第33話 睡眠カプセル


 モニターに艦影が映る。その影は1つ。予想通り特殊任務用の高速船だ。リラさんが敵の行動を予想する。それから導き出された情報はこれだ。


 1、必ず入り口から入ってくる。

 2、相手は重火器や爆発物を使わない。

 3、多分、あなたは殺されない。


 特殊部隊は、特殊な小型銃を使うだろうとのこと。その銃は殺傷能力が強く緩衝材やBrynkの簡易バリアを貫くらしい。そして船自体を傷つけずに、音も無く相手を仕留める。この状況のために作られたような、うってつけの武器だ。


 モニターを見ると追っ手の船が徐々に近づいてくる。ドッキングさせないように、船を蛇行しながら振り切ろうとする。しかし、その程度の小細工はほとんど意味が無いのかすぐにドッキングされた。この速度では船外部の砲などは使えない。追っ手も電磁砲などで動きを遅くすることが出来らしいがなにせこの速度だ。間もなく光の速度に到達する。少しの衝撃や異常で船ごと破壊しかねない。


 入り口が強制的に開けられ警報が鳴る。ドッキングした箇所から特殊部隊が入って来ているだろう。

 

 入り口からの中央ホールに入るドアはあるもの全て使って塞いだ。だが、時間稼ぎの期待はできない。


 中央ホールにはいくつもの罠を仕込んでいる。できることは全て行った。最後の時まで抵抗すると覚悟を決める。


 もし、降伏してもこの場で処断されるかそれとも、裁判後に処刑されるかのどちらかだろう。少なくとも自分以外は。時計を見ると時間は残り1時間ほどしかない。敵は焦燥にかられているだろう。


 爆発音がして中央ホールのドアが開かれる。その開いた隙間を狙い、リラさんはマシンガンで撃ちこむ。少しの静寂。だがすぐに相手が応戦してくる。静かな銃声だが、それでもホールに響く。影に隠れながら応戦するリラさん。自分はホールの隣にある二階へと昇れるステップの陰に隠れる。


 激しい銃撃戦が船内で繰り広げられる。よほど船が丈夫に出来ているのか、それとも船を壊さないように調節されているのか。船はそんな状態でも速度を上げ進み続けている。室内に跳弾は無い。まるで壁が銃の勢いを吸収しているようだった。

 

 そんな考えをしながら自分も微力ながら銃を撃って援護する。特殊部隊が煙幕の出る催涙ガスを投げる。催涙ガスはBrynkの簡易バリアがあるので効果はないが、煙幕は多少なりとも視界の不良にはなる。敵は特殊な盾をもって少しずつ前進してくる。ホール入り口からの距離は20mしか無い。すぐに接近されてしまう。


 敵部隊が5メートルほど進んだその瞬間、その部隊の後ろ横の壁から銃が出てきて乱射する。先ほど仕組んだ罠だった。盾を持ち先頭を歩いていた2人の兵士が倒れる。人の死を間近に見るのは初めてだった。自分たちを殺しに来ている人だとしても気持ちのいいものではない。


 敵の兵士たちたちは、たまらず後ろに下がる。


『おそらく敵兵数は残り7人。最高速度に達する時間はあと25分。敵はその時間の前に必ず撤退する』とリラさんからの回線が入る。アドレナリンが出て鼓動が早くなる。あと25分。時間の進みが遅く感じる。だが冷静を保ち、手汗をぬぐい銃を握る。


 5分ほどお互い銃を撃ち、にらみ合った。特殊部隊は罠の存在に慎重になり前進できない。簡易観測ロボットを前衛に出すが、罠によりショートして動かなくなる。流石は上級兵であり技師長のリラさん。敵が繰り出す戦術を熟知しているようだった。


 残り15分、とうとう敵兵士がしびれを切らして突撃をしてくる。いくつかの罠が作動する。さらに2人を仕留めた。だが、あいては精鋭の特殊部隊だ。あっという間に距離を縮められる。リラさんに迫る3人の兵士、自分の銃から放たれた弾が1人の兵士のこめかみに当たった。手が震える。この高性能の銃とBrynkがあれば特殊部隊でも仕留められる。 


 人を殺めた罪悪感に浸っている暇は無かった。罠も出し切った。リラさんの間近に迫る兵士、そして後方にいる兵士が銃を撃ち続ける。援護をしたいが常に銃弾を浴びせられて撃つ暇を与えてくれない。


 リラさんから回線がつながる。


「ごめんなさいね、守り切れない。あなたは幸せに生きて」


 絶対に嫌だ! 幸せになんか生きれるはずない! そう思った時、体が勝手に動く「お前らやめろー!」叫んで銃を撃つ。


 敵の銃口がこちらに向く。全体の動きがスローになる。自分を狙う銃から弾が吹き出す。複数の弾がこちらに一直線に向かう。避けられない、殺される。そう思った瞬間だった。


 ドーンという爆発音のような音。


 ホール全体に強大な電流が流れる。一瞬消える照明。


 リスティルだった。


 自分を狙っていた後方の兵士が感電して倒れる。想像を絶する電気量だ。防護服もまったく無意味にさせる程の強力な電流。さらに、コントロールが出来るようで自分には被害がない。自分を狙って飛んできた銃弾もその攻撃に吹き飛ばされ、軌道が変わったのか僅かに逸れた。

 

 リラリースは、意表を突かれ驚く兵士の隙を狙い、銃を撃ちこむ。すぐ近くまで迫っていた1人が倒れた。敵は残り3人しかいない。時間はすでにリミット間近だ。

 

 残った敵兵士が動揺し始める。リスティルが敵の銃から放たれた弾を電流でかわし続ける。いつも笑顔で走り回っているリスティルが、真剣な顔で敵をにらんでいるのを初めて見た。天井に大きな穴が開いていて、超強大な電力で黒焦げとなっている。二階から穴をあけ降りて来たというわけだ。


 制限時間となり敵は撤退の準備を始めた。勝利であった。そう確信した時。


 ドンッと大きな破裂音がした。


 今までの銃声とは違う音だった。最初リスティルの方から音がしたので、また電流攻撃をしたのかと思った。逃げようとしている兵士に向い追撃をしている。そう思った。


 そしてリスティルを見る。


 リスティルの体はうぶ毛におおわれているが顔は可愛い少女のようで、いつも笑顔がはじけていてまぶしかった。


 敵を撃退させ、笑顔になったリスティルの顔は真っ赤に塗られていた。目はどこか宙を見て力が無かった。そのまま床に倒れこむ。


 リスティルの後頭部から大量に出血していた。


 後ろから撃たれていた。そこには銃を持つトバリがいた。


「何をこんなのに手間取ってやがるんだ!」


 トバリは兵に怒鳴りつける。


 リラリースはその光景を見て衝撃を受ける。怒りを前面に出しマシンガンを乱射して大声で叫ぶ


「てめぇ――――!」


 こんな顔をして叫ぶリラさんを初めてみた。


 そして、そのすぐあとの死の顔も。


 トバリの銃は、片手で持つタイプの拳銃だが、まるでショットガンのような威力のあった。トバリはマシンガンの乱射を目で追えないほどの動きでかわし、そして、かわしざまに一発撃った。まるで引き付けられているようにリラさんの頭に当たり、額に当たった弾。そのまま後頭部がはじけ飛ばした。


 そのままリラリースは床に倒れた。


 たった2発の銃弾で、かけがえのない命を2つ奪った。


 その光景は信じられるものではなかった。叫びながら、無我夢中で銃を乱射した。Brynkの限界性能を強引に出し続けた。


 兵士は時間だとトバリに告げた。トバリは舌打ちをしながら死体が並ぶホールに火をつけた。一瞬で火の海となる。


 自分をとららえるのを諦めたのか、そのまま去っていく。その去っていく影に銃を撃ち続ける。誰もいなくなったホール。怒りの向けどころを失い、銃を床にたたきつけた。


 ホールの火は、すべての死体や武器、証拠品を炭に変え、すぐに消えた。証拠隠滅の方法らしい。


 全てが炭となった……リスティルとリラリース。彼女の遺体を抱きしめる事も出来きない。そこにあったはずの場所に人の形となっている灰がある。それを見て呆然と立ち尽くす。


 トバリ達が出て行って15秒もしない内に、船は最高速度に達した。警報が鳴り響き、地震のように震えだす。


 せめて、敵がドッキングを離す前のタイミングで最高速度に達してあいつらの船ごと破壊できれば、この狂うほどの怒りが少しはおさまるのに。


 トバリを乗せた高速船は、まるでその思いを嘲笑あざわらうかのように、いつも通りの仕事を何事も無く終えたかのように帰路へと向かっていった。


 怒りで震えが止まらない。自分はこのまま死んでいいと思った。


 だが最後の彼女の言葉「ごめんなさいね、守り切れない。あなたは幸せに生きて」という声が頭に響く。


 どう幸せに生きろと……。だが、その言葉を思い出し自ら死を選ぶことは出来なかった。いっそのことトバリに撃ち殺してほしかった。


 血と炭と硝煙にまみれた体で、傷と火傷やけどだらけの顔で、涙と汗が皮膚にまとわりついたまま特殊睡眠カプセルの中へと入った。


 第一章 完

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