第3話 庭師から占者に

「お願いだ、ここを使わせてくれ」


「夜だけって話でしたよね?」


 俺は頭を地につけて頼み込む。


 頼む相手はもちろん商業ギルドの職員。屋敷を追い出され、行く当てもない俺が最後に行きついたのはここだ。


 借りている部屋は今のところ夜だけの契約で、最悪夜にそこで寝る事は出来る。しかしこれからを思えばそれだけでは足りない。


 なので契約とは違くなってしまうのが、昼間も貸して欲しいとお願いする。


 昼間だと割高になるが、来てくれるお客さんも増えるために使うものも多く、倍率が高い。


 自分の店を持つ前に仮店舗として使用するもの、ただの趣味で行うもの、副収入を得たくて借りるもの、実に様々だ。


 ひと月待てば空きは出るそうだが、それまで待てない。


 なんたって俺はまだ普通の部屋を借りられるほど、稼げていない。


 だから、仕事する時間を増やさないとこれからの生活も厳しくなる。


(それにお嬢様との約束もある、必ずお嬢様の運命の人を見つけるんだ)


 このままではいけない、急いで見つけないと手遅れになってしまう。


 その為には金がもっと必要だ。


 生きていく為、そしてお嬢様に相応しい人を見つけるのに、もっとお客を呼び込まなければならない。


「そう急に言われても困るよ、昼間は使う人もいるし」


「そこを何とか!」


 俺は再び頭を下げた。ギルド内にゴン、という音が響く。


 形振り構っていられない、お嬢様の為にも、自分の為にも。


「まぁまぁいいじゃないですか。今のところ昼間使う人もまばらだし、先払いしてくれるというなら許可をしましょう」


「副長」


 助け船を出してくれたのは、ここの商業ギルドのサブマスターだ。


 サブマスターでは長いと副長と呼ばせているそうだが、元々はどこぞの隊にいたという話もある。


 今は結婚し安全な職に就きたいと、ここのギルドで働くようになったとか……。


「他の方には事情を話し、少し高めのテナントをここと同じ価格で貸し出すようにしましょう。移って頂くのですから優遇すると約束して。足りない分は私の方で補填しますから」


 副長は代替案を出してくれ、渋々ながらも管轄の職員は納得してくれた。


「どうですか、シア。本当に資金は出せるのでしょうね。そうであれば貸してあげますけど」


 正直ギリギリではある。


 一か月分の借り賃を払えば、半分以上の手持ちがなくなるという事。


 何かあった時に心もとないけれど、仕方ない。副長もここまでしてくれたのだし。


「はい、それでお願いします」


 俺はすぐさまお金を取り出して副長に渡そうとする。


「落ち着いて。まずは契約書の作り直しから始めましょう」


 そう言って俺を立たせ、応接室まで案内された。


 待っている間に何とお茶や茶菓子も出してくれる。


 こんな無茶難題言うやつにこの手厚い待遇、感謝してもしきれない。


(思えばこの人は最初の客だったな……)


 占いの店を開きたいとここの門を叩いた時は、皆に胡散臭そうな目で見られてしまった。


 実績もない、商業ギルドを初めて訪れたガキを信じるなんて、普通はないだろう。


 受付で渋られている俺を見て、副長が声を掛けてくれたから俺は商売が出来るようになった。


「私の失せ物を見つけて頂ければいいですよ」


 そう言って頼まれたのは、副長の結婚指輪のありかだ。


 用事で外した後どこに行ったか分からなくなってしまったらしい。


 結婚記念日前に見つけたいと頼まれ、俺は早速力を使った。


 縁というものは人と人だけのものではない。


 生物から無機物まで、俺には見る事が出来た。


 そうして失せ物もすぐにありかが分かり、それにて商売をする許可を得ることが出来たのだ。


 最初のお客であり、俺と仕事の縁を繋いでくれた人だ。


 他にも副長は口コミにて俺の仕事た腕の確かさを広めてくれ、おかげで見てもらいたいという人が増えたのだ。


 その評判を聞いてお嬢様も来るようになったのだけれど……これからもっと頑張らねば。


「お金と契約、これで大丈夫だね」


 しっかりと確認し、俺は商売をする許可を得られた。


「昼と夜はまた客も変わるだろう。前も言ったけど、何かトラブルが起きたり起こりそうになったら早くに言うんだよ。今はマスターがいないから私が代理で解決に乗り出すから、気兼ねなく言って欲しい」


 実は俺はここのマスターにまだ会った事がない。


 余所の町に所用で行っているそうだが、なにやら凄く体格のいい熊のような男だという話だ。


(怖くないと良いけど)


 本来ならばギルドマスターに許可を得るものだが、俺は全て副長にやって貰っている。


 大丈夫だと思うが、万が一にも「許可できない」と言われたらどうしようと戦々恐々している。


 自分の縁が見えないから恐怖しているところもあった。


(自分の縁が見えていたらまた違ったのだろうな)


 そこはとっても残念に思っていた。

 

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