第3話 なんでここに最強が!?

 


 ある日、赤く染まった空が割れて、中から天使が現れた。


 それは人型で翼を持ち、白くのっぺりとした外見だったために天使と呼ばれた。しかしそれは伝承に謳われるような慈悲深い天からの使いなどでは決してなく、人類に悪意を持った残虐な人形兵器だった。


 町は破壊され、人は殺された。そこに慈悲など微塵もなく、世界中は混乱の渦に叩き込まれた。

 人と天使の戦争。それはこれ以上続けていれば、誰の目からも明らかに、人が負けるはずの戦いだった。


 そんな中。

 天使と言うアブノーマルの出現に呼応するように、あるいは外来脅威という異物に対して免疫が作られるかのように。



 世界に超能力者が現れた。





 ■





「――その後、すぐに外来脅威の封じ込め方法が確立し、外来脅威による被害は地震や台風などの一般的な自然災害と同等レベルまで減った。かくして史上最悪の大災害が終わり、人類の平和は守られた――とはならなかったんだな、これが。さて、初めて天使が現れてから5年。天使による被害が落ち着いてきた頃――さて折本、何が起こった?」


「第三次世界大戦です」


「はい、その通り。ご存じの通り、能力者の数はそうでない者に比べて極めて少ない。しかし――物理法則を超えた身体能力と、天使のそれに似た固有の能力を併せ持つ特殊能力者。そんな、これまでの常識を超えた戦力を世界の治安は急激に悪化した。さらに、大災害によって各国はボロボロ、その影響で自国第一主義が蔓延したこともあり、2040年に世界大戦が勃発した。と――おーい、海和。聞いてるかー」


「え、あっハイ」



 教師に問われて海和は返事をしたものの、正直この状況で、授業をちゃんと受ける気はなかった。



 『世界最強』が教室にいる。



 そんな状態で授業が聞ける人は、この世のどこにもいないだろうと海和には思えたが、しかし海和以外の皆は――教師も含めて――不思議なことにいつも通りと言った感じだった。

 なんで皆、そんなにすましていられるんだ?



「ちゃんと聞いとけよ。えーっと、じゃあ……世界大戦が終わったのは何年だ?海和」



 海和が上の空であることに気づいたのか、教師は続けて質問をしてくる。海和は仕方なく開いてある教科書に目をやった。

 『能力者管理規則概論』。二学期から始まったその授業の教科書の数ページ目には、能力者が世に表れてからの簡単な歴史が書かれていた。



「あー……、2043年です」


「そう、今から67年前。ではそれを成した人物は」



 それを――聞くのか。

 本人がいる前で。



 海和はそう思い一瞬躊躇したが、教師の促しに乾いた口を開いた。



「――……壬戌じんい明星めいせい、です……」


「まあいいだろう。2043年――世界大戦はたった五人の超能力者たちによって終結することになる。その内の一人が『世界最強の超能力者』、壬戌明星だ。」



 そう。

 世界大戦の終結――それを成した超能力者の名は壬戌明星。転校生とは苗字は違うが名前が同じだ。



「その後、大戦を止められなかった旧国連の反省を生かして、各国に対して強制力を持つ国際連邦政府が樹立。その傘下組織として安保庁と国連軍が設立された。さらに、戦争のきっかけとなった特殊能力者の対応策として壬戌明星が安保庁長官に就任したこととにより、いまの国連安保庁による特殊能力者管理が完成した」



 安保庁が設立されて以来今まで、壬戌明星はそのトップとして君臨し続けている。つまり彼は、今や世界を支配しているといっても過言でない国連政府において絶大な影響力を持ち、世界最大の軍隊を統括する長官。



 そんな存在が、海和たちと一緒に教室で授業を受けている。

 そう言った意味でも、今この状況はありえないことだった。



「――っと、時間だな。来週は、えーっと……『旧国連における外来脅威の扱いについて』、各自軽く読んでおけ。じゃあ終わり。お疲れさん」



 教師の言葉とともに授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 海和は勢いよく立ち上がると折本たちのもとへと向かった。





 ■





「いーや、絶対そうだったって!あれ、『世界最強』だよ絶対!」


「えー?そうかなぁ」



 大戦を終わらせ、全能力者の頂点に立つ存在――壬戌明星。

 転校してきたのが『世界最強』の超能力者だと主張する海和だったが、折本や柊の反応は芳しくなかった。



「やっぱり、ありえないな。だって壬戌明星って言ったら特殊軍の司令官で、安保庁の長官だろ?そんな地位にいる人がこんなところに来るはずがない」


「ね。それに名前違うじゃん。ほら」



 柊が開いて見せた教科書には、安保庁の長官としての名前が乗せられていた。その名は『壬戌明星(じんいめいせい)』で、確かに苗字が違う。



「いやでも、下の名前は一緒だし……」


「苗字ならともかく名前だぞ?親が世界最強にあやかって名前を付けるなんて珍しいことでもないだろ。この世に明星なんて名前の能力者がどれだけいると思う?」


「それは……。でもほら、見た目は写真とそっくりじゃないか」


「うーん。まあ似てると言われれば似てるような気もするけど……気のせいじゃないか?」



 煮えたぎらない答え。確かによく見てみれば、写真の姿は彼の姿と少し違う。写真のほうが彼よりも少し成長した姿に見えるというか……。

 しかし、よく似ているのだ。少なくとも海和がそっくりだと主張できるぐらいには。


 ただ、折本たちの反応は相変わらず薄い。それどころかクラスの誰もが彼の異質さだけに注目し、『世界最強』との関連点を口にする者はいなかった。「名前が一緒だね」という海和ぐらい聞こえていいはずなのに、それもない。



「――そんなに気になるんならさ、本人に聞いてみればいいじゃん」


「本人に?いや無理だって。考えても見て?安保庁の長官の正体なんてトップシークレット、見破られたってばれたら消される!」


「えー?そんなことないって。おーい、癸亥君!」


「あ、ちょ」



 柊が手をあげて明星を呼ぶ。クラスの全員が引いてるあのゲームオタクに話しかけようとするその行動力は見習うべきところがあるが、今回ばかりはちょっとまずい。国家機密を知ってしまった時のような、謎の気まずさがあるからだ。


 しかしそんな海和の心配もよそに、明星は返事を返さなかった。考えてみれば当たり前で、今朝茨木に返事を返さなかった奴が、ちょっと呼ばれたぐらいで気づくわけがない。案の定明星は目をバキバキにして(してない)、ゲームに熱中していた。



「おーい?」


「ほら、月陽。癸亥さん……君も忙しいみたいだし――」



 海和がそう言うと、柊は不満そうに唇と尖らせて



「――とう!……あれ?これ何のゲーム?」


「えっ」



 ――そう言って柊が明星の持っていたゲーム機を取り上げた。



「――……あ、あああぁぁああッ!?!?な、え、何てことしてくれるんだッ!もうちょっとで勝てそうだったのに!!」


「えー?じゃあ私がこうやって――あ、やられちゃった。攻撃かすっただけでやられるなんて、このキャラ貧弱体質なの?」


「そういうもんなの!一体何なんだ……君、そもそも誰?」


「おっ、やっと興味持ってくれた?私は柊月陽っていいます」


「柊、……ひいらぎぃ?まったく柊の家は子供になんて教育してるんだ!お家取り壊しにするぞ!」


「おじいちゃんが困るからやめてほしいでーす。……でこっちが折本啓君で、こっちが――」


「海和修樹です。……てか月陽、その流れでこっちを巻き込まないでくれるかな……」



 大層ご立腹な明星に流れで挨拶をする海和。「なんだ君らもこの子の仲間か」と呟かれたが、その認識は改めていただきたい。特に月陽の行動力が天元突破グレンラガンしてるだけである。もしくは彼女の面の皮の厚さが十光年ぐらいあるのかどっちか。



「……君たち、ちゃんとこの子を制御し解かなきゃだめだよ。お目付け役なんだろ?」


「あ、ハイ。お目付け役と言うか友達と言うか、この度はうちの子がほんとにすいませんでしたと言うか……」


「で、何の用?俺になんか用があるんだろ?」



 明星はむっとしながらも話だけは聞いてくれるようで、柊たちの目的を問う。



「いやぁ、自己紹介とかして親睦を深めようかなって思ったんだ。ほら、この学校に転校生なんて珍しいし、いろいろ聞きたいこともあるしさ」


「自己紹介?……今朝しただろう?」


「もっとおしゃべりしようってことだよ。例えば……癸亥君はここに来る前に何をしてたの?他の国連校にいたとか?」


「明星でいいよ。ここに来る前か、そりゃもう社畜を……」



 と言いかけた明星は、不自然に「げふんげふん」と咳ばらいをすると、



「あー、いや。ここに来る前は傭兵として働いていました」


「えっ、傭兵?」


「ああ。非合法な組織に雇われて半ば強制的にね。そこを国連軍に保護されたってわけ」


「そりゃまた大変だったな。で、その腕を買われてここにってわけか。納得だ」



 明星の説明に納得したと頷いた折本だったが、海和は素直にそうは思えなかった。


 非合法な組織にいたぁ?なんとも嘘にありがちなストーリーではないか。詮索しがたく、その真偽を確かめにくい。



「……どんな組織にいたかってのは聞いてもいいかな」


「悪いね。それは言えない」


「じゃあどこらへんで活動してたとかは?」


「それも」


「うーん、明星さん……君みたいな人は他にもいたの?」


「まあ、何人かは。一組に入った蓮月もその類だし」



 蓮月、蓮月ねぇ……。どこかで聞いた名前だが、どこだっけ?


 それよりも、明星は海和の質問を明らかにはぐらかしていた。答えず、何も情報が取れないように。嘘をつく人特有の答え方である。

 しかし、同時にそれが嘘だと確証も持てない。「うーん」と腕を組む海和の姿をみて、明星が「何か気になることでも?」と聞いてきた。



「え?」


「俺の過去のことが気になってるように見えたから。――なんでかな、と」


「あー、えっと、それは……」



 げ、ばれた。海和がそう思ってしまったのも無理はないだろう。

 嘘を見破ろう――そんな気持ちが態度に表れていただろうか。少し執拗に質問して、怪しまれてしまったかもしれない。


 そう、どう返答するか迷う海和を見て、柊が唇を尖らせる。そして、「ま、いっか」とばかりに海和の言葉を引き継ぐようにして口を開いた。



「それはね、修樹君が明星君のことを『世界最強』なんじゃないかって疑っているからなんだ。私たちは、うーん、どうかなって感じなんだけど」


「つ、月陽!」


「へえ」



 柊の暴露に海和は頭を抱える。明星の嘘を暴くことを考える前に、柊の口止めをする方が先だった――と。

 しかし後悔後にたたず、言われてしまったものは仕方がない。「実はそうなんだ――」と海和が口を開きかけたその時だった。



 ――バァン!と激しく、教室のドアが開けられた。





 ■





「一条蓮月です。能力は『温度を操る能力』、ここに来る前は傭兵として働いていました。ここにはパワハラで来させられました。よろしくお願いします」



 教卓の横に立った少女が最低限それだけ言って頭を下げると、教室が静かにざわついた。その理由は彼女が黒板に書き記した名前。

 『一条』と、その家名は、日本に住むものであれば聞かない者がいないほどの有名なものであった。平安より長く続き、財政官とのつながりも深く、そして何より多くの能力者を輩出した名門である。

 例えば、世界大戦を終わらせた超能力者の一人、『世界最優』、彼女も一条家の人間だ。くしくも確か――名前は一条蓮月だったような?転校生と同じ名だ。だから何だという話ではあるが。



(……それよりも)



 辰巳は自らにとって馴染み深いその家名に一瞬反応したが、すぐにその興味は彼女本人に移った。名よりも何よりも――一段上からつまらなそうに一組を眺める彼女のオーラから、彼女が只者ではないということを感じ取ったからである。


 長い手入れされた黒髪に、精巧に作られた人形のように崩れのない顔。その体は荒事などからは程遠いと感じられるほどに華奢、まさに美人薄命と言った感じではあったが――彼女は特殊能力者。外見から強さを推し量ることはできない。


 それよりも――辰巳が興味を持ったのは、その立ち振る舞い。



 ――隙が無い。



 彼女は一見ただ立っているだけのように見える。しかしその実、このクラスの誰が今立ち上がって一条に攻撃を仕掛けたとしても十分に避けられるだけの注意を払っているように見えた。

 具体的なことは何も言えない。根拠を示せと言われても説明できない。

 しかし辰巳には、例えば今自身が最大限気づかれないように一条を攻撃したとして、どうやってもそれが成功するビジョンが見えなかった。



 それは、戦闘の才能があるものだけが感じ取ることのできるただの勘だった。

 精鋭が集められているはずの一組でさえ、それに気づいている者はほとんどいなかった。


 しかし――



「――は。ずいぶんと機嫌が悪いみたいだな。戌亥」


「うっさい。あんたも気づいてたでしょ。あいつの――あの、異常な雰囲気」



 クラスルームが終わって。辰巳は自身の机を叩いたクラスメイト――戌亥風華(いぬいふうか)を横目に眺める。

 このクラスで唯一、自分と同じ感性を持っていた者。半年前の評定戦の決勝で辰巳と戦った同級生で、辰巳とこの学年を二分するグループのトップ。



 戌亥はこちらを見もしない辰巳に、いらだったように口を開く。



「ちょっと、聞いてるの!?」


「うるせえな。しっかり分かってるってえの。一条のことだろ?」


「ええ。あの独特の雰囲気、間違いないわ。――『一条』よ」



 と、そう憎々しげに、戌亥はその名を口にした。

 普通に聞いていればただ名前を復唱しただけだろう。しかし辰巳は、その一言に言葉では表せないほどの感情と意味が込められているのが分かった。


 それは辰巳と戌亥にとって切っても切り離せない名前。

 そしておそらく、戌亥風香にとって無視できないほどの何かを秘めた名前。



「――あいつは私がシメる」



 飛び出した言葉に、辰巳は「フン」と鼻から息を出す。



「全くの無関係かも知れないぜ。第一、一条のお嬢様が戦場なんかでアルバイトするかよ」


「あの強さ、そんなわけないでしょ。もし違っても――関係ない。その名前ってだけで私からしたら不快なの」


「ははっ、憤懣遣るかたないって感じだな。いったい何がそこまでてめぇを動かすのかね」


「黙ってなさい。もし邪魔なんかしたら、ただじゃ置かないから」


「それは――それでいいな、オイ」



 好戦的にそうニヤりと笑った辰巳に、戌亥は呆れたものを見るかのような目で答える。

 辰巳は戦いが好きだ。故に強い奴と戦えるのであれば、一条だろうと戌亥だろうとかまわなかった。ただ――



「いい顔しやがるじゃねえか。ま、今回はその嫌そうな顔に免じて譲ってやるかな」


「それは――いい心がけね?」



 戦いが好きなコイツらしい答えだと思っているのだろうが――しかし今回のは軽口だ。今本気で邪魔をして、戌亥と事を構えようなんて思っていない。

 しかも今回に限っては、別に一条にこだわる必要もないのだ。


 それは――



「今やけにあっさりと――と思っただろ」


「え、ええ。あんたにしてはね。私としてはありがたい限りだけど……、まさか私があっさりとやられると思ってるのかしら?」


「さあ――まあ、一条の強さは未知数。その可能性もあるかもな。だが、俺が言いたいのはそうじゃない」


「どういう事?」


「なに――転校生は一人じゃない。だろ?」



 今朝から聞いていた話だと、転校生は一組に一人と五組にもう一人。合計二人のはずだ。

 この時期に二人の転校生。その二人の間に関係性がないと思う方がおかしい。そしてあの一条の連れであるのならば、もう一人の方も少しは骨のある奴に違いない。


 だから、



「こっちのはてめぇに譲ってやるが――もう一人の方は、俺の獲物だ」



 そう言って笑う辰巳の顔は、それに見慣れたはずの戌亥ですら思わずぞっとしてしまうほどに歪んでいた。


――――


お伝えした情報に誤りがありました。先ほど、「世界大戦は五人の超能力者によって終結した」とお伝えしましたが、正しくは「五人プラスアルファの超能力者によって」でした。

お詫びして定時制入ります。


一日市長「あ、定時制入らなくていいですよ!時間かかりますし……」



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