離れ離れ

 見回すと、入園式の看板や桜を背景に記念撮影をしている親子が何組も居た。


 この小さな園バスにしてはガラガラと思ったが、当然だ。

 今日は入園式なのだ。


 子の晴れ舞台に参列する親も多いのだろう。

 むしろ、バスで来る子の方が少数派なのだ。


「お母さん、私達も撮影する?」


「……ごめんね、カメラはだめって言われちゃったの。

 私も……入園する園児……だからって」


「ふーん……残念」

 

 嘘だ。そんなことは書いてない。


 一応、持ち込もうとは思ったのだが、幼稚園カバンに入り切らなかったのである。

 今思えば、このオムツが確実に映る状態もあり、娘には悪いが良かったと思う。

 

 カバンの中身は、連絡帳にハンカチとティッシュ、歯ブラシ。

 お弁当は幼稚園で用意するらしい。


 ……そして、私のカバンにはこれらに加え、昼用の利尿剤、紙おむつが5セットと、ビニール袋が追加で入っている。

 娘のカバンの倍以上の大きさだが、その中はほぼオムツで埋め尽くされている。


 正直、今すぐにトイレに行き紙おむつを取り替えたいのだが、流石にまだ勝手に行動はできない。


「早崎リサちゃん。早崎リサちゃん、こちらに来ていただけますか?」


 ふと、娘の名前が呼ばれた。


「お母さん、私行ってくる」

「あ、私も一緒に……」


 駆けて行ってしまった。

 普通は子供の方が緊張しているもので、実際他の園児らはそうなっているが、私達だけは逆だ。


 慌てて追いかけるが、オムツが気になり早足以上が出来ない。

 追いついた頃には、もう娘は話を聞き終え、他の先生に連れて行かれていた。


「裕子ちゃんですよね?」


 園バスから降車した時、私の姿に一人動じていなかった先生だ。


「あ、はい……よろしくお願いします。

 あの、娘はどうしたのですか?」


「まずそれなのですが、今日からリサちゃんと裕子ちゃんは同級生のお友達なのです。

 今日からは名前で呼び合っていただきます」


「そんな……!」


「それと、その指輪も外してください。

 幼稚園という場に、そのような装飾品はふさわしく有りません」


「あの……結婚指輪なのですが、それでも駄目ですか?」


「だめです」



「……わ……わかりました」


 しぶしぶ外し、幼稚園カバンに仕舞う。

 これまで、無意識に擦っていた指輪が無くなり、寂しさが押し寄せた。


「それで……むす……リサは?」


「リサちゃん、です」


「リ……リサちゃんは……?」


「はい、リサちゃんは今日の入園式で代表の挨拶をしていただくことになりまして」


「……え、聞いていないのですが」


「はい。本来挨拶をするはずの子が……もっと偏差値の高い大学付属の幼稚園に行ってしまいまして……

 通知をしてきたのが昨日の今日だったので、急遽代役を選ばねばならないのです。

 一番緊張していなさそうな子ということで、リサちゃんにお願いしました」


 急過ぎる、が名誉とも思う。

 この予定外参加だったはずの娘がこのような機会に選ばれたのだ。


 母としては嬉しい限りだ。

 そのはずなのだが、一人になったことが、指輪も同時に外したことで、寂しさが強く押し寄せてきた。


「ところで、水は飲まれていますか?」

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