第二十六話 禍高の一大トリップ

 ――自分にとっては普通の人生だった。この場所に来るまでは。孤独と絶交した俺を皆が迎え入れてくれた。皆と一緒ならきっとどこへだって行けるはずだ。期待と緊迫、禍高の一大トリップ。――




 今日から二泊三日の修学旅行。都心部に位置する禍野まがの高校から、新幹線を含む五時間越えの長旅だ。


「班ごとに点呼して、各クラスの学級委員に報告してくださーい!」


 集会や行事で決まって目立つ筋肉先生が、例にもれずスピーカー不要の大声で生徒全体に呼びかけた。


「ここは私が行ってくる! 止めないでねえん!」


「誰も止めねえよ。お前が班長だろうが」


 六班の班長を務める綾那賀あやながは、隠しきれていないハイテンションで点呼の結果を告げるべく、担任の凌子りょうこ先生と学級委員がいる列の先頭まで走っていった。


「いよいよだねー、楽しみ!」


「ああ」


「どうしたの? 独瞬君、楽しみじゃないの?」


「あいや、そんなことないよ」


 クラスの皆と学校を出て、いつもと違う環境で生活を共にするのは、大変わくわくするイベントだ。しかし、俺は楽しみより不安の方が大きい。


 俺は未だに、明軍の企むよからぬことの真相を誰にも伝えられずにいる。

 三週間ほど前の実験室での出来事の後、周りでは特に変わったことはなかったと聞いているが、俺は体調を崩し、学校を数日間休む羽目になった。

 なぜそんなことになったのか、恐ろしいことにこれがほとんど思い出せない。

 俺の中にある記憶は、実験室で明軍の“夢乞い”の少女と出くわしたということと、その時に福沖も一緒にいたということくらいだ。

 わざわざ実験室に入った理由は? 通常は牟手むて先生をはじめとする理系の教師が鍵を開けないと入れないはず。あの時のことを強く思い出そうとしても、頭の中の重要な回路がちぎれたように思考が遮断され、答えに辿り着けない。

 福沖も何も覚えていないというが、抱愛つつめさんは事の顛末を知っているという。




 ***




 あの場にいた明軍は“夢乞い”の少女だけでなく、脳内を操ることのできる能力者も一緒だった。そいつが俺の記憶、というよりも意識を奪うような精神攻撃を仕掛けてくるため、俺はまともに行動することができず、福沖が殺されそうになっていた。

 そこへ抱愛さんが駆けつけ、危機を脱したようだ。

 

 抱愛さんが実験室に来たことや、明軍が実は二人いたなんて、信じがたいことだが、解決までのからくりはこうだ。


 まず、実験室にはミコの“力”を授かった「使い」が忍び込んでおり、状況を遠隔でミコと共有していた。そして、俺たちがピンチになることを想定して、ミコはあらかじめ抱愛さんに実験室に向かうよう伝え、ぴったりのタイミングで到着。明軍二人の動きを僅かながら止めることに成功した。その隙に「使い」が時間をかけてじっくりと床に作成した脱出口を使い、俺の寮部屋までワープした。

 SMIでミコが床に手を付け、波紋を広げながら沈んだときと同じような手法だろう。ミコは「まだ走人には早い」と言ってやり方を教えてくれないが、便利な能力だ。ちなみに協力してくれた「使い」はゴキブリだったらしい。


「抱愛さんはどうして意識を奪われなかったんだ?」


「それはおそらく、走人が大量の生命力を咲栞えみかに分け与えたからよ」


「俺が?」


「まったく、無茶だけはだめって言ってるのに……でもまあ、今回は仕方ないか。最終的にわたしが助けに入るつもりだったんだけど、作戦を知ってるのは咲栞だけだったし、走人の判断は間違ってはないよ。素直に納得はできないけど」


「わたしもやっと戦いに参加できたんだよ! 福ちゃんと独瞬君を守れてよかったあ」


「咲栞はいつも明るく笑えてすごいよ。命の危機だったっていうのに」


「抱愛さん、助かったよ。何も覚えてないけど……」


 俺は抱愛さんに生命力を注ぎ込み、明軍の精神攻撃に耐えられるようにしようとしたんだ。効果があったかはさておき、その代償として数日間寝込むことになったのであれば話は繋がる。俺がベッドでへばっている間に何も起こらなかったのは不幸中の幸いだったか……




 ***




 修学旅行の班はくじで決められた。俺のいる六班はほとんど話したことのない人ばかりで、初めは少々気まずかった。


「ひ、ひととときくんと、い、いっしゅ、あ、一緒でよ、よかたよっ……ぼ、ぼく、まともに話せるの、ひとととときくんしか、い、いないし……」


 この外面コミュ障ゲームオタクの番崎つがさきがいなかったらな。


「ああ、俺もだよ。けど、この機会に今まであんまり話さなかった皆とも仲良くなればいいんじゃないか?」


「そうだよ! これから三日間、行動班はこの五人で過ごすんだし、どの班よりも仲良くなっちゃおうよ! よろしくね、番崎つがさき君! 独瞬君!」


 フレンドリーで明るいこの女子は七ヶ崎しちがさきという。ピンクのカチューシャをつけた薄い水色の真っすぐなセミショートに、青みがかった瞳が特徴的な、クラスでも男女問わず人気がある女子だ。教室では座席が離れているため、登下校時の挨拶や事務的な会話ぐらいでしか関わったことがない。コミュニケーション能力でいえば番崎とは正反対になるだろう。


「う、うん……よ、よろしゅく、しちちがさきさん」


「なんでお前は人の名前を呼ぶときに二文字目が多くなるんだよ」


「ごっ、ごめん! ひととととときくん」


「いや、逆に難しいだろ。その呼び方」


「じゃあさ、番崎、俺の名前言えるか?」


「え、えと、もののだくん」


「あれ、普通じゃん」


「もともと同じ字が続いている場合は噛まずに言えるってことか……」


「何だよそのルール!?」


「でもそれじゃ、俺も『と』が続いてるし違うか……物ノ田もののだが特別ってことか」


「それって喜んでいいのか、俺は……?」


 番崎に名前クイズを出してきたこいつは物ノ田もののだ。黒いヘアバンドで茶髪をまとめ上げたファンキーな男子だ。やや太った体型でクラスのやんちゃ集団に高頻度で混じっては馬鹿な遊びをして先生たちに叱られている。なかでも、ヤンキー座りの体勢から腰を上げずにジャンプだけで移動し、相手を手で押して尻を付かせた方が勝ちという「おまる」なるスポーツを発明したことは、全クラスに広まるほど有名な話だ。教室内でトーナメントやバトルロワイアルを開催して盛り上がっていた矢先、競技中に押されて体勢を崩した物ノ田がヤンキー座りのまま倒れて机にぶつかり、その机に置いてあった水入り花瓶を股間で受け止めた結果、「おまるの敗北」という残念すぎる俗語が誕生する事案が発生した。物ノ田が腰を逸らしたせいで跳ねた花瓶は、気の毒にも開いていた教室の窓から外へ飛び出し、目を瞑りたくなるような鋭い音を響かせた。その後、物ノ田たちが生活指導という名の落雷に見舞われたのは多くを語らずとも想像に難くないことだろう。


「物ノ田君って言いにくいし珍しい苗字だよねー。他に聞いたことないよ」


「そういう七ヶ崎しちがさきも珍しい苗字だと思うけどな」


「お前が一番珍しいじゃん、独瞬!」

「あなたが一番珍しいよ、独瞬君!」

「ひとととととときくんが、一番……」


「あああ、うるせえ! 俺も他に会ったことねえよヒトトキなんて! 絶滅までのカウントダウン一桁台なんじゃないか? てか番崎つがさきが無限に増えてて中毒になりそうなんだよ! 七ヶ崎と物ノ田のツッコミに合わせられてないじゃないか!」


「やーっぱ独瞬のツッコミは別格だな。気持ちいいツッコミがいつでも聞けるだけでこの班は当たりじゃんよ! どんどんボケるからよろしく頼むぜ!」


「やめろ。このメンバーで一斉に暴れられたら舌が片結びになる」


 なんだかんだで俺はこの班の皆とすぐに仲良くなれた。憂鬱を埋めるほどのパワフルさが、精神面でもたつく俺を後押ししてくれた。行動班は修学旅行の最重要要素の一つだし、絶妙に俺の性格とマッチする楽しい班で内心にやにやしていた。


「ただいま帰りましたあーんあん! 六班のみんな、冒険の準備はいいのかねえん?」


 綾那賀あやなががバレリーナの如く優雅に回りながら戻り、びしっと人差し指を俺たちに向けて止まった。

 縮れた緑の細いリボンで前髪を残しつつ二つ結びした髪は全体的に波打っていて、頭がボリューミーな仕上がりになっている彼女だが、体型は小柄で中学生みたいだ。きりっとした眼をしていて気が強く、思ったことを何でも口に出す性格は天真爛漫そのもので普段から愉快な女子なのだが、今日は特に個性が極まっている。


「いつでもいけるぜ、班長!! 目指すは魔王城だあっ!」


「おほっ! これはこれは、かの有名なRPGを思わせる熱い展開が予想されますねえ! 俺氏は後方から皆さんをサポートする僧侶に就くとしましょう! 安定攻略の鉄板、後衛は任せるのでゃあ! そいっ! これぞ、友情と知略の合わせ技・コンビネーションアタック・イン・ジ・インテリジェンス・オレ・オモニデフェンス!!」


「おおっ、番崎君が覚醒したっ! おんもしろーい!」


「おっしゃあ! みいんな、私についてくるのねえん!」


「四組の後ろ! 静かにしてくださーい!」


「やべっ、筋肉先生だ! 俺、あの人に目ぇつけられてんだよな……まあ、それでも俺は止まらねえけどなー! がはははは!!」


「物ノ田ー! 『静かに』の意味わかっとるのか!!」


 ただ……いくらかパワフル過ぎる気もするな。






「ねえ、きみ。何か私に隠してることがあるんじゃなあい?」


「し、知らねえよ! いきなりどうしたんだ!?」


「私、実は見ちゃったの。あんたが超危険な爆弾を手にしたのをね。それを使って終わらせようって魂胆なのはわかってんのよ」


「待ってくれ! 俺は何も知らねえんだ! ただ、これを隣のやつから渡されただけで、これが何なのか全く見当もつかねえし、今すぐにでも手放したいと思ってんだ……信じてくれよお!」


「もう遅いわ。私はなんとしてもこの戦いで生き残って見せる。あんたみたいな他人に流されるだけのクズとは違うのよ」


「だああ! 俺はどうすればいいんだあああっ!」


「早く引きなよ、次」


「ババ抜きってこんなに声を使うゲームだったか?」


「ひととき氏、ゲームに心理戦はつきものですぞお。最近話題のパズルゲーム『レッドアイス&ブルーファイア』も序盤の手順こそ被りがちなところもあるけど中盤に大きく動くか終盤に備えて温存するかの駆け引きとかはかなり重要で、例えるなら自宅で二毛作をしようと考えたときに」


「なあ七ヶ崎しちがさき、弁当が出てくるのはいつって言ってたっけ?」


「一時間後とかじゃない? 独瞬君お腹すいたの? だったら、お菓子まだまだ持ってきてるから、もう一つ開けちゃう?」


「食べる食べるう! 開封しちゃってえん、班長命令よ!」


「俺の分も確保しとけよ、七ヶ崎!」


「いいからお前らはさっさと終わらせろよ! 最後の二択にどんだけ時間かけてんだよ! あ、サンキュー七ヶ崎」


「――つまり、二毛作はリバーシみたいなもんってことなんですなあ……」


「すまん、番崎つがさき。俺を置いて単身宇宙に旅立つのはやめてくれるか?」


 行きの新幹線でのババ抜き大会は綾那賀あやなが物ノ田もののだの二人による臭い演劇でゲームとしては崩壊していたが、遊びとしてはとても楽しかった。うるさすぎて凌子りょうこ先生に三回注意されるまでは喋りっぱなしの二時間だったが、昼食の弁当を食べ終わると俺以外の四人は嘘のように眠ってしまった。



 さて、今回の修学旅行は禍高の全生徒、全教師が参加しているのだが、ミコも監視兼救助隊として俺たちと一緒に学校を飛び出して別ルートでついてきている。


 最初の行事はフィールドワークで、班ごとにあらかじめ計画したルートで観光地を探索するというもの。今は同じ新幹線に乗っている抱愛さんとは長時間離れることになるため、開幕から気を抜くことができない山場だ。いざとなった時のために、ミコと三人で相談は重ねてきた。


「私、赤港久あこうくって行ったことないんだよねー。初めての土地って緊張するなー」


「ぼ、ぼくも、こんな遠いばしゅ、場所に来るのは、は、はずめてだよ……」


「大丈夫、大丈夫! 班長でありー、地理研究部でもある私がいれば、どおんな場所でも庭になっちゃうんだからあん! 皆の者、安心したまええい!」


「すっげえ楽しみだなあ! 遊びまくるぞおお!」


 ひと眠りして充電が満タンになった活力の鬼たちは、未踏の地への期待に胸を膨らませている。


「六班の皆さあん。もう少し声抑えてくださあい」


「何回同じこと言わせんだよ。凌子先生が声量指摘ボットみたいになってんだろ」


「独瞬さん。六班の皆さんをお願いしますね」


「え!? いや班長俺じゃないんですけど!?」



 俺は別の意味で緊張している。ミコや抱愛さんと離れることもそうだが、修学旅行先が俺の生まれ育った町、赤港久府あこうくふであるということに。

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