみは人型の幽霊よりも形状がよくわからないものの方が視えやすいらしい。黒いスライムみたいなやつとか、火の玉みたいなやつとか。丁度この前も変なやつにからまれたとか言っていた。


「じゃあ早速、依頼内容を聞かせてくれ」

 佐伯は居住いずまいを正した。

「恋人がなにをしているか調べて欲しいんです」

 うつむきがちに話す原田は、ひざの上でぎゅっと両手をにぎる。


「なにをしているか、とは?」

「最近、スマホを触りながら独り言を呟くことが多いんです……険しい顔付きなので、浮気ではないと思うんですけど、なにか危ないことをしていたり巻き込まれていたりしないか、心配で……」


 ううむ、と佐伯は腕を組み、視線を上へと向けた。

 床で犬の霊とたわむれていた少女の霊は、佐伯の視線をたどるように天井てんじょうを見た。もちろん天井にはなにもないが。

 少女はなにもないじゃん、と不思議そうに首をかしげたのち、再び犬をもふもふする。霊同士は触れることができるのだろうか、秋斗はそんなことを考えていた。


「恋人さんには聞いてみたんですか?」

 と、急に春樹が質問し出す。

「いえ……聞ける雰囲気ではなくて。寝ていないのかクマもひどく、食欲もないらしいです」

 その返答に春樹は佐伯と同じ姿勢をとった。


 風がテントの隙間すきまから入り込み、ほんの少しすずしく感じる。顔を正面へと戻した佐伯は「よし」と一言こぼした。

「その恋人の名前と学部を教えてくれ。あと、顔写真も見たい」

「私と同じ経済学部三年の如月きさらぎしゅうです。写真は……」

 そう言って原田はトートバッグからスマホを取り出し、佐伯に写真を見せた。秋斗と春樹はこっそり後ろからのぞく。爽やかな笑顔で映る如月は、好青年という印象を受けた。


「如月は明日大学に来るのか?」

「えっと、三限だけあります」

「そうか、じゃあ調べが終わったらまた連絡する」

「お願いします」


 原田がテントから出ていくと、春樹が興奮した様子でビシッと手を挙げた。

「佐伯さん! 俺らも調査に同行したいです!」

「かまわんぞ」

 サラッと了承りょうしょうする佐伯。


 おいおいおい、と秋斗はあわてて会話に入った。

「え、ちょっ、いいんですか。部外者なのに」

「依頼内容もバッチリ聞いているし、今さらじゃないか?」

 佐伯はまた机に脚を乗せた。行儀が悪い。ドラマに出てくるヤンキーのようだ。

「たしかにそうですけど……」

「それに調査といっても特に面白いことはないしな」


「明日楽しみだね、秋斗!」

 そんなキラキラした目でこっちを見るな。偶然にも翌日の三限に授業がない秋斗と春樹は、調査に同行することになったのだった。

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