サレサレ

赤目

都市伝説

「おい幸太!お前も知ってるだろ?サレサレ!」


「ん?サレサレ?何それ?」


 学校の放課後、部活もバイトもないこうた優希ゆうきひかりの3人はいつものように雑談をしていた。


「ほらな優希、幸太も知らないって言っただろ。なんだよその都市伝説」


「お前らが知らないだけだって!まじで最近有名だから!これだからSNS弱者は」


 ネットに疎い俺や光を優希が小馬鹿にする。実際ネットやSNSには結構無縁な生活をしているので強く否定もできないが。


「SNS弱者言うな。あっ、でもババサレなら聞いたことある」


 ババサレ、それは俺も聞いたことがある。都市伝説の一つで、朝起きると窓の外に老婆がこちらを見ながら立っているらしい。日に日に朝起きて窓の外を見るとこちらに近づいており、ある日朝起きると枕元に立っていると言う怖い話だ。


 確かその老婆はそのあと、首を絞めてくるらしい。怖すぎだろ。「ババサレ」と3回唱えることで消えていくらしい。因みにこの話を知った人の前にババサレは現れると言う。


「そうそう!そのババサレと同系統のやつらしいんだ。人型でそこら辺をうろちょろしてるらしい!」


「へー」


「相槌適当か」


 そうツッコまれるも、「へー」としか言えないのも事実だ。都市伝説にさほど興味はない。


「分かったよ。じゃあ説明してくれ」


 俺の興味ないアピールも虚しく、光が優希に説明を求める。


「サレサレは『サレサレ〜サレサレ〜』って言いながら追いかけてくるんだって、で、つかまったらアウト」


「アウトってなんだよ」


「知らねぇよ。でも見つかったら去れ!去れ!って強く言ったらどっか行くらしいぜ。案外弱気なのかもな」


 妖怪に弱気も強気もあるのだろうか?俺は妖怪なんてやっているんだからなかなかの強がりだと思う。


「もう、6時だね。幸太、美香ちゃん部活終わるんじゃない?」


 光の言う美香ちゃんとは俺の彼女のことで中学からの同級生である。陸上部の長距離に入っていて、毎日クタクタになるまで走り込んでいる。


「チッ、俺は野郎と電車ってのに、幸太は女の子と手を繋ぎながら帰るのか〜、なんて不平等なんだ」


「野郎って俺のこと?俺から言わせてもらうと優希の方が野郎なんだけど」


 光と優希が言い合うのを他所目に見ながら俺は「んじゃ」と言ってクラスを出る。廊下に出ると、夕陽が視界を埋める。その景色にまた無駄に1日を浪費したと感じてしまう。


 校門まで行くと先に美香が待っていてくれたようだ。ぴょんぴょんと跳ねながらこちらに手を振っている。めちゃ可愛い。


「お疲れさま、部活どうだった?」


「もうめちゃくちゃしんどいよ!中学の頃は1000メートル2本とかだったのに今や8000メートルジョグだよ?馬鹿じゃん。もう慣れたけど」


「慣れたんだ…」


 8キロとか考えただけで足が震える。人が走る距離なのだろうか?俺は美香に逃げられると絶対に捕まえられないなと心から思う。


「慣れたって言ってもアレだよ?疲れないわけじゃないからね。もう足動かないし」


「それならわざわざ俺に合わせて歩きで帰らなくても良いのに」


 そう言って歩き出す。そして合図もなしにどちらからか手を握る。乾いた汗とほんのり香る香水の匂いが俺の嗅覚を刺激する。


「だって私が自転車だと手を握れないじゃん!」


「はいはい」


 俺の頭の中の優希が「リア充爆発しろ」と訴ている。アイツならマジで言うな、と1人で苦笑する。


「それに私が先に自転車で帰っちゃったら幸太、学校で待つ意味なくなるじゃん」


「確かにな、じゃあカバンぐらい持つよ」


「ふふっ、そう言うところ好き」


「俺もこう言う俺好き」


「キモ」


 笑いながら言う美香に釣られて俺も笑う。空は藍色と茜色が混ざり合っていて、風も少し強くなり始めた。


 俺と美香は家が近く高校からも歩いて行ける距離にあるので帰りは一緒に帰っている。朝は美香の朝練があるため一緒には行けない。別に一緒に行きたいわけじゃないんだからねっ!


 ふと美香の俺を握る手が強くなる。


「アレ…何…?」


「どれ?」


「ほら、電柱のすぐ真下」


 その方向を見ると猫背の黒い服を着たおじさんが立っていた。ただ、確かにどこか不自然である。全く動かず地面を眺めている。


「ただのお爺さんだろ。気にすんな」


 その瞬間、黒い影がこちらを向く。目が合った時俺は何故か確信を持った。アレはサレサレだ。根拠はない。ただ、第六感が脳に、生存本能に訴えかけている。アレはサレサレだ、と。


「美香、逃げるぞ」


「ねぇ、おじさんじゃないの?」


「分からんけど逃げるぞ」


 俺は美香の手を離し、振り向いて走り出す。が、すぐさま俺は足を止める。美香が来ていないのだ。


「どうした?早く!」


 美香の方を見るとサレサレはゆっくりとだが美香に近づいている。


「無理だよ!もう走れない!幸太だけでも逃げて!」


「もうってまだ走ってないだろ!」


「いいから行って!」


 美香は右の太ももを強く押さえながら涙目で叫んだ。何があったかは分からない。でも美香がやばいのだけは考えずとも分かった。


「美香、歩くことはできるか?」


「ねぇ、嘘でしょ?ちょっと待って、こっち来ないで!バカっ!早く行ってよ!ねぇ!私は大丈夫だから!」


「いけるって、所詮はジジイだ」


 そんな会話をしている間にもどんどん距離は縮まる。もう10メートルも距離はない。


「サレサレ…サレサレ…」


 俺はカバンを置き美香の前に出る。美香は俺が下がれるようにサレサレからも距離を取る。


 ヤツとの距離は5メートルもない。それでもサレサレは止まることなく俺に近づく。


「こっちだ!サレサレ!」


 俺はくるりと右を向き、美香とは違う方向に走り出す。サレサレは少しの間俺と美香を交互に見たあと俺の方についてきた。


「じゃあな、美香!また明日!」


 俺はそう叫んで走り出した。大丈夫。アイツは特段早いわけじゃない。いくら根暗ボッチ帰宅部もやしの俺でも全力で走ればすぐに振り切れる。


「サレ…サレサレ」


 後ろを振り向くとしっかりサレサレは付いてきている。ひとまず美香の方に引き返していないのは安心できる。しかし、ここら辺は高校の近くとは言え俺も知らない場所だ。行き止まりなら優希が言っていたアウトになる。


 なんて考えながら走っていると道が二つに分かれている場所まで出る。右か左か…まぁ…左だよなぁ!曲がる寸前に振り返ると見えなくなってはいないものの、相当遠くにヤツはいた。


「ふぅ、ここまで来れば…」


 俺は肩で息をしながら歩く。止まっていてはまた距離が縮まる。一応後ろを見ながら進む。まだくる様子はない。


ドンッ−


「痛っ、すいません…」


「サレ…サレ…」


「おい、嘘だろっぶつかっちゃったよ」


 まじかで見たサレサレの顔は背筋を凍らせるのに必要な要素を簡単に満たしていた。苔むしたような青緑の皮膚と焦点の合ってない左目、むき出しの右目は眼球と表現するのが正しいほどだった。


 昆布のように枯れた細い髪の毛、左頬は肉が剥き出しになっていて、歯は所々抜けている。その上真夏に卵を数日ほったらかしたような腐乱臭がする。


 俺はすぐさま逆方向に走り出す。左に曲がったのが間違いだったか。でも右に曲がると美香との距離も縮まってしまう。それを避けたかったが考えが甘かったみたいだ。2人目は予想していなかった。


 全力ダッシュの努力も意味を成さず、一体目のサレサレと挟み撃ちに合う。


「サレサレ…」


 くっそ、何か、何かないのか?金属バットとか。辺りを見回してもあるのはブロック塀とカーブミラーだけ。登れそうな高さでもない。


「サレ…サレサレ…」


「サレサレ、サレサレ、うっさいなぁ!…サレ?」


 なんで数十分前の話を忘れてたんだ俺は。もう距離は数メートルそれでも俺は怯えない。


「去れ!去れ!」


 ありがとう優希。アイツには美香繋がりで女の子紹介してやろう。んで、振られてもらう。


 サレサレは悲しそうな目をしたあと後ろを向きトボトボと歩いて行った。


「ふぅ〜マジでよかった。」


 疲れからか心の底から、嘆きのようなため息が漏れる。


「サレ…サレ…」


「あ?おい、なんで戻って来てんだよ!あっち行け!」


「サレ…サレサレ…」


 何回も言わないといけないのか?でも大丈夫。去れ!って叫んでる間は近づいてこない。


「去れ!向こう行けや!」


 またサレサレは悲しそうな目をする。そして振り返るがまた、同じようにUターンしてくる。


「おい!もういいって!あっち行けって!去れ!去れ!」


「サレ…サレサレ…」


「くんなって!去れ!おい!なんで行かねぇんだよ!去れ!去れ!」


 サレサレはもう振り向くことなく近づいてくる。


「克服すんの早すぎだろ。おい!マジでくんな!去れ!去れ!サレ!」


「サレ…サレサレ…」


「去れ!去れって!去れ!サレ!」


「サレサレ…」


「去れ、去れ、去れ、サレ、サレ!うわぁぁぁぁあああ!!!!!」


 完全にサレサレが俺を包囲する。ただ、俺に何かしてくるわけでもなく近くで「サレサレ…」と呟くだけだ。


 それでも近くで人外がいるのが怖くないはずがない。生暖かい息と強烈な腐乱臭、掠れた声は俺の正気を簡単に揺るがした。


 耳に流れ込んでくる「サレサレ…」はある種の洗脳のように思えた。


「サレサレ…サレサレサレサレサレ…サレサレ…」


「去れ!去れ!去れ!去れ去れ!」




 気づけば辺りが暗くなっていた。もううずくまって「去れ!」と連呼していたため視界内にサレサレはいない。


 ふと臭いがしないことに気づき連呼を止める。もうサレサレは俺に興味がないのか少し離れた場所に突っ立っている。


 それでもトラウマは消えず咄嗟に声が漏れる。


「あぁぁ…あ?」


 うまく声が出ない。しょうがない、叫びすぎたんだ。あの後もずっと叫んだ。もう一度俺は喉に力を入れる。


「サレ…サレサレ…?」


 ふとカーブミラーに映る自分の顔が目に入る。


 誰の声…?あぁ、そうか…

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サレサレ 赤目 @akame55194

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