もう少し、このままで

東森 小判

第1話

 昼休み。お弁当も食べ終わっていつものお喋りタイム。机を挟んで向こう側に座ってる陽菜と他愛のない話題で盛り上がる。

 ふと陽菜の手が目に入る。

 白くて細くて肌も綺麗で触ったら気持ち良さそう。

 なんてことを考えてたら無意識のうちに私の手は陽菜の左手に伸びていて手の甲の上で指をつつーっと滑らせていた。

 考えてたとおり気持ちいい。

 「ちょっと優月、くすぐったい。」

 陽菜が私の手を軽くぱちんと叩いて、私が触れていた左手を引っ込める。

 残念。

 「いいじゃん。もっと触らせろよ。」

 「言い方、スケベ親父。」

 そう言って陽菜がころころ笑う。私も笑う。

 笑いながら思う、なんで私陽菜の手に触りたいとか思ったんだろうって。

 陽菜は高校に入ってからできた友達。きっかけは陽菜から。

 「私が一番うしろだと思ってたのに。」

 新入学、初めての教室。出席番号順の席順表を確認して窓側一番後ろの席に座っていた私の一つ前の席に座ろうとしてる女子が一言呟いた。

 「残念でした。」

 ぼそっと呟いた私の声が彼女の耳に届いたらしく、私を振り向きながら、

 「ホント残念。」

 ぎこちない笑顔を私に向けてきた。

 背中に届く長めの髪をハーフアップにした彼女。少し染めてるみたいだけどこの学校校則厳しいんじゃなかったっけ?まあ地毛だと言われれば納得できるくらいの色ではあるけど、眉毛見たらわかるんじゃない?

 あ、でも瞳の色と同じなんだ。いいな〜。自分の真っ黒な髪と真っ黒な目とは大違い。おしゃれのし甲斐ありそう。

 「私、渡瀬陽菜、よろしくね。」

 いきなり自己紹介されたから私も返そうと思ったら、

 「わたせじゃなくてわたらせだったら絶対一番うしろだったのに。」

 ぎこちない笑顔のほっぺを少し膨らませたから、私は思わず笑いながら、

 「渡辺優月。よろしくね、渡瀬さん。」

 ほっぺ膨らませるとか子供っぽいけど可愛いと言うより綺麗と言ったほうがいい彼女には妙に似合ってる。

 「ひなでいいよ。名字で呼ばれるのあんまり好きじゃない。というかわたなべに負けるから名字嫌い。」

 少しだけぎこちなさが取れた笑顔を私に向ける。私はどうなんだろ?

 「それじゃ私のこともゆづきで。よろしくね、陽菜。」

 「よろしく、優月。」

 そんなやり取りから2ヶ月弱。ゴールデンウィークも終わって席替えしようという声はあるものの一向に席替えもなく(噂によると担任のおばあちゃん、失礼、山際先生が名前と顔を覚えられないからなんてまことしやかに囁かれてたりする)、だからずっと私の目の前には陽菜がいる。

 引っ込めた手をまた机の上に置くから私の視線がそちらに。それに陽菜が気づいて、ころころがニヤニヤに変わる。

 「なに優月、そんなに私の手に見つめちゃって。私の手に惚れた?」

 言いながら手を上げて私の目の前で振る。

 ほんとに何でなんだろ?気になるというか触れたい。

 「見るのはいいけどお触りはダメだよ〜。どうしてもって言うなら1回5千円!」

 笑いながら陽菜が高らかに宣言した。

 「高!」

 笑って答えると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り出した。


 び、びっくりした〜。

 優月は友達だし、触れたり触れられたりすることに嫌悪感は全く無い。

 無いけど。

 さっきの触り方、あれはやばい。

 なんか背中がぞわっとして、出てきてはいけないものが出てきそうな感じ。

 気持ち悪いと言うか、わからないから怖い?そんな感じ。

 大体何で優月はいきなり私の手を触ってきたんだろう?

 しかもあんな触り方。

 あ〜もう!

 私の後ろに座って、多分普通に授業を受けてるであろう優月のことが気になって気になって仕方がない。

 こちとら全然授業に集中できないっていうのに。

 優月ってば何考えてんの?


 う〜ん。

 どうした?何があった?

 自分でもわからない。

 突然陽菜の手に触れたくなった。それだけのことなんだけど、じゃあ、どうして陽菜の手に触れたくなったの?と考えると、触れたくなったから、という堂々巡り、トートロジー。

 大体いきなり友達の手に触れたいとか普通思わないでしょ。

 でも、どうしても触れたかった。

 今でも触れたい。

 あ〜もう!

 私の前に座って、多分普通に授業を受けているであろう陽菜の手が気になって気になって仕方がない。

 こちとら全然授業に集中できないっていうのに。

 はあ、私どうしちゃったんだろ?


 『ねえ』

 今日の授業全部とホームルームも終わって放課後になった瞬間、振り返った私と優月の声が重なる。

 ん?

 声が重なるのは珍しくないんだけど、いつもならこういうときは必ず目が合うはずなのに。優月どこ見てるの?

 『ねえ』

 また。

 でも強引に私から、

 「優月、」

 「何?」

 優月私の手を見てる?

 そんな優月の顔から私は帰り支度を始めようともしない優月の手に視線を移す。

 改めて見ると優月って指長いな。

 ピアノで苦労させられた私からすると羨ましいにも程がある。

 「手、触ってもいい?」

 考えてた言葉がダイレクトに包装紙にも包まずに出てきた。

 「なにゆえ?」

 首を傾げ、何言ってんの?って顔をする優月。

 「昼休みに優月私の手触ってきたでしょ。その仕返し。」

 「仕返しって、、、」

 まあ、嫌そうな顔してないし、もう触っちゃえ!

 机の上の優月の左手に自分の右手を重ねた。

 あ、柔らか。

 と思った瞬間に逃げられた。

 「触らせろよ。」

 「言い方、スケベ親父。」

 昼休みとは逆になった二人で笑う。

 嫌がってない、よね?

 笑いながらもう一度、今度は優月の右手に。

 重ねるんじゃなくて人差し指で撫でるように。

 ナニコレ。

 柔らかいだけじゃない、ぬくもりとか、色々。

 気持ちいい。

 滑らせたり、押し付けてみたり。

 私の人差し指が優月の中指の爪を撫で始めたとき、また逃げられた。

 「陽菜、その触り方エロい。」

 顔を覗くと優月、なんか顔が真っ赤。

 「えろくないっしょ。」

 いや、なんか、優月の今の表情のほうがえろいって。

 「だって陽菜えろい顔してるもん。」

 ぷいっと頬を膨らませながらそっぽを向く優月。

 あれ?優月ってこんな子供っぽいことするやつだったっけ?

 その仕草に、あれ?何今の?

 自分に起きていることに気を取られてると、相変わらず顔を赤くしたままの優月が私に顔を向けた。


 「仕返し。私も触る。」

 陽菜ばっかりずるい。私はちょっとしか触れられなかったのに、陽菜ってばこんなにずっと私の手を触ってくるとか。

 陽菜の左手に手を伸ばして重ねてみた。

 足りない。

 重ねるだけじゃ足りない。

 だから、さっきの陽菜みたいに人差し指で陽菜の手の甲をすうっと滑らせてみる。

 陽菜の肌が心地良い。

 まだ足りない。

 私の人差し指を陽菜の中指に滑らせていく。くすぐるように、撫でるように。

 もっと触れたい。

 陽菜、逃げないでね。


 優月が私の手に触ってる。

 昼休みと同じように、出てきてはいけないものが出てきそうになる。

 それが何かわからなくて怖い。

 だから、私も優月の手に触る。

 優月の左手。

 白くて細い指。整えられた爪。

 優月、逃げないでね。


 『きゃ〜!』


 周りの声にはっとする。

 って、何この状況?

 私と陽菜は両手を繋いで、しかも指を絡めたいわゆる恋人繋ぎで。

 顔は近いし、これ、ちょっと動いたら触れてしまう距離。

 唇と唇の距離、1cm。

 「ちょ、ちょっと陽菜!」

 「って、優月!」

 慌てて離れる。

 心臓がドキドキと五月蝿い。恥ずかしくて顔を伏せる。

 大体どうしてこうなった?

 昼休み、私が陽菜の手に触れて。

 放課後、陽菜が私の手を触ってきたから私も仕返して触れて。

 気がついたら手を繋いでて。

 手をつなぐだけじゃ足りなくて指まで絡め始めて。

 陽菜の顔見たらなんだかいつもの陽菜からは想像もつかないような表情で。

 うん、はっきり言って滅茶苦茶綺麗だった。

 で、なぜかそのまま見つめ合って。

 そしたら、陽菜が目をつぶるもんだから私も目を閉じて、それから、、、

 思い返してみると恥ずかしいなんてもんじゃない。

 どうした私。

 陽菜とキスしそうになるとか。

 でも、そのままでも、、、


 や、やばかった。

 まじで優月とキスしそうになった。

 、、、しても良かったけど。

 っておい!まじ?本気で優月とキスしてよかったと思ってるの私?

 いや、だって、手繋いで優月の顔見たら、いつもの落ち着いた雰囲気はどこかに行ってしまったみたいな子供っぽい顔で。

 いつもよりもずっと可愛く見えて。

 それと、さっき出てきてはいけないものが何なのかわからなかったけど、今ならなんとなくわかりそうな気がして。

 多分、優月とキスしたらわかるんだろうなって。

 だから、目を閉じたんだけど。

 閉じたんだけど。

 周りからの悲鳴みたいな声にはっと我に返ってしまった。

 魔法が解けた気分。

 目の前に優月がいたけど、それがものすごく恥ずかしくて。

 思わず顔をそらしたけど、それでも恥ずかしくて。

 優月の顔が見れない。

 ど、どうしよ。

 このままだとめっちゃ気まずいんだけど、、、


 『ごめんなさい、私達出ていくから、ゆっくり続き、どうぞ!』


 陽菜と私の二人きりになった教室。

 でもさ。

 ドアの隙間とか窓越しとか。

 そんなに見られてると続きどころじゃないと思うんだよね。

 は〜。

 大体、さっきのは雰囲気に流されただけ、のはず。

 そのはずなんだけど。

 雰囲気に流された?それとも流されるためにそういう雰囲気に?

 どっちなんだろ。

 陽菜の方を見るけど、陽菜ってばこっち向いてくれないし。

 は〜。

 私だって気まずいんだけど。

 でも、このままも嫌だ。

 う〜ん、どうしよ?


 優月と私の二人きりになった教室。

 いや、続きどうぞとか言われてできるもんじゃないっしょ。

 しかもみんな廊下から覗いてんじゃん。

 覗かれてなくてももう続きとか絶対ムリなんだけど。

 は〜。

 優月が私の方見てるのはわかるんだけど、やっぱり恥ずかしくて気まずくて、目を合わせられない。

 それどころか優月をまともに見ることもできない。

 う〜ん、どうしよ?


 「ねえ、陽菜。キス、する?」

 思い切って声をかけた。

 だってこのまま気まずいのは嫌だから。

 「、、、しても、いい。」

 私の方を見ないまま、陽菜が小さな声で返してきた。

 「私もね、陽菜とならキスしてもいいかなって。」

 私はどうしたいのか、陽菜とどうなりたいのか、必死に言葉にしようとするけど、うまく言葉にできるか自信がない。

 それでも言葉にしないと伝わらないし、陽菜がどう思ってるのかも知りたい。

 「陽菜とならもっとすごいことだってしてもいいと思ってる。」

 「すごいことって、、、」

 恥ずかしいけどちゃんと言うから。

 「、、、えっちとか。」

 言っちゃった。でも嘘じゃない。

 「陽菜だから、だよ。陽菜だからすごいことでもえっちなことでもしてもいいなって思ってる。」

 やっぱり陽菜は私の方を向いてくれない。でも、ちゃんと私の言葉を聞いてくれてる。

 「でもね、キスしたい、じゃなかったんだ。」

 この一言で陽菜が私の方を向いてくれる。

 大事なことを言うって伝わってくれた。

 だから陽菜は私の友達なんだ。

 「だからね、、、その、、、陽菜のこと、、、キスしたい、って思ったら、陽菜と、その、、、」

 恥ずかしい。でもちゃんと言わないと。

 私は大きく息を吸って、それから吐いて、そしてしっかり陽菜の目を見て、

 「陽菜のこと好きで、好きで好きでたまらなくなって、だからキスしたいって思ったら、そのときは陽菜とキスしたい!」

 言い終わってもう一度大きく息を吸って吐いた。

 陽菜は驚いた顔して私を見てた。


 ああ、そうか、そういうことなんだ。

 優月、ありがと。

 顔を真っ赤にして照れまくってる優月の可愛い顔。

 そうだよね、したい、ってなったときにしようね。

 でも、それってさ、

 「ねえ優月、今の告白?」

 「え、な、、、ちがっ、、、」

 うろたえる優月が可愛い。

 キスしたい、イコール好き、ってことだよね。

 だからしてもいいって思ってる今の優月は私のことを好きになる一歩手前で。

 してもいいって思ってる今の私も優月のことを好きになる一歩手前で。

 だから、もう少し、このままで。

 「ねえ優月、告白は優月からにしてね。」

 「な、なんでよ、、、」

 ほんと顔を真っ赤にした照れ照れの優月ってまじ可愛い。

 「私とえっちなことするんだったら優月が告白して私にお願いしてこなきゃさせてあげない。」

 「な、何よそれ!それじゃ私がえっちなことしたくてたまらないみたいじゃない。」

 「え?違うの?だって私とえっちなことしてもいいって、、、」

 「陽菜だって私とそういうことしてもいいって思ってるんじゃないの?私だけ痴女みたいなのは嫌!」

 ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向いた優月。

 何この可愛い生き物。

 でも、まあこのへんで。

 「大丈夫、優月がそういう気持ちになったときは多分私もそういう気持ちになってるから。」

 言いながら優月の頭を撫でてみる。

 あ、これ、いい。

 「もう、陽菜の意地悪。」

 頭を撫でられながらジト目で私のこと睨んでくるけど、やっぱ可愛いわ。

 抱きしめたい、かも?

 これってやっぱり一歩手前、だね。


 頭を撫でられながら陽菜のこと睨んでみたけど、陽菜ってば全然余裕な感じでなんかむかつく。

 完全に子供扱いじゃない?これ。

 、、、気持ちいいけど。

 !

 私の頭に伸びる陽菜の右手、そのブラウスの袖口からその奥がちらりと見えてしまった。

 それからいつも外してる一番上のボタンとか。

 あ、今日はオレンジなんだ。

 陽菜って私の手にちょうどいいくらいの、、、

 って、私何考えてるの!

 頭の中から、前に体育の授業前の更衣室での陽菜の下着姿を追い払う。

 追い払う、追い払う、、、追い払えない。

 しかも、陽菜、それ以上はダメだって!

 、、、あ、だめだこれ。

 あんまりな妄想に自己嫌悪に陥りながらも、私の頭を撫でてくれる手の感触が気持ちよくて、それでもいいかって、そう思ってしまう私だったり。

 いやいや、私、そんなにえっちじゃないはず。

 、、、ごめん、あんまり自信ないや。

 そういうことしたくなるのって、陽菜よりも私のほうが先になりそうな。

 やっぱり私って痴女?

 いやいや。

 相手が陽菜だからだって。

 ほら、だって、学年一番人気のうちのクラスの委員長の高梨さん見てもなんとも思わないし。

 そう、なんとも。

 でも、陽菜を見ると、、、

 やばい。

 「ん?優月、うんうん唸ってるけど何考えてんの?、、、あ、わかった。えっちなこと考えてるんでしょ。って図星?」

 肯定したつもりはないのに私の顔を見て陽菜が決めつけてしまった。

 間違ってないけど。

 「で?優月は何を想像してたのかな〜?」

 「し、知らない!」

 ぷいっとそっぽを向くと、陽菜の手が私の頭を撫でるのをやめてしまった。

 「頭なでてほしかったら正直に答えてね。」

 陽菜を振り向くとニヤニヤと笑う顔。むかつく。

 「陽菜の裸想像してたよ。これでいいんでしょ?ほら、もっと撫でてよ。」

 「もう、優月ってばえっちなんだから。」

 そう言いながら陽菜の手が私の頭を撫でてくれる。

 「どうせえっちですよ〜だ。」

 ふてくされた顔をするけど、実は撫でられてる心地よさに蕩けてしまいそうで。

 「やっぱ優月って可愛いな。」

 「な、、、」

 絶句してしまった私の頭を、陽菜が優しく撫でてくれる。

 この心地よさ、

 「もうすこし、このままで。」

 私の呟きに、陽菜も、

 「もうすこし、ね。」

 してもいい、が、したい、に変わるのってどれくらいなんだろう。

 でも、今は、もう少し、このままで。

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