連絡帳
「お母さん、おトイレ使えて良かったね」
リサが、トイレの前で待っていた。
恐らく、先程の水音を聞いていたのだろう。
「う……うん、心配かけてごめんね」
あれが普通の排泄でなく、オムツの飽和と知ったら、この子は悲しむだろう。
話題を変えよう。
「ところで、リサはクラスはどこなの?」
「つばめ組だよ?」
「ひよこ組、らしいの……」
「でも同じ教室だから大丈夫だよ。
お母さんのロッカーあったもん」
やはり、ひよこではない。
しかしつばめ組と同じ教室。
余計にわからなくなった。
「えーっとね……ちょっとまってて」
一旦居間に行き、そしてすぐに戻ってきた。
その手には、幼稚園カバンが握られていた。
その口を開けると、連絡帳を取り出す。
「ほら、連絡帳に書いたんだけど……
お母さんはさ、私達より体が大きいから制服も嵩張るでしょう?
それに、他の子には必要ない着替えも入れておかなきゃいけないから、特別大きいロッカーを用意してくれたらしいよ?」
聞いてない。
というより、何で私の連絡帳にない私の事を、リサの連絡帳に書いているのだろう。
私の連絡帳の内容と言えば
・お漏らしはすぐ言いましょう
・お水はたくさん飲みましょう
・オムツは二枚当てましょう
・寝る前にはおトイレに行きましょう
・明日は制服を2、スモッグを3、体操着を3持ってきてください
……と、最後以外はオムツの事しか書くように言われていない。
あまりに屈辱的な内容だったが、半ば傷心状態の私は深く考えず――いや、内容の理解を拒否しながら書いたのだ。
『他の子たちには必要のない着替えも入れておかなきゃいけない』
リサの制服が3組なのに対し、私は十組も渡されている。
実は今着ている制服も、幼稚園で着替えさせられた物で行きの物とは違う。
行きで着た制服は溢れたおしっこで腰や背中周りがびしょ濡れであり、あちらで洗濯してもらうことになっている。
そしてこの制服も、おしっこで腰回りがびしょ濡れのため洗濯機行きだ。
「ちょっと、その連絡帳貸してくれる?」
「はい、どうぞ」
やはりというかなんというか。
私のオムツの確認やオムツ替えの方法の復習。
水を飲ませる。
オムツにクラスを記載する。
私のロッカーについて……
……などと、8割ほどが私に関する内容で、私の連絡帳の三倍近い文章が書かれていた。
しかも私のオムツを持ち歩くようにとも書かれており、娘のカバンには入らないだろう……と思ったら、娘のカバンが私のものと同じ大きさのものになっている。
「お母さん、夕飯どうするの?」
「……えぇ。買いに行きましょう」
「じゃ、オムツをもう一枚当てないとね」
「……そうね」
家だから良いだろうと一枚しか当てなかったオムツを、娘の指摘でもう一枚、当て足した。
基本ズボン派の私も、一応スカートは持っていた。
その中でも特に裾の長く、ゆったりした、結婚以来着ていなかったワンピースタイプの物に着替え、私達は買い物に行った。
これなら、オムツは見えない……と思う。
そうして家を出ると、ご近所さん方が井戸端会議をしていた。
挨拶をしたが、返ってきたのはいつもと違い引きつった表情と、返事であった。
帰る頃には三枚重ねになっていた。
娘が四枚ほど予備を持ち込んでおり、やむをえず更に一枚重ねたのだった。
娘がスーパーのオムツ交換用の台で替えようとしたのを拒否した結果の妥協案だった。
合計一五センチのオムツは、ワンピースで隠せていただろうか。
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