第7話
「私が……私がすべて悪いんです……ッ」
「君は……君は、なんて優しい人なんだ…!!」
未来の宰相となるには単純素直すぎて不安が募るが、この時だけ何故か賢しく言葉の裏を読んだらしいレイドール様は、美少女の発言を『悪役公爵令嬢を庇って嘘を付いている』と受け取ったようだ。
いやいやいや。そこは素直に言葉通り受け取って下さいよ。
ほんとに私、何もしてないんですから!!
「こんな優しい彼女に対して心は痛まないのか!!オイレンブルク令嬢!!」
「レイドール様、やめてください!!アウローラ様を責めないであげてください!」
「解ってるよ。君の優しい気持ちは。けれど」
「本当に良いのです。私は…私は大丈夫ですから…!!」
キラキラと美しい涙を零して顔を伏せる美少女と、そんな彼女の肩を抱いてひたすら暑苦しい熱血の炎を燃やすレイドール様。彼の放つその熱で蜃気楼でも発生したのか、2人の周りの空間に、少女漫画張りの薔薇の花が見えた気がした。
「…………えっと」
2人の間で話は完結してるようだし、だったら私、そろそろ退場して良いのかしら??と思いかけたら、
「だからアウローラ様、私に謝って下さい!!それで許しますから!!」
とか言い始める美少女。
「……………は?」
もはや、わけがわからない。レイドール様もレイドール様で『君はなんて心が広い云々』言うてるし。
彼女らは自分たちの発言が、矛盾しまくってるって気付いてないのかな??
「あの…なぜ私が謝らなければならないのでしょう?」
「悪いことをしたら謝るのは当然だろう!?」
「レイドール様、アウローラ様を責めないで!」
試しに反論してみたけど駄目だこれ。無限ループか!?どうやったらこの場を抜けられるんだろう??
ううーん。レイドール様と美少女は、またしても2人だけの世界で盛り上がってるけど、おかげで私と友人らは置いてけぼりなんですけども。
「支離滅裂ですわね……」
「なんなんですの…この三文芝居は…」
私の周りを囲む令嬢たちも、彼らのあざと過ぎる過剰演出にすっかり呆れかえっていた。見れば各々の顔に『もう行って良いですかしら??』と声のない切実な思いが浮かんでいる。
うん。解るよ。私ももう、ほっといて校舎に入りたいし。
はあ、私だけがそう感じてるんじゃなくて、ホント良かった。
しかし、彼と彼女のムズ痒い会話を聞くうち、私はとてつもなく重要なことを思い出していた。
『まさか…でも、これは……もしかして!?』
読む気をなくすテキストとシナリオ。
色んな意味で破綻したキャラクターと物語。
なぜこの企画を通したかが最大の謎。
あまりの駄目っぷりに、怒涛の返金クレーム。
次々と脳裏へ浮かぶ嫌なワードに、だらだらと冷や汗が出る。
正直、嘘だと思いたい。勘違いだと信じたい。
けれど間違いない。
鮮明になってきた過去生の記憶が、嘲笑うように現実を突き付けてくる。
そうだ。
これは、この世界は──!!
『こ…これはあの、伝説級クソゲーの世界だ…!』
『神女は月夜に恋をする』
略して『月恋』というその乙女ゲームは、転生令嬢物が人気絶頂で世に氾濫していた頃に作られた。
出せば売れる。そんな絶頂期であったがために、そこそこ売れたことは売れたらしい。が、発売直後から評価は急降下し、あっという間にクソゲーの認定がなされた。
というか、満を持して発売したその日の内に、全国の販売店へ『返金しろ』と怒りのクレームが殺到したらしい。何の罪もない販売店が可哀相。メーカーに言え、メーカーに。
転生前の私はほぼ乙女ゲームはやっていなかったから、フルプライスで買う悲劇は避けられたものの、興味本位で90%オフになった該当ソフトを買ってプレイし、開始10分で電源を切ってソフトをぶん投げることになった。
最初からクソゲーという評価を知っていたにも関わらず、それ以上プレイする苦行に耐えられなかったのだ。
なんという破壊力。
威力が凄まじすぎる。
そんなだから今の今まで、ちっとも思い出せずにいた。
というか完全に忘れ切っていた。
そのせいで、まるで気付けずにいた。
転生したこの世界の正体に。
『うわあああ!嘘だと言って欲しい!!夢だと言って欲しい!!なんで…なんでよりによって伝説級クソゲーの世界に!?』
ハッキリと思い出してしまった私は、頭を抱えて叫び出したいのを必死に堪えた。
『落ち着け…冷静になるのよ!!アウローラ!!』
公衆の面前で暴れ出したら、頭がおかしくなったかと疑われちゃう。どうどう、落ち着け、私!!
仮にも誇り高い公爵令嬢としては、憐れみや奇異の目で見られるのは避けたいし、そもそも叫んで暴れたところで何が変わるわけでも無いのだ。
私はこっそりと深呼吸を繰り返しつつ、淑女教育で培った顔面操作術で平静さを装う。
高貴なる者、感情を表面に出すべからず!!
10年以上もの訓練で鍛えた表情筋は、さほど苦労もせずにすました顔を作ってくれた。
ありがとう!!ありがとう、ベルンダ夫人!!
この鬼教師め!!と、内心で呪い続けた家庭教師の顔が、この時ばかりは天使のように思えた私だった。
「無理はするんじゃない。君の優しい気持ちが通じる相手ばかりじゃないんだ!!」
「でも…でも、気持ちが通じるまで何度も伝え続ければ…いつかきっと!!」
ところでこの茶番はいつまで続くのかね??
完全に自分に酔った会話を耳にして我に返る。
どうやら私がしばし思考に耽っていた間も、延々とレイドール様と美少女の物語は続いていたらしい。気が付くと2人は誰も制止に入らないのを良いことに、完全に自分の役柄に入り込んでいた。
『悲劇のヒロインと、ヒロインを支える騎士ってとこかな』
そろそろ本気でほっといて校舎へ入って良いかな。
ていうか、この様子だと案外、私達が居なくなっても気付かないんじゃなかろうか。
「あの…皆さま」
私はあきれ返って言葉もない友人令嬢らを振り返って声を掛けようとした。すると、その時。
「これはいったい何の騒ぎだい?」
背後から凛とした男の声が掛けられ、場に居たすべての人間が声のする方を振り返った。
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