中島、監督しようぜ
だいふく丸
【プロローグ】
4月1日――それは嘘ではなく、本当だった。
「冗談じゃないわ! チーム統合なんて、誰が許すもんですかッ!」
少女は円卓を叩く勢いまま立ち上がった。自慢の黄髪が波立つ。
「
「うっさいわ、クソババア!」怒る娘が跳ね返す。
「ちょ、親に向かってなんて口をッ!」母も立ち上がった。
火花を散らす母娘に円卓中央の、和服の老人が仲裁に入った。
「まーまー、水木さん。華ちゃんが怒るのも無理はない。統合案は一度白紙になったんですから」
富士山柄の扇子を扇ぎながら、
「華ちゃん、状況が変わったのだ。先月、軟式野球連盟が六月の全国予選から新球導入を決定した。このまま商店街がウッシーズを支援するよりも、サンダースと統合すべきという声が多かった。今日、総会に呼んだのはそのためだ。すでに
「そんなの、あんたらの勝手な都合じゃない!」
大人の事情を子供が突っぱねた。涙を浮かべ、呆れ顔の大人たちに訴える。
「あの子たちはウッシーズで野球がしたいの! 死んだ父に恩返ししたくて、ザコになっても必死に練習しているの! そんな健気な少年少女を見捨てるなんて……この腐れ外道共がッ! それでも日本人か! 恥を知れ、恥をッ!」
「おい、会長になんて口を!」犬神の取り巻きが立ち上がるも、「黙れ、腰ぎんちゃく社員ッ!」と新たな火花が会議室に散っていく。
「華、少し落ち着くんじゃ!」
見かねたのか、サンダースで監督を務める
「もう、うちと統合せぇ。力兄りきにいも天国でそう思うとるはずじゃ」
太い指で茶菓子を掴み、パクリと大きな口へ放り込む。
「おじさんに何がわかるのよ! ウッシーズを見捨てたくせに!」
「わかるもなにも、お前が監督になって一度も勝っとらんじゃろうが!」
華は顔をくしゃりと潰してそっと座った。去年12月に急死した父から監督を継いだものの、チームは連敗街道まっしぐらで13連敗中だ。
「去年のウッシーズは強かった。じゃが、チームの中心が抜け、世代交代が進みすぎた。今や、ギリギリの人数じゃ。先月の新人戦でサンフラワーズに負けとったし、ガキたちを考えれば統合した方がええじゃろ。これは力兄もあの世で思っていることだろうよ」
全員が神棚の遺影をちらりと見た。包容力がありそうな、恰幅のよい男が仲間と一緒にビール片手に笑っている。
華は負けじと手前の煎餅を取り、悔しさを殺すようにかみ砕く。「それもこれも、うちのエースをおじさんが引き抜いたからじゃない!」
グサッと、男の心が痛む。「そ、それは犬神のじいが――」
バチン! 荒々しく扇子を閉じる犬神は険しい顔つきだ。
「諸般の事情はあるが、華ちゃんの言い分もわかるっちゃわかる。なんせ、話しが急だったからな。考える時間もさぞ、いることだろう」
「じゃあ、統合案はなしで!」
「いいや、それはできんよ。じゃが――」再び扇子を開き、「来月の子供の日に、《ゴーゴーこども野球大会》がある。そこでウッシーズが優勝したら、この統合案を廃止しようじゃないか」
「会長、名案でございます!」と、すかさず取り巻きたちが拍手で援護射撃だ。犬神は商店街随一の権力者なのだ。
「ちょ、待って! 来月って――」
「つまりは、君が猪原監督よりも優れている監督なら、私もウッシーズを応援するってことだよ。その証明が大会優勝だ。わかりやすい、だろう?」
修羅場を生き抜いてきた老人のにこやかな物言いに、取り巻き連中は深く、さらに深くうなずいている。チームの保護者代表でもある母も、「それで構いません」と同意した。
「どうする、華ちゃん? この条件を受け入れるか、否か?」
少女はたとえ四面楚歌の状況でも、神棚の父を見れば、この勝負から逃げるわけにはいかなかった。再び煎餅をかみ砕き、
「いいわ、受けて立つ! 一か月であの子たちを強くして、子供の居場所を奪うあんたら外道共を、ぎゃふんって言わしてやるわよ!」
威勢よく啖呵を切った少女は微笑む父に向かって右拳を高く掲げた。
「よし! 決まりだな。健闘を祈るよ、華ちゃん――」
その夜、少女はとある女に電話した。「――このままだと、ウッシーズが消滅しちゃうんです!」
相手はひどく困惑したものの、しばし考えてから返した。
「そうねえ……青羽を紹介してくれた恩もあるし、力になりたいけど……」
感触はよくなかった。だが、ここで引けば、チームの未来はなくなる。
華は生唾を飲み込み、スマホを強く握りしめた。
「彼を……彼を、監督にしたいんですが、ダメですか?」
チームが存続するためにはこれしか思いつかなかった。
女はひどく驚いたものの、彼の未来を案じると、子供に旅をさせたくもなる。
「このまま心がヤミっていると非行に走りそうだし……いいアイデアかもね」
「本当ですか?!」
「ただし、条件があるわ」
「条件……とは?」
「彼の正体は絶対に秘密にすることよ。それと、新しい生活のフォローをしてちょうだい。あと、私との関係は機密事項よ。それでいいのなら、チーム存続のために手を貸しましょう」
「あ、ありがとうございます!」
電話越し、頭を下げた少女はその条件を快く受け入れたのだった。
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