有栖院聖華の優雅たる日常

ぷ。

第一話 有栖院聖華の悩み

 私の名前は、有栖院聖華。


 この国を陰で操る有栖院財閥の跡取りにして、容姿端麗、成績優秀、才徳兼備 、スポーツ万能……etc。学園では“聖華様”と羨望の眼差しを向けられ、家では両親に将来を期待されている。


 控えめに言って完璧超人だ。


 今までこなして来た習い事は50を超え、12ヵ国語を話せた。

 全てが望むままに手に入り、誰もが望むままに頭を垂れる。

 何一つ不自由のない暮らしが当たり前で、自分は庶民とは違い特別な存在なのだと、幼少期からうすうす感じていた。


 自分で言うのもはばかられるが、控えめに言って……、


 私はあまりに完璧すぎた。

 

 だからなのだろうか。私に嫉妬した神の悪戯か、私には、とても人には言う事の出来ない秘密があった。


 “野外露出”


 それは、幼少期。ある日、私はふと思った。自分ほどの完璧な人間であれば、少しくらいこの国の法律を破っても罰せられないのでは、無いだろうか、と。


 ただ、私にも慈愛と他者を思いやる心がある。庶民に危害を加える類のものは除外した。そして、熟考の末、辿り着いたのが露出だった。


 結局。実行には至らなかった。私にもぎりぎりで思いとどまる常識と言うものが備わっていたからだ。


 しかし、困ったことに。己を律すれば律する程に露出への募る想いは年々増していき、それはとうとう憧れへと昇華された。


 いけないと思う程に、私の心は露出願望に焦がれていったのだ。



 ※※※



 そして、現在。

 私はついに、その悩みを誰かに相談する決心をした。


「そこの、下僕」


 自室にて、風呂上り。

 まだ乾ききっていない美しい光沢を放つ亜麻色の長い髪を巻き上げて、両手に持った英語と歴史の教科書に視線を落としつつ、私は、卑しく部屋の隅をフンコロガシの様に掃き掃除をする一人の青年に声を掛けた。


「え……、なんすか?」


 いまいちやる気のない返事。私の部屋を掃除させてやっているのに感謝の気持ちが無いらしい。

 こいつは、“下僕一号”。本名は忘れた。日本猿みたいなアホ面が特徴だ。


 先ほどから、私のバスローブ姿をチラ見しながらHカップの形の良いバストを堪能しているのがバレバレだが、正直、人間以下の奴隷程度にしか思っていないのでどうでも良い。


「私、露出願望があるのだけれど……」

「え?ええ……!?ええええええ!!?いや、まずいっすよお嬢様!お嬢様が以外じゃ、いかれポンチなのは知ってましたけど、最早、それ、只の変態じゃないっすか!!そんなことしたら、いくら有栖院財閥でも終わりっすよ!」


 何か首が飛んでも可笑しくない不敬な文言も聞こえたがこれがいつもの下僕だ。それに下僕の言っていること自体は正しかった。


 流石に私も、父や母に迷惑はかけられない。

 ただ、“財閥でもおわり”という部分には少し心が躍ってしまう。


 恐らく、駄目だと分かっていること程惹かれてしまう類の破滅願望の様な物に私は目覚めつつあるのだ。


「――だから、貴方に相談しているのだけれど?分からなかったかしら??」

「俺には、なんでアンタがそんな財閥存亡の危機レベルの暴露をしておいて、偉そうに出来るのか分からないっすよ……」


 やはり、下僕程度の頭では私の複雑な感情は理解できないらしい。

 仕方が無いので、順をおって説明してやった。


「……という事なのだけれど」


 私はネグリジェに身を通しながら、背を向けている下僕に話しかける。


「――全然分からないっす。つうーかこれ、俺もう、巻き込まれちゃってますよね?」

「当たり前じゃない。一日猶予ゆうよをあげるわ。貴方何か良い案を献上けんじょうしなさい。じゃないとクビよ」

「そんな横暴なぁ!」


 今すぐクビにしないだけ感謝してほしい――。

 背を向けつつも私の着替えを盗み見ていた下僕は、前屈みになりながら、一丁前に盾ついてきた。


「――それでいい案が出なかったら、今まで盗んだ私の下着と一緒に貴方の事、お父様に突き出すから」

「く、バレていたのか……。いいでしょう。この下僕一号。必ずやお嬢様のご期待に応えて見せましょう」


 無駄に良い声で返事が返ってきた。やる気のある下僕の返事は、それはそれで暑苦しい。


「楽しみにしてるわ」


 私は期待せずに寝床に着いた。



 ※※※



 次の日。


「アルスマグナ……、オンライン……?クビになりたいって事かしら??」


 下僕がヘルメットの様な器具を渡してくると、一度ティッシュで拭いてから、つまらなそうなものを見る目でそう言った。


「ちょちょちょっ!せめて話を聞いてからにしてくださいよ!!ゲームっすよ、ゲーム!!!」

「ゲーム?」


 私は頭に疑問符を浮かべる。主に対する返答は単純明快、分かりやすいが基本である。このサルはそれすら忘れてしまったらしい。


「“アルスマグナ・オンライン”。今や全世界で大ブームのオンラインゲームの事。いくらのお嬢様でも名前くらいは聞いたことあるはずっす」

「む。……知らないわよ、そんなもの」


 私は、サルの命知らずな発言にも目くじらを立てず、親切に対応してやる。


「――大体、ゲームって事は“”ってことじゃない」


 が、指摘はちゃんとする。


 私の崇高な悩みが、虚構如きで解決できるなど思えなかった。


 しかし、下僕は我が意を得たりと、気味わるく口角を上げた。


「正になんすよ!この下僕、拝借したお嬢様の下着でナニをしごいた後に、思考が冷静になって閃いたんです。現実世界じゃぁどうやったて、野外露出なんてしたら警察のお世話になり有栖院財閥の名前に傷がつく。――でも、このアルスマグナ・オンラインの中でなら、最悪BANはされても国家権力に御用になる事は絶対ないっす、しかも匿名で素性を隠してプレイができる。これ以上にお嬢様の希望に添える環境は無いと、思った所存っす」


 “”と言ったものが一体何なのかは分からないが、どうやら下僕なりに考えていてはくれたようだ。というかコイツ。とうとう私の下着でマスを掻いていることを隠さなくなったか――。


「でも、こんな玩具で私の欲求が満たせるのかしら?」

「――今の台詞、もっと蛆虫を見るような眼で言ってください!」

「は?」

「……いや、なんでもないっす!おほん。このアルスマグナ・オンラインは最先端技術の粋を集めた“フルダイブ型VRMMORPG”っす。電波的なあれで、脳波と直接リンクされて感覚が共有されるんです。言うなれば、現実世界に限りなく近い夢の中でお嬢様が露出狂として、練り歩けるって事なんすよ!」

「“ふるだいぶ型ぶいあーるえむえむおーあーるぴーじー”?なにそれ……??――兎に角、これなら私の望みが叶うと貴方は言いたいのね?」

「その通りっす」


 私はもう一度、小学生がデザインしたような見た目のヘルメットを凝視する。


 側面には見るからに趣味の悪いエンブレムが刻まれていた。


 ……。


「……ってこれ、鳳凰院の製品じゃない!よくもこんなものを……、貴方死にたいの!?!?」

「え?駄目っすか!?」


 下僕は清々しい程ムカつく顔でしらを切った。それでも有栖院に服従を誓う使用人の端くれか――。


「当たり前じゃない!」


 鳳凰院と言えば、我が有栖院と勢力を二分する超極悪超醜悪財閥で、この国を陰から支配する財閥その二だ。有栖院が竜で鳳凰院が虎。光と影。優と劣。水と油。この二つは、決して相まみえない、敵対関係にあるのだ。


「そんなこと言ってぇ~。ゲームなんて触るのも初めてだからビビってるだけじゃないんすかぁ??」


 このサル――。


「いいわ……、そこまで言うのなら受けて立つわよ!やってやろうじゃない!!――そうと決まれば、早速乗り込むわよ、貴方も準備しなさい下僕!!!」

「うっす!……ってやっぱり俺もやるんすか!?」

「決まってるでしょ!下僕なんだから」



 ※※※

 


 三日後。アルスマグナ・オンラインの世界に全裸で禿散らかしたメタボなおっさんのアバターが降臨した。

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