忌怪配信

須々木ウイ

第1話

 こんテラ、こんテラ、こんこんテラ~。東雲しののめアリサだよ!

 それじゃ今夜も配信を始めたいと思うわけなんだけど、みんな画面、音量とかって大丈夫かな?


【こんテラ!】


【こんテラー!】


【見えてるよー】


【おk】


【音もうちょい上げて】


 今回は最恐怖チャンネル夏の連続企画第三弾。『アリサの心霊スポット巡り~絶叫無限地獄編~』をやっていくね。

 概要欄にも書いたけど舞台はここ、愛育廃病院!


 わたしがいま立ってる場所からは病院の正面が見えるね。潰れちゃったのは火事が原因なんだって。

 壁は煤だらけでボロボロだし、ツタが生えまくって昼でも不気味なんだけど、夜だともっとヤバい雰囲気だよ~。


 この病院にはいろいろとヤバい噂があるんだって。

 医院長が患者に違法な薬物を投与していたとか、手術中にわざと麻酔から醒めるようにしてたとか、看護師が食事にガラス片を混ぜてたとかさ。

 

 それにね、人間と昆虫を合体させる人体実験までやってたらしいよ。蜘蛛人間や蜂人間を目撃したって人も、この辺りにはいるんだって。

 まさにマッドサイエンティストだよ~。

 

【コワ~……】


【不穏になってきたな】


【それなんて映画?】


【医者と科学者は別物だろ】


 まあ友達の先輩に聞いた情報だから真偽はビミョーなんだけど、火事になった原因はいまもわかってないっていうのは本当みたい。

 病院が呪われるからって説もあるんだって。


 配信ではそのへんの謎にも迫っていきたいと思うよ。病院は一階から三階まであるから、できれば全部回ってみたいね。

 みんなのコメントもスマホで見てるから、どんどん書き込んでね。それじゃいってみよー!


【もう怖い】


【がんばえー】


【呪われるなよ】


【おっぱい見せて】


 自動ドアは開いたままなんだね。おじゃましま~す。うわ~、埃と煤がすっごい。あ、カメラさんここ撮って!

 入口近くの壁にリカ、マサキと血のように赤い文字が……その上には傘らしき絵が描かれてる。これは病院が呪術的な儀式にも手を染めてる証拠かも。


【どうみても落書きで草】


【バカップル爆発しろ】


【俺の名前と同じだわ】


 椅子がたくさん並んでるここが待合スペースかな。見取り図だと左手のカウンターに沿って進んで、その奥に診察室、CT室や手術室があるみたい。

 そこから見てみようかな。


 入るよ~。うわ、足元に瓶とか枕とかいろいろ転がってるんだけど。懐中電灯がなかったら絶対事故ってるよ。

 ここにはなにもなさそうだけど……あっ、みんな見て!


【うわっ】


【ビビるから急に映すな!】


【声出たわ】


【なぜ棚にビスクドールが?】


【キモすぎる】


【おい人形がこっち見たぞ】


 普通こんなところに人形置かないよね……。これマジでヤバそうなんだけど。

 うう、この後でCT室とか手術室に行きたくないよー……。


【露骨にテンション下がってて草】


【マジでビビッてるじゃん】


【かわいい】


【はよ行け】


 じゃあ行くけどコメントでみんな応援よろしくね!

 もうホントに怖いんだから!


 CT室はベッドとドーナツ型の機械があるね。あのドラマとかでよく見るやつ。

 なんか床に砂利とか動物の骨……? が落ちてる気がするんだけど……火事でもこんなことにならなくない?


 あとは特になにも──ヒッッッッ!?


【どうしたん?】


【急に大声出すじゃん】


【お前にビビるわ】


【鼓膜ないなった】


 みんないまの音聞こえた!?

 ぎぃぃーって黒板に爪を立てるみたいな音! わたしたち以外にだれもいないはずなんだけど!


【聞こえないけど】


【嘘乙】


【あー言われてみれば?】


【配信上手いねー】


 絶対聞こえたって! 演技とかじゃなくマジだから! 

 次は手術室だけど、パっと見ていくからね! パっと!


【ゆっくり見ろ】


【助けて】


【逃げるな】


 手術室はあんまり焼けてないみたい。メスとか道具もそのまま残ってるね。

 え、これって血? 手術台に赤っぽいシミがあるんだけど。こういうのって綺麗にしないの? それとも手術中になにかあったとか?


【おいなんか映ったぞ】


【アリサ後ろ後ろ!】


 後ろ? なにも見えないけど……。え、なんかあったの?

 みんなわたしのこと驚かせようとしてる? ちょ、ホント! いまホントそういうの無理だから!


【いやネタとかじゃなく】


【いま絶対白衣っぽいのが見えたような】


【なんか上の方でゆらゆらしてたぞ】


【すまんブラバするわ】


【仕込みだよね? 嘘だと言ってよバーニィ】


 ええ、やめてよ~! このあと二階と三階に行く予定だったんだけど、どっちも入院室しかないみたいだし、もう配信終わっていい?

 それにほら、さっきからカメラの調子も悪いんだって。


【それはダメ】


【カメラのせいにするな】


【確かにちょいちょいガビってるわ】


【助けて】


【せめて一部屋くらいは見よう】


【火事の真相は?】


 じゃ、じゃあ一部屋だけね。もー、ここ歩きにくいし、最悪なんだけど。



 はい、二階に上がってきたよ。ドアあけまーす。

 入院室だから当たり前だけどベッドが並んでるね。布団とかシーツが壁に寄ってるのが気になるけど……。

 うっ、なにこの匂い。なにかが腐ってるみたいな……し、しかも最近っぽい感じだし。


【最近って殺人事件の可能性が?】


【通報しろ】


【助けて助けて助けて】


 でも床にもベッドの上にもなにもないし……あれ? 一番奥のベッドに布団が積んであるみたい。

 それに、いま布団が動いたような……。


【助けて】


【助けて助けて助けて助けて】


【助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて】


【助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて】


 も、もうちょっと近づいて見てみようかな。


【助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてけて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて】


【さっきからなんやコイツ。怖いからやめろ】


【連投荒らし●ね】


【空気嫁】


【モデレーターさん今いないの?】


 え、布団が盛り上がって……きゃあああああああああああああああああああああああああああああっっ!?


 虫!? 蠅!? うそうそうそ嘘!?


【は? なにこれ?】


【ヤバいヤバい。黒いのがブワッて!】


【ちょ、カメラブレブレでなにも見えないんだが】


【痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い】


【黒いの人型みたいにならなかった?】


【早く逃げろ!】


【これは切り抜き確定だわ】


 は、配信終わるね! コトハも走って! 





 はぁはぁはぁ……もうヤバすぎ。コトハも車にカメラ置いたらすぐに出して!


 

 ふぅ、服に虫ついてないよね? こんなのありえないって……。年内十万人達成する前に、この世からバイバイしそう……。

 付き合わせてごめんね、コトハ。




 ◆





 私、水町コトハは心霊youtuber東雲アリサの配信を手伝っている。主な仕事は機材を用意したり、カメラを回すこと。

 正直配信には興味がないけど、彼女は友達だから。


 アリサは顔はいいけど、霊感はまったくない。

 だからゲーム実況でもした方が人気が出ると思うけど、彼女はこの路線でバズりたいようだ。


 逆に私には霊感がある。子供の頃から人に見ないものがよく見えた。頭がスイカのように割れたまま歩く男性や、通学路の電柱で首をくくって揺れる女性。

 どうしてみんなには見えないのかわからなくて、それで小学生の時はよくイジメられた。アリサがいなかったら不登校になっていたかもしれない。


 大人になるにつれて見えないフリができるようになった。霊と生きている人間の違いもわかるようになって、周りから浮くこともなくなった。


 元々ほとんどの霊はないもできないし、たまにいる危険なタイプは無視していればいい。ただ絶対にやってはいけないことが一つある。


 それはこちらから霊の目を見て話しかけること。危険なタイプにこれをして、連れ去られた人を見たことがあるから。

 子供の頃に出会わなかったのは本当に幸運だと思う。


 そんな昔話はともかく、この廃病院は危険なタイプだった。

 心霊スポットツアーに載ってるような、観光地とはまったく違う。

 アリサは友達の先輩から情報を仕入れたそうだけど、先輩はどこで知ったのか問いただしたいところだ。


 本来なら配信を中止にするべきなんだろうけど、アリサは言っても聞かないだろうし。まあ霊感のないアリサなら、下手に刺激することはないと思いたい。

 もし命に関わるようなことになったら、カメラを捨てて一緒に逃げよう。

 そんなことを考えている内に配信が始まった。


「こんテラ、こんテラ、こんこんテラ~。東雲アリサだよ!」


 お約束の挨拶が終わると、アリサは院内に入っていった。


「入口近くの壁にリサ、マサキと血のように赤い文字が……その上には傘らしき絵が描かれてる。これは病院が呪術的な儀式に手を染めてる証拠かも」


 落書きは赤いスプレーで行われていたけど、そのそばに落ちていたスプレー缶はひしゃげ、表面には歯が刺さっているように見えた。

 もしかしたらすでに犠牲者が出ているのかもしれない。


「ここにはなにもなさそうだけど……あっ、みんな見て!」


 薬棚には不似合いにはビスクドールが置かれていた。金色の髪と青い瞳は、煤でくすんでいる。

 アリサがしゃべっている途中に瞳が動き、カメラを凝視したけど私は無視した。


「あとは特になにも──ヒッッッッ!?」


 CT室を見ていると黒板に爪を立てるような音がした。私の目の前では頭に下顎だけを残したナースが、ドーナツ型の機械を爪で引っかいていた。

 目がないのは幸いだったと思う。


「それとも手術中になにかあったとか?」


 手術室のベッドに残る血は、比較的最近のものに見えた。つま先になにか当たった感触があって視線を下げると、松下マサキと書かれた免許証が落ちていた。

 落書きの主はここにいたようだ。


「後ろ? なにも見えないけど……。え、なんかあったの?」


 アリサの後ろには、白衣を着て下半身を炭化させた男性が、茶髪の青年を羽交い絞めにしながら宙に浮いていた。

 火事で死んだ医者と松下マサキだろうか。二人とも霊で私にしか見えないが、医者の方は薄ら笑いを浮かべながら、なにかブツブツとつぶやいていた。


 松下マサキの顔は瞳を大きく見開いて、顎が裂けるほど口を開けた、恐怖の表情が張り付いていた。潰れた喉からカヒューカヒューと、音のない悲鳴が聞こえる。

 その原因は彼の胴体に刺さった、無数のメスとガラス片だろう。死んでからも苦痛を味わっている同情を覚えたけど、私にはどうすることもできない。


「でも床にもベッドの上にもなにもないし、ん? なにか奥の方で動いたような……」


 配信の盛り上がりを美味しく思う気持ちと、恐怖に板挟みにされたまま、アリサは二階の入院室へ入った。


 階段から一番近い部屋を選択したのだろうけど、この場所は病院の中でも特に危険度が高いようだった。

 カメラの映像はひどく歪み出し、「助けて」というコメントが異常に増え始めている。モデレーターが削除できないことから、この世のものではなさそうだ。


 アリサが奥のベッドを気になったようで、私もそっちにカメラを向ける。ベッドのそばの床には大量の錠剤が山をつくり、空いたカプセルからは蛆が這い出ていた。

 そこで私は見た。白衣を着た巨大な蠅男を。


 頭は蠅だが体は肥満気味の男性のようだった。無数の複眼がジロリとこちらを見ている。手はカギづめ状で、積まれた布団を掴んでいる。

 嫌な予感がした。布団の下を見てはいけない。でも私は蠅男から目をそらすために、布団の下の方へ目をやってしまった。


 喉が変な音を立てる。自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。布団の下には、全身に蠅の卵を産み付けられた女性がいた。


 彼女は霊ではなかった。現在進行形で手元のスマホを弄っている、生きている人間だ。虚ろな目が助けを求めるように私を見る。

 そこで相合傘にマサキと一緒に書かれていた、リカという名前を思い出した。


 暗がりにいるせいで見えにくいが、アリサがライトを向ければすぐにわかるだろう。彼女の存在に気づけば、蠅男も私たちをただではおかないはずだ。

 いまから見えていないフリをしても、もう間に合わない。


 私がカメラを捨てて逃げようかと思った瞬間、リカが立ち上がろうとして、布団が大きく盛り上がった。

 同時に孵化していた、無数の蠅が飛び出してきた。


「え、布団が盛り上がって……きゃあああああああああああああああああああああああああああああっっ!?」


 蠅の大群を見て、アリサは悲鳴を上げた。リカの姿を見る前に、脱兎のごとく逃げ出す。その背中を追う私の耳に、彼女の声が聞こえた。


「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


 そしてもう男の声が一言。


「見えてるんだろ?」


 その後はどう走ったか覚えていない。転がるように階段を下りて、気づけば病院の駐車場に停めていた、ワゴンの前にいた。


 急いでカメラと機材を乗せると、キーを回して車を出す。病院から蠅男が追ってくるとか、土壇場でエンジンがかからないというようなことはなくて、私は心の底から安堵した。


「付き合わせてごめんね、コトハ」


 街の明かりを目指して車を走らせていると、助手席のアリサがぽつりと言った。

 私は「気にしないで」と返しながら、自分の胸元に産み付けられた蠅の卵を、どうやって処分するか頭を悩ませていた。

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