第78話 休憩②


 まだ頭が痛い。流石に怨霊は失礼だったか……。ケイラから貰った、助けて欲しいと書かれたデータを思い出す。あの2人は見た目も悪そうだが、やはりある犯罪組織のブローカーで人身売買を生業にしているらしい。その裏には高名な宇宙賊レティの影響もあるようだ。誰しもが名前を聞いたことのある大宇宙賊だ。だが今は東方群星連合政府と裏で繋がっているという噂があるとミラクルが調べてくれた。その噂の真偽は不明だがどちらにせよ、手を出せば火傷では済まない。


 ケイラは元々帝国軍に家族を殺された恨みがあり、幹部に暗殺を図ったらしい。彼女の家族以外にも大勢の小さな子供を殺された。データに書かれた情報を疑ったが、帝国軍はその子供たちを皆殺しにするのが目的だったらしい。知れば知るほど恐ろしい集団だとわかる。さらに彼女のデータから、トバリという名前が出てきて衝撃を受けた。彼がその作戦を考え、最も悪に染まった人間だと彼女は記していた。


 トバリの暗殺を目論み、それに失敗して囚われ、このブローカーに売り飛ばされたらしい。彼女の力を使えばこのブローカーなど容易く倒せそうだが、何やらそのような反抗をさせないように、体にチップを埋め込まれているらしい。その中で助けて欲しいというメッセージを俺たちに渡したのだから、ケイラの能力と精神力は、並はずれているという事がわかる。


 帝国軍には俺も恨みがある。リラリースとリスティルを殺された。リラリースとはお互い愛し合い、一緒に生活すると誓った。かわいい無邪気な性格のリスティル。彼女たちをトバリという上級士官クズに、まるで狩られる小動物のように淡々と殺された情景は脳裏に焼き付いている。帝国軍は平気で人を売り飛ばし、人体実験を行い、さらに子供をも簡単に殺す最悪の集団だ。助け舟を出してくれたマグヌス副艦長も処刑された。おそらく良心の残っている人達はすでに全員殺されており、今残っている幹部は全員人の心を持たないのだろう。ここの惑星のように敵国に生産施設ダンジョンを打ち込まれ、そこから生産される超獣モンスターで、大勢の人たちが被害を受けているというのに助けようともしない。結局、戦争で人を殺すのが目的の殺人集団だ。その戦争ですらただ殺人の口実だと思うと身震いをしてしまう。


 まずは、この最低のブローカー2人を追い出さなければならない。光の遺跡クリダモスの幹部にお願いすることも考えたが、ケイラは帝国軍幹部の暗殺をはかったテロリスト。犯罪者だ。ミラクルは彼女のことは諦めろと言っている。が……そんなことはできない。絶対に彼女を救い出す!


 彼女が最後に俺の両手を強く握り、助けを求めた姿を思い出す。どうすれば彼女を助けられるか分からない。ミラクルは、『助けようとすればするほど、マスターもその沼に沈む』と諫言してきた。だが、ここで諦める俺じゃない!


 意を決してドアを開けホールに出る。


 その2人はホールの真ん中のテーブルでカードゲームをしていた。体中が入れ墨だらけの男性と女性。男は胸元を開いたスーツのような格好で、髪の毛をポマードでオールバックに固めている。少しまくっている袖からのぞく腕は、太く傷だらけだった。女も胸元が開いていて、そこから見える大きな胸に彫っている入れ墨が目を引く。その2人がいるせいで俺の仲間は普段ここに顔を出さないで個室から出てこない。我が物顔でホールを使っていて迷惑だった。


 足をテーブルに投げ出してカードを見ている彼に、どう一言注意をかけようか悩んでいると、彼から足を下げて声をかけて来た。

「君もやるかい?」


 意外と軽くて素直な声だった。最初に会った時はケガもしていたし、不愛想で御礼すら言わなかったので印象が悪いが、根は意外といい人かもしれない。少し無理な笑顔を作って「あ、はい」と返事をした。まずは接近してみることにする。


 椅子に座るとポーカーを始めた。金銭などは賭けないがBrynkを繋げる。デバイス越しにポイントが表れる。マイナスになったりプラスになったりして勝負をするらしい。ミラクルの助言を思い出す。真正面に反論しても火傷をする。少し打ち解けてから、ここから出ていき、ケイラから離れるようにそそのかそう。


 ポーカーを少し続けていると自己紹介ではないがぽつぽつと会話が始まる。

「トロルと合ったのは不幸でしたね」

「ああ、まさか。強力なモンスターがあんな所にいるとはな、北のクラスCの生産施設ダンジョンを目指していたのだが近道をして失敗した。もっと遠くにまわれば良かったな」

「俺たちも一緒です。北を目指していたんですが煙が見えて救出に向かったんです」

「救出……」


 何故か2人で苦笑している。普通に話をすると良さそうな人のだが、なぜ今、苦笑しているのか理解できず気持ちが悪い。命の恩人を前に感謝くらい言うタイミングだと思うのだが……。やはり悪党は何を考えているのかわからない。


「失礼……君が優しいのは分かるが俺からの忠告だ」

「はい?」

「あまり、余計なことまで首を出さないほうがいい……」


 ドキッとした。顔を見ると一瞬真剣な顔をしてまた笑顔に戻る。感謝を言う立場なのに、そんな言い方はないだろうと思う。それとも、もっと深い意味があるのか。ケイラのメッセージが漏れている? 心臓の鼓動が早まる。


「あんたのために言ってる。君はまだこの世界の厳しさを知らないみたいだから」

「は、はい。参考にしておきます」

「参考って何だい?」

「……? はい? いや、今度から気をつけようと思っているので」

「俺は君のために言っているんだ。優しくね……」


 目が合う、そのまっすぐで真剣な目が怖い。なぜこんな事を言うのだろうか。口の中が渇く。『沼に沈む』ミラクルの言葉が頭をよぎる。そろそろ、会話も途切れたタイミング。嫌な予感がする。一旦部屋に戻った方がいいだろう。席を立とうすると、女が俺の腕をつかんだ!


 ……一瞬何が起こったか分からずに、生唾を飲む音がはっきりと聞こえるくらい動揺してしまった。

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