入園式、中断
「まだ途中ですが、ここで入園式を中断します」
司会を担当していた先生がが大声を張り上げて入園式の中断を告げた。
すぐ横の、自分たちよりもずっと歳上の女の子がおしっこを漏らす姿に、園児たちは動揺を抑えきれなかった。
オムツなら当てている。制服のスカートからはみ出し見えている。
にも関わらず、漏らした。水たまりを作った。
園児らは手で顔を覆った裕子から目を離せない。それは、得体のしれない好奇心が湧き上がっていたからだ。
(見ないでっ! 見ないでっ!)
心の中で叫ぶ。
「あらあら、裕子ちゃん。あなたチッチしちゃったのかしら」
先生が落ち着き払った声で、ゆっくりとたずねた。
幼児言葉が、ますます惨めさを倍増させていく。だが今は嫌悪感を示す余裕はない。
「どうして授業が始まる前におトイレにいっとかなかったの。
入園式の前にみんなに聞いたでしょ」
「…………」
「お口、利けないのかな?」
「ご……ごめんなさい……」
裕子はそこまで口にするのが、精一杯だった。
「ごめんなさい、じゃありません。
あなたは幼稚園に入園するけど、25歳なんですよ。
娘さんもいるんでしょ?」
「だって……だって……」
そこまでつぶやくと、心の中で何かが切れたかように力が抜けてしまった。
顔を覆っていた手が膝の上に来る。
式場は思わぬ展開に沈黙したまま成り行きを見守っている。
「だって……だって……」
裕子の嗚咽だけが響く。
これ以上言葉がつづかなかった。
言えないのだ。オモラシが義務化していると、言ってはならない。
今後も、このような屈辱を重ねなければならないのだ。
裕子の目からはとめどもなく涙がこぼれた。
(私……赤ちゃんじゃない……赤ちゃんじゃない……)
心の中で、自分に言い聞かせるかのように反芻していた。
そうでもしなければ自分の置かれたあまりに惨めな境遇に、発狂してしまったかもしれない。
出来ることがそれしかなかったのである。
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