第11話 休憩室


 3か月が過ぎようとしていた。自分の体は軍の訓練をすんなりとこなせるほど鍛えられ、それが自信へと変わっていく。少し太くなった腕を誇らしげに見る。


 思えば、訓練を受けたくないと逃げる自分はいつの間にかいなくなっていた。これは洗脳なのだろうか。さまざまなカリキュラムを受け続ける中で、この時代の軍人として生きることが当然だと思うようになっていた。

 

 シラーとの共同生活もそろそろ終わりが近づいてきた。いつものようにまたテーブルで対面する。お互い装置ブリンクを操作しながら軽い会話を交わす。

 

 いつの間にか他愛のない話から、戦争の話になった。

 

「訓練兵はかなり守られているからね。最前線にすぐ行くことはないだろうね」

「そうですよね、訓練したり実践さながらのことはしますが、戦争の具体的な情報は全然知らないです。一般人レベルというか」

「でも、上等兵の人達はだんだんと戦地に向かっているみたいだね」

「そうなんですか……それは…………」そのあとの言葉が続かない。


 そうだとは知っていたが、いざそう言われると改めて戦争というものが隣にあると気づかされる。訓練に強制参加された時は、すぐにでも無理やり戦地に送られるのではと思っていた。しかしその後、戦争はどこか遠くの存在のように感じていた。


 もしかすると、リラリースさんは既に戦地にいるのかもしれない。あの時の彼女の言葉を思い出す。

 

「私もいつ前線に行くか分からないから」

 

 その言葉から既に1年が経とうとしていた。自分が同じ立場に立つとは思ってもみなかったが、リラリースさんはこの時を予感していたのだろうか。


「それはきっと君もそう」


 思い返して背筋に冷たいものを感じる。


「どうしたの急に考え込んで、言ってるよね大丈夫だって。この辺から激戦地は遠いし訓練兵は基礎訓練修了後すぐに前線に招集されることはないから」


 はっと我に返る。おそらく思い詰めた顔をしていたのだろう。シラーは優しく声をかけてくれた。

 

 だが、その言葉が何となく薄っぺらく信用性に欠けると思う。


「そうなら良いですけど」


 その優しい言葉に優しく返すことは出来なかった。


 しかし、悩んでいても仕方がない。シラーの慰めるような笑顔を見ているとそう思った。無理に笑顔を作り、話題を変える。


 その後、不安を払拭するように冗談なども交え会話が盛り上がる2人。ほかの友人も話に加えたいと思い、専用回線許可を申請した。

 

 その時突然ドアが開く。シラーも驚いて硬直している。数人の教官が入ってきた。その中に最も厳格で「鬼教官」として知られるトバリ教官がいた。息をするのさえも重くなる。さらにトバリ教官の上司である副艦長やリラリースさんの姿もあった。残りの3人は見慣れない顔だがおそらく将官クラスだろう。

 がたっと椅子を鳴らし立ち上がり敬礼する。シラーも驚いた表情を浮かべながら立ち上がった。

 リラリースさんが、この艦に残っていたことを喜ぶ余裕は無かった。

 

『またこの突然の訪問か』と心の中で思った。心臓の音が聞こえるくらい驚いたが、少しウンザリもしていた。シラーはこんな状況が初めてらしく、彼女のドギマギとした様子を目の当たりにして、なぜか少しの冷静さを取り戻した。

 

「ウエノ君、荷物をまとめて来てくれるだろうか」

 

 荷物の量は少ない、すぐにまとまる。しかし、一度荷物をまとめれば次はどこへと連れて行かれるのだろう。頭の中には「前線」という言葉が渦を巻いている。こんな突然の事態は予想していなかった。

 

 反論したいがトバリ教官の形相を見て「了解です!」としか言えない。

 

 このまま前線に行く? 自分は一体何のために未来に来たんだ。いやおかしい、過去人なんて珍しい人をただの意味のない死で終わらせるはずがない。何かがおかしい。そんな仕打ちをされるわけがない、もっと良い未来があるはずだ…………。きっと、リラリースさんと一緒にまた生活が始まるんだ……。平和で幸せな未来生活を送れるんだ。


 無理矢理、ポジティブな想像をするが、モザイクのように細かく崩れ去っていく。幸福な想像がバラバラになった後ろには、自分が戦死している姿が鮮明に映し出される。

 

 どうしても暗い未来しか想像できなかった。


 だが、それ以上の”最悪の現実”が待っているとは思いもよらなかった。

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