第9話 ヴァイゼネル

 大きなホールには1,000人ほどの訓練兵が整列している。遅れてきたので、とりあえず後ろの方に立つ。


「ちょっと、こっち」


 ルームメイトの女性が手を振っている。「はい」と答えながら彼女の方に向かう。訓練兵の中でもグループがあるらしく、朝礼のような連絡事項が終わるとそれぞれに分かれて雑談をしている。思ったより規律が雑なんだなとも感じた。

 

「君がシラーのルームメイトかい? よろしく! 俺はゼルン。こいつはマルファル」


「あ、ああ、よろしく」なんとも歯切れの悪い挨拶となったが、みんなはあまり気にしてないようだった。先輩と言っても、実際には数日早くミーティングを行っているだけで、ほとんど同期である。


 本心では叫びたかった「訓練なんてしたくありません!」だが、誰に伝えていいかもわからず、とりあえずみんなと同じく訓練を始めることになった。最初は規律を叩き込まれるものばかり。へとへとになって部屋に戻ると、シラーが言っていた通り、自由な時間はかなりある。


 この宇宙船内の時間は25時間48分を1日としている。訓練は2度に分かれて行い、合計で11時間。睡眠は6時間、仮眠は15分。仮眠は人がちょうど入るカプセルでとる。一方、睡眠用の部屋は広く、大きなベットが設置されており、とても快適だ。大浴場もあり、食事も流動食が多いが、まあまあの料理も提供されている。

 

 部屋の中でひとり、特にやることもなく装置ブリンクを操作して過ごしていた。ルームメイトのシラーとは、休憩中に顔を合わせることは少ないようだ。それが少し寂しいと感じ初めていた。


 その時、部屋のドアが開いた。驚いて顔を上げた。シラーが入ってきたのだ。心の中で一安心しつつ、話しかけてみた。


「ここの生活、案外と悪くないね。ただ、訓練は相当キツイけど」


 シラーは手前に座り、大げさに腕を上げてため息をついた。「はあ~、もっと楽だと思ったのに。結構拘束時間長いのよね」彼女は少し不満そうに言った。


「お風呂ももっとおしゃれじゃないと人集まらないわよ」


「そうですか」と僕は答えた。軍隊というものの観念を疑う不満だ。そういえば、ここにいる訓練兵の中で、女性の比率が高いことに気づいた。


「そりゃ、そうよ、普通の国の軍隊に入る女性は少ないからね。だから、帝国軍に入る女性の比率は、自然と高くなるわ」

 

「そうなんですか、帝国軍って国の軍隊じゃないんですか?」

 

 彼女は少し驚いた表情をした。


「君、勉強してるの?  装置の情報を読んでおくべきよ。まあ、いいわ。時間があるし教えてあげる。帝国傭兵団っていうのが元々の名前。なぜそんな名前かは分からないけど、場所は東星連でも西寄りの群星で、そんなに大きくない惑星で活動していた小さな傭兵団から始まったの」


「そうなのですね」そこまで興味は無かったが会話を続けたかった。


「そして、その地域で大きな戦果を挙げてどんどんと周りの傭兵グループを吸収していったみたいなの」


 シラーは続けて「今では東星連で三大傭兵軍といわれているまでになった。そこまで大きくなった理由が、神器と、それの持ち主この軍団のリーダー、ヴァイゼネルの存在が挙げられている。あまりの強さとカリスマ性に、宇宙の戦争を終わらせるきっかけとなる1人と言われているわ」

 

「戦争を終わらせるきっかけ?!  1人の人間がそこまで大きな存在感を出すって驚きです」

 

「まあ、どんな理由にせよ、この軍団に入ってきたのは正解だったて事ね。大きな声では言えないけど噂では小さな傭兵団が急成長した理由は、裏で非合法なことを繰り返している」

 

 肩を叩かれて少しびくっとする。


 シラーはにっこりと笑って、「戦争中にそんなこと気にしていたら勝つことなんてできないでしょ」シラーの笑顔は伝染する。自然と肩の力も抜ける。だが、その言葉は納得できるのと同時に、どこか引っかかるものがあった。

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