メロンソーダ

@rei140

メロンソーダ

夏が来ると思い出すーー。




ここはレトロな喫茶店の店内。

ファミレスのようにガヤガヤしておらず、長居しても店員が嫌な顔をすることはないところが気に入っている。



私は小説家だ。

出来上がった原稿を印刷して、最後のチェックをしている。


頭の中は登場人物の声や、その情景が流れる。

そのため、他の音が混じるが耐えられない。


暫くチェックしていると喉が渇いた。


乾きを潤そうと目の前のメロンソーダを引き寄せる。


それは緑色で、シュワシュワと小さな音を立てる。

白いストローで一気に飲み干す。

すると、炭酸で喉が痛くなった。


この痛みは以前も感じたことがある。


そう、もう5年も前の話だ。



ざわざわとしたファミレスの店内。

流行りの曲がBGMとして流れ、子供が泣きわめき、年配の女性のお喋りの声がする。


目の前にはメロンソーダと、付き合っていた彼がいた。


お互い仕事で忙しく、月に一度すら会えない日々が続いていた。

やっと逢えたと思えば、ファミレスでほぼ会話もなく、ご飯を食べて、単なるルーティンのように私の家に行って、セックスをする。


私たちってちゃんと付き合ってるの?


どうしてラインすら返事がないの?

昔はへんなスタンプ送りあったりして、楽しくラインしていたでしょ。


なんて言葉は唾と共に飲み込んだ。


だから、何も言わず、ただ、ぐっとメロンソーダを飲み干して、一言。


「……もう会わないから」


噎せそうになる喉をこらえて、彼と1000円札と、うるさい店内を残して去った。


あれから彼はどうしているのだろう。

あの時の苦い思い出が甦ってくるから、暫くメロンソーダは控えていた。


けれど、久しぶりに飲みたくなった。


私はあれから、何かを忘れるように、本業と、小説に打ち込み、夢だった小説家になれた。


あの時、しっかり彼と話を出来ていたら別の未来があったのかと、友人の結婚報告に少しだけ揺らぐ。


でも、有難いことに小説一本で食べていけるほどには売れたのだ。

お陰で本業の事務は辞めることが出来た。


シュワシュワとした口内と口の中に残る甘さを感じる。

そう言えば、私はこの甘さと、シュワシュワが好きだったんだ、と思い出した。


当時はあの一言を言うことだけを考えていたから、味まで感じる余裕がなかった。


今、私の隣には誰もいないけれど、今が一番幸せだ、と思い直す。


「原稿、上がりました」


担当の編集者に電話をした。


締め切りを守らない私が締め切りの一日前に連絡したため、槍でも降るのでは?と揶揄された。

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