骨が沸いて
おくとりょう
牛乳切らしキレた姉の首
タンタンタカタン。と、階段を降りた。コーヒーが香るいつも通りの朝。
『おはよ』
居間のドアを開けると、出迎えたのは抑揚のない声。木のテーブルの姉の席には食べかけのトーストと、湯気の立ちのぼるコーヒーカップ。しかし、そこに座る姉の顔の位置には何もなかった。今朝の彼女は首から上がなくなっていた。片手にスマホは持ってるくせに。
「また頭とれてるじゃん」
『牛乳がなくて、キレちゃった』
彼女はスマホを素早く触り、妙なアクセントの機械音声で応える。
ウチの姉は首が取れる。まるで枯れた花のように。もしくはトカゲの尻尾みたいに。血は出ないし、痛みもない。そして、すぐにまた生える。何事もなかったかのように。
何かそういう病気、というか、体質らしい。姉だけでなく、ウチの家族はみんなそう。どこか身体の一部が急に取れる。感情が激しく動くと、ポロッと落ちる。そして、それは生命活動を阻害しない。死ぬことはなく、知覚が制限されることもほとんどない。何故か五感が生きている。
『不思議だよねー。なぜかちゃんと見えてるし、聴こえてるんだよね。上手く説明できないけど』
流石に声を出すことはできなくて、こうやって、スマホの読み上げアプリを使っている。
『まぁ、あくびみたいなもんよ。ちょっと不便な生理現象。他人に見られるとちょっとハズい』
姉も家族も大したことではないように振る舞っているが、やっぱり客観的にはヤバいと思う。そもそも、頭がないなら、どこで考えているというのだろう。
「ん?」
コツンと、何か足にあたった。
『あ、ゴメン』
机の下を覗き込むと、姉の頭が転がっていた。瞳を閉じた彼女の顔はまるで眠っているみたいだった。
『悪いけど、棄てといて』
ため息をついて、抱えあげる。勝手口にある廃棄箱は空になっていて、放り込むとグチャっと肉の潰れる音がした。もっと優しく入れればよかった。
「ありがとー」
6枚切りの食パンをトースターにセットして居間に戻ると、姉の頭はもう生えていて、冷えたトーストに大きな口でかじりついていた。きっと彼女はバケツの底で潰れた自分の頭を見ても、「イヤだなぁ」としか思わないのだろう。なんだか口の中が渇いて、苦い味がした気がした。
「今日も何も食べへんの?」
少し心配そうな姉の声。別に一日ずっと食べないわけじゃないのに。
「朝だけ。最近、お腹減らないんだよ。それに栄養剤は飲んでるから。……コーヒーすこしもらうね」
「……」
何か言いたげに黙って見つめる姉の視線。それを背に感じながら、薬を口に放り込み、ぬるいブラックで流し込む。なぜだか耳の奥がじんと痛む気がした。
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