第13話 説明


 その部屋にはリラさんと、研究服を着た見知らぬ研究員の人が残っていた。

 

 うつむいていた。誰かに慰められたい、同情を引きたいのか、ただ子供のように意地を張っていたいのか、自分でもわからなかった。最後まで抵抗してこの場をしのぎたい、そう願っていた。


 研究員は自分の心境を把握しているかのように、落ち着くのを待っているようだ。少し冷静になってきた。彼らの対応は上手で、それがさらに気分を悪くさせる。

 

 ようやく顔を上げて、「いったいどういうことなんですか?」と聞く。

 

 リラさんは真剣な表情をし、同情深く見つめてくれている。だが何も話してはくれなかった。

 

 その感情を知ってか知らずか、研究員は冷静に、淡々と説明を述べ始めた。

 

「先に知っていただきたいのは、同化する機械は必ず平和的に利用されるということです。安全性を最優先にした運用を行いますから、ご心配いただく必要はありません。」

 

 そんなことをさらっと言い放つ。冷静を取り戻しつつあった心がまた揺らぐ。


「なんですかそれ、そんなこと言っても戦地に送られたらどうなるか分からないじゃ無いですか!」


 つい、声が荒ぶる。

 

 少し研究者は間を置いて、その質問には答えずに話の先を進む。

「このマシンはLN903ーHK光90512XK734と言います。名前の由来は、今から125年前に…………」

 

 どうでもいい詳細な説明が続く。拳を握り怒りを鎮めようとする。

 

 リラさんの顔を見る、いつの時も自分に寄り添ってくれる。彼女の悲しそうな顔が、唯一自分の張り裂けそうな心を救ってくれていた。もしかして、自分は最初からこのような実験に使われるために、生かされて来たのだろうか。そういう疑念が頭をぐるりと巡り、心をき乱す。

 

「これがその映像です」

 

 そう言うと兵機の写真が装置ブリンクによって映し出される。映像には、施設に格納されている巨大な兵機があった。その姿を見て、胸を裂くような強い感情に襲われる。遠くから見れば、ただの凶悪な兵機に見えただろう。しかし、それが自分自身になるなんて想像もつかない。

 

 映像が切り替わり、その兵機は巨大な銃を携えていた。砂塵の中、的確に目標を破壊していく。全てのターゲットを完璧に撃破した後、仁王立ちするその姿はまさに圧巻ではあったが、自分にはひどく醜いものとしか見えなかった。


 頭を抱えて、うつむく。体が震えている。


 少しの間を開けて研究員は話を続ける。


「今の時代の人間は全員が自動的な防護装置によって精神を守られています。生誕過程で精神や肉体的な防壁、様々なウイルスや病原菌に対する抵抗力、さらに精神汚染などに対する対策が施されています。しかし、君は原始の人そのものであり、肉体又は精神の調整が行われていない。同化するには、どうしてもあなたのような存在が必要不可欠なのです。いかに防護装置を取り除こうとしても、その微細な痕跡が残ってしまい、それが後で問題を引き起こすのです」


 彼の言葉には反論する気力すら湧かなかった。ただ、静かに耐えながらその情報を受け取るしかなかった。疑問や怒りを投げかけたとしても、答えは返ってこないだろう。その言葉は冷徹だが事実を伝えるものとして、無情にも耳に入ってくる。

 

「この20年間で試した実験回数は2000回以上、その全てで失敗」

 

 その言葉に背筋に冷たいものが走り、強い衝撃を受ける。


「失敗って何ですか! なんでそんなに簡単に言えるんですか」


 だが、その問いには答えずに研究員は説明を続ける。


「現在稼働しているのは僅か13機です。しかし、どれも自我を失ってしまい、結局はAIによる自動制御が基本となっています」


 研究員は悔しそうな顔をしている。だが、悔しいどころの話ではない。こんな酷い仕打ちがあるだろうか。

 

「なにが実験ですか、あんたのやってることはただの人殺しだ!」


 必死に涙をこらえ、震える拳を血が滲むくらい固く握る。

 

 自分と同じ立場の人が、何の前触れもなく、理由も分からずに兵器と同化される。そして、何も知らずに、無害な心を持ったまま精神が崩壊していくのを想像だけで胸が締め付けられる。そんな過酷な運命を迎える無実の人々を思うと、怒りがこみ上げてくる。その怒りで、目の前が真っ赤になり、冷静さを失う。

 

 リラさんは優しく手を伸ばし、落ち着かせるように肩に触れようとした。それを強く払う。わずかな抵抗であったが、心優しい彼女に対してだけできることだった。


 研究員は少しの間を置き、そして再び淡々と説明を始めた。

 2時間にわたり、装置ブリンクを使っての画像確認と口頭での説明が続いた。その全ては、まるで人体実験を行う前の言い訳だ。


 怒りや焦燥はどこかに消えてしまった。いつの間にか、それが深い憎しみに変わっていた。

 

「だから、自分を犠牲にしろって言うんですね。分かりましたよ。やってやるよ! 兵機になったらまずあんたから殺してやる!」

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