2年4組のエイリアン

紫鳥コウ

01. 漫才、転校生、初恋

 というのを通り越して、そこに哲学を見出したくなるくらい冷静に見ることのできる大紀と良彦のやりとりが終わったところで、率直に「おもしろくない」と言った。


 ふたりは、缶を蹴るのに失敗した子供が「これは練習だよ」とほほを赤らめるように、恥ずかしさを取り繕うことなど、「この作戦が分からぬとはお主は本気で缶蹴りを追究したことがないのだろう」と言わんばかりの表情である。なんでぼくは缶蹴りで目の前の物事をたとえているのか。


「気づいちゃったんだよね。漫才ってカードゲームと似てるんだよ。俺が攻撃をしたら大紀が防御をする。次のターンになったら俺が大紀の攻撃を受け止める。たまにはカウンターをぶっ放して、大紀のライフを削りとっていくみたいに……な?」

「ま? マジで言ってんの? あーね。なんで、ダブルボケ・ダブルツッコミのネタを書いたんだろうと思っていたけど、あーね、理解したわ」

「優理さん……相当腹が立ってます?」

「当たり前だろ! こんな炎天下で、お前たちの趣味で構成されたマニアックな長尺の漫才……というよりいつものトークを大声でしたみたいなやつを見せられて。てか、なんで真っ昼間の公園なんだよ! 暑いよ!」


 大紀と良彦は顔を見合わせてから、「だって、恥ずかしいだろ。学校でやるのは」なんてあっけらかんと言う。

「文化祭で漫才を披露するんだよね?」

「まかせとけ。本番までに最高のネタを作ってくるから」


 そうなのだ。大紀と良彦は文化祭で漫才を披露する。十五分の持ち時間だと聞いている。全然時間が余っているのだが、どうするつもりなのだろうか。


 向こうの木陰で遊んでいる子供たちから遠く離れて、直射日光が当たりすっかり熱をたくわえたベンチに、「当日は屋根なしだしパイプ椅子が並ぶんだから」という理由で座らされている。喉がからからになってきた。コンビニで買った麦茶のペットボトルに口をつける。


「優理って変わってるよな。なんで夏休みという学校の規則が適用外になるアナーキー状態の平日の昼間に、麦茶を買って飲んでるんだよ」

「甘いのが苦手なんだよ。それに、夏になったら麦茶を飲みたくなるじゃん」

「ああ、一周回って環境デッキを使いたくなるってやつか」

「それ、スマホにメモっとくわ。ネタの終盤で使おう」


 このやる気はいつまで持つことだろう。といって、最後までやりきらないと文化祭実行委員にしてみれば良い迷惑だ。数限りあるステージでの出し物の時間を、こいつらにくれてやったというのに。


 熱中症になったら困るからふたりを公園から引きずりだした。近所のショッピングモールで作戦会議を開くという大紀の意見が「賛成2、反対1」で可決し、フードコートで買ったたこ焼きを真ん中において、ネタ作りをする――はずだった。


 ふたりはいつしか、この春から夢中になっているアプリゲームを起動し、二時に更新されたガチャを回しはじめた。


「ちょっとコンビニに行ってくるわ」

「止めとけって」――と言ったのは、ぼくではなく大紀だった。

「このキャラは、通常ガチャにまわるからムリしなくていい。いつかすり抜けるからさ」

「おい……俺が水着シルヴァプレを見逃すと思うのか? 嫁だぞ? 俺の嫁。ここで天井しなかったら、俺はこれからどういう気持ちで彼女を愛せばいいというんだ?」


 たこ焼きを食べるのは久しぶりだった。さっきの件があるから、少しくらい多めに食べても文句を言われる筋合いはないだろう。ていうか、課金をする金があるのかよ。なんでぼくが立て替えなきゃいけなかったんだ。


「良彦……お前ってやつは。なんて、なんて健気なんだ。それでこそオトコだ。さんずいの方の漢だ。迎えにいってこい!」

「帰っていい?」

「ダメだ! 優理も、良彦の勇姿を目に焼きつけろ!」

「帰っていいよね?」

「俺たちの分のたこ焼きも食べてるんだから、帰るなんて言わせない」


 バレてたのかよ。あと、あまり大きな声を出さないでくれないかな? 周りからの視線がつらい。爪楊枝でぶっさされているみたいに痛い。


     *     *     *


 これくらい無遠慮な物言いでも仲たがいをしないということは、それくらい深い間柄なのだと誰しもが想像するかもしれないけれど、決してそうではない。


 ぼくは元々「ぼっち」と呼ばれる存在で、しかも転校生だ。一方で、良彦と大紀は幼なじみで、放課後に教室の隅の方でカードゲームをするという、なかなかの猛者もさだ。


 そんなふたりと話をするようになったのは、良彦が風邪を引いたときに大紀と体育のバドミントンでペアを組んだのがきっかけだった。


 三つしかないコート。他のペアの試合が終わるのを待つ時間は長く、ぽつぽつと話をしているうちに、ぼくが昔カードゲーマーだったことを知った大紀は、受験勉強を機に「引退」したぼくを同志のように扱いだした。いまは、ふたりがバトルをしているところを眺めているだけだが、ひとりきり本を読んでいるより、だれかの傍にいることの方が気持ちよかった。それに、ふたりの言動にツッコミを入れている自分が、どこか好きだった。


     *     *     *


「お前らさあ、気持ち悪いトークは学校だけにしとけって。傍目からみて恥ずかしかったわあ」


 と、二年生の「一軍」であり、誰もが認める「リア充」である長白河楓太ながしらかわそうたは、にやにやとしながら演劇部でつちかったのか充分によく通る悪意満々の声を人通りのない廊下に響かせた。


 長白河はぼくたちに対してだけ、こうしたイヤらしい表情を見せる。女子の前では好青年に、教師の視線の先では優等生に、「二軍」に対しては兄貴分に……様々な仮面を使い分けている。


 でもその本性は、ぼくたちに接するときのものだと思ってしまう。わざわざ苦労をして、悪意を見せる努力なんてする必要がないのだから。


 すぐにあのフードコートでのことだと分かったが、折角ならあの炎天下でのふたりのネタを存分にわらってあげてほしかった。それに焚きつけられていれば、ネタが二学期になっても完成していないなんてことはなかっただろう。


「文化祭でをするんじゃないの? あんなことしてていいのかよ?」

 おっいいぞ、言ってやれ、言ってやれ。

「まっ、屋外ステージなんて去年みたいに雨が降ったら台無しだろうし、そうじゃなくても、体育館でやってる俺たちの演劇の方に客はくるから。くだんねえとか、軽音部の演奏なんて見てもしかたがないからな」

 おい、もしかしてバンド演奏の合間に漫才をするんじゃないだろうな。ベリーハードモードだろ。爆音の余韻にこのふたりの声はかき消されてしまうんじゃないか。


 良彦と大紀は、長白河から顔をそむけてぼくの方に視線を向けている。「なんとかしてくれ!」と言わんばかりの表情をしている。


「長白河くんたちは、どんな演劇をするの? 去年も主人公だったんだよね?」

 長白河はそれに答えずふんと鼻をならして、「お前も、こんなやつらとつるまない方がいいぞ」とだけ言い残して背中を向けていってしまった。ぼくたちの名字を知らないから「お前」なんてぞんざいな言葉を使っているのだろう。ぼくたちと「一軍」の差はこういうところにあるのだと実感する。


 あーあ。こいつ、エフェクターに小指を思いっきりぶっつけて、センターマイクに身体ごと突っ込んで舞台から落ちればいいのに。


     *     *     *


 転校生がきたという報せを受けて、ときめいているクラスメイトたちに、冷ややかな一瞥いちべつをくれてやった。


 ぼくは、昨年の2学期にこの高校に転校してきた。登校中に考えておいた自己紹介を、熱心に聞いてくれるひとはいなかった。がっかりしたのだろう。「良い意味で平凡」という評価を受けているぼくが教室に入ってきたとき、風船の空気が抜けるみたいにみんなの期待がしおれていくのを感じとった。「まなざし」だけで、ぼくは痛めつけられた。そんなぼくを受け入れてくれたのは、大紀と良彦だけだった。


 でも、今回の転校生は、ぼくが受けたような「まなざし」なんて知らない。期待と羨望せんぼうと好奇心で「まなざされてきた」かのような女の子だった。ぼくのときとは違って、パンっと風船が割れる音がこだましていくのが聞こえてきた。


 大きな黒眼も、綺麗に整えられた眉も、すっと通った鼻筋も、指に触れたら甘く痺れそうな髪がかかった形のよい耳も、少し緩んだやわらかそうな唇も、ひとつとして強く主張しようとはせずに、顔全体が調和するように気を遣いあいながら、お互いの魅力を引き立てあっている。年頃に不相応な瑞々みずみずしい透明感が、近づきがたい感じを与えてもいる。


 一言でいえば、若手女優さんみたいな感じだ。大学生に見えないこともない。

栗林芽依くりばやしめいです。えっと……自己紹介を考えていたんですけど、まとまりませんでした」

 胸に抱えた卵を決して潰すことのない、落ちついた優しさのある声だ。

「一年と少ししか一緒に勉強をすることはできませんが、どうぞ、よろしくお願いします」


 この子の彼氏になれたとしたら、どれだけ幸せなことだろう。そんなありふれたことを思った。ありふれた感想しか生まれない、それこそが初恋のしるしなのだろう。

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