第147話「反転」
【リステル魔法学園――中央庭園】
「風よ、嵐となりて我が敵を切り刻め――"サイクロン"!」
ミリアムの放った風魔法が、学園長を包み込む。
風は中央庭園の噴水の水を巻き上げながら巨大な竜巻へと変化し、学園長の身体を遥か上空へと吹き飛ばした。
だが――
「光よ、悪を貫く矢となりて、降り注げ――"シャイニングレイン"」
雲間からキラリと何かが輝いた直後、無数の光の矢が地上へと降り注ぐ。
それらは眠っている学生や私達を巧みに避けながら、まるで意思を持っているかのようにミリアムとネムリーヌのいる場所へと一斉に向き変えると、そのまま2人に襲いかかった。
「ちょ、ちょっとミリアムちゃん! なんとかするのよっ!」
「くっ、土よ! 壁となりて我らを守れ―― "アースウォール"!」
ミリアムの魔術によって作られた土の壁が、光の矢を防ぐように聳え立つ。
しかし、光の矢は土の壁を容易く破壊すると、そのままミリアムとネムリーヌの身体を貫いた。
「や、やった! 学園長凄い!」
私は茂みに隠れながら歓喜の声を上げるが、隣で見ていたアリエッタは真剣な表情のまま屋上の方を指さした。
「あれを見てください。今のは水で作られた偽物です」
そう言われて視線を向けると、いつの間にかミリアムとネムリーヌは屋上に移動しており、先程まで彼女達がいた場所には水溜まりができていた。
「水魔法? あの仮面の人、いくつの属性魔法を使えるのさ? 女神のギフトって1人1つじゃなかったの?」
お兄ちゃんは
「昔この学園に、"四大元素魔法"という超レアなギフトを授かった人物が在籍していた、という話を聞いたことがあります。おそらく彼女がそのギフトの所有者なのでしょう」
「えぇ~、1人で4人分のギフト持ってるとかズルくない? 誰よそんなチート能力を授けた女神は!?」
アリエッタと会話している間にも、戦いは続いている。
ネムリーヌは眠りの魔術に自身の魔力の大半を割いているようで、先程から戦闘には参加していないようだが、学園長とミリアムはお互いに一歩も引かない攻防を繰り広げていた。
私から見ると完全にヤ〇チャ視点の高速バトルである。
「……やや、学園長が押しているように見えますね」
「え!? 学園長って今、能力が半減してるんじゃなかったっけ!?」
確かミリアムがそんなことを言って、学園長もそれを認めていたはずだ。
だけど、アリエッタの言うように、ミリアムの攻撃は徐々に躱され始め、逆に学園長の攻撃は次々に彼女に命中しているように見える。
「学園長は十賢者の中でも最強だと聞いたことがあります。その実力は特級冒険者にも匹敵するほどとか……。そして、彼は普段は学園の結界の維持に大量の魔力を割いているのです」
「ああっ! そうか! 今は学園の結界は消えてる!」
「そうです。だから、たとえ半分の魔力しかなかったとしても、学園長は魔王軍八鬼衆と互角以上に戦える、ということだと思いますが……」
学園長すげー! これならお兄ちゃんが帰ってこなくても何とかなりそうじゃん。
でもアリエッタは、まだ険しい表情のままだ。何か気になることでもあるのだろうか?
「私達も助太刀したほうがいいかな?」
「いえ、やめたほうがいいでしょう。私達では学園長の足を引っ張るだけです。ソフィア先生の授業を思い出してください。相手と自分の実力を正確に把握して、適切な立ち回りをする。それが生き残る為に必要なことです」
確かにあんな高速バトル、私が入り込む隙なんてないよね。
アリエッタは頭は切れるけど、神聖魔法使いで非戦闘要員だし。
「うーん、でもこのまま観戦だけしてるってのも……」
「観戦ではなく
「え? ソフィアちゃん戻ってくるの?」
「遠くない未来、必ず戻ってくるはずです。他国の会合に出かけたネブラーク先生達と違って、ソフィア先生は王都に調査に行っただけなので。仮に敵が彼女を足止めしていたとしても、彼女を長時間拘束できる存在など、そうそういませんから」
な、なるほど。流石はアリエッタだ。すっかり観戦気分になってしまっていた私が恥ずかしくなる。
と、そんなことを考えている間に、学園長達は野外訓練場の中央付近まで移動し、お互いに距離を取り合って睨み合っていた。
相手の出方を探っているようだ。しばらくの間、学園内が静寂に包まれる。
「ここからだと少し遠いし、もうちょっと近寄って観戦……いや、観察したほうがいいかな?」
「待ってください、学園長が何か仕掛けるようです」
――それは一瞬の出来事だった。
アリエッタの言葉を受けて、私が野外訓練場に視線を戻した直後、学園長の身体が光に包まれたかと思うと、次の瞬間にはミリアムとネムリーヌの真後ろに移動していたのである。
「ぐぅっ!?」
「な、なんなのよぉ、この紐! はーなーしーてー!」
そして、いつの間にか彼女達の全身は、学園長の手から伸びていた光の紐によって拘束されていた。
目にも留まらぬ早業である。
ミリアムとネムリーヌはジタバタと暴れるが、光の紐はビクともしない。
学園長は頭上に巨大な光の槍を創り出すと、それを拘束された2人の魔族に向けて突き付けた。
「ミリアムよ。残念じゃが、魔族になってしまったお主を生かしておくわけにはいかん。……最後に何か言い残すことはあるか?」
淡々とした口調でそう告げる学園長に対して、ミリアムは光の槍に怯えることもなく不敵に笑ってみせた。
「上から来るわよ? 気をつけたほうがいいんじゃない?」
「くだらんハッタリじゃな。潔く死ぬが――ぬぐぅ!?」
学園長が光の槍を投擲しようと、腕を振り上げた瞬間だった。
突如、彼の身体がミリアム達を拘束しているものと似たような光の紐によって縛り上げられたのだ。
「申し訳ありませんわ、学園長……」
「き、君はマリーベルくんか!?」
拘束に攻撃、2つのことを同時にこなした為に生じた一瞬の隙をついて、マリーベルさんが学園長の後ろを取っていたのである。
「今のわたくしであれば、全力で魔法を行使すれば、たとえ学園長であろうとも数十秒は拘束できますわ」
「ま、マリーベルくん! 正気に戻らんか! 君は魔族のことをまるで理解しておらん! このままでは取り返しのつかないことになるぞ!」
「よくやったわ、マリーベル」
マリーベルさんを称賛しながら、ミリアムは光の紐を振りほどこうと魔力を高める。
すると、徐々にではあるが彼女の身体を縛り付けていた光の紐が、ミチミチと音を立てながら引きちぎれていった。
「いけませんっ!」
「ちょ、ちょっとアリエッタ! 観察するんじゃないのぉ!!」
突然茂みから飛び出し、化け物集団のど真ん中に突っ込んでいこうとするアリエッタを、私は急いで追いかける。
「ミリアムはわざと学園長の攻撃を受けたのです。そして、マリーベルさんに彼を拘束させる隙を作った! 何かとても嫌な予感がします!」
アリエッタは必死の形相でそう叫ぶと、野外訓練場に向かって駆け出す。
「雫さん! 水魔法でマリーベルさんを攻撃してください!」
「えぇ!? な、何故にマリーベルさん!?」
「今の雫さんの実力では、マリーベルさん以外には殆どダメージを与えられないからです! さあ、早く!」
何と冷徹な判断であろうか。ノータイムでクラスメイトを攻撃しろだなんて、お兄ちゃんだったら絶対にできない指示である。
「わ、わかった! ええいっ――"水弾"!」
私は水神の涙で水球を作り出すと、それをマリーベルさんに向かって放った。
既に魔法学園に在籍して2ヶ月近く経っているのだ。その威力と精度は以前の私とは比べ物にはならない。
放たれた水弾は、まるでライフル弾のように加速すると、マリーベルさんの鳩尾に見事命中して弾け飛んだ。
が、彼女は口元から胃液を吐き出しながらも、私の方を見ようとすらもせず学園長の拘束を続けている。
「な、なんで!? 今のは悶絶してもおかしくないくらいの威力があったはずなのに!?」
野外訓練場に向かって走りながら、アリエッタは答える。
「彼女には何か確固たる信念を感じます。雫さん、もっと全身の骨をへし折るくらいの気持ちを込めた攻撃をしてください! 死にさえしなければ私が治療できます!」
無茶を言うっ!!
モンスターや殺人鬼じゃなくてクラスメイト相手にそれはハードルが高い!
でも、今にも拘束を引きちぎりそうなミリアムと、切羽詰まった表情のアリエッタを見ていると、悩んでいる暇はなさそうだ。
覚悟を……決めなければ!
「ええい、ままよ! マリーベルさんごめんなさい!!」
水神の涙から大量の水弾を生成すると、それら全ての軌道を計算し、マリーベルさんの身体に向けて発射する。
そしてそれらは吸い込まれるかのように彼女の身体に命中し、腕をへし折り、足を砕き、体中から鮮血を撒き散らした。
だが――
「な、何で倒れないのっ!?」
それでも尚――マリーベルさんは学園長の拘束を解こうとはしなかった。
骨が折れ、血まみれになりながらも、目を見開いて魔法を行使し続ける彼女の姿に、私は恐怖すら覚えてしまう。
「な、なんという精神力……!」
流石のアリエッタも、マリーベルさんのその姿を見て息を飲んだ。
私だったら絶対に最初の水弾が当たった時点で、びっくりして魔法を解除すると思うし、無意識に自分の防御に魔力を割いてしまうだろう。
なのに彼女は最初から最後まで、一片の揺らぎもなく学園長の拘束に集中している。
そうしている間に、ミリアムは光の紐を引きちぎり学園長の傍まで辿り着くと、彼の身体にそっと手を添えた――
「マルグリット先生から貰った賢者の石の欠片。これがあれば、生贄がいなくとも一度は魔術を行使できるわ。喰らいなさい! そして、その身を闇に落とすがいい!」
私は再度魔法を放とうと水神の涙に魔力を集中させるが、それよりも先に、ミリアムの指先から金色の光が溢れ出した。
『――"
「ぬ、ぬおおぉぉぉぉーーーーッ!?」
その瞬間、学園長の身体から禍々しい真っ黒な煙が立ち上り、みるみるうちに彼の全身を包み込んでいく。
そして――
しばらくの静寂の後、全ての煙が消え去り、そこに現れたのは……。
「ふぃぃぃ~……なんだか、とてもいい気分じゃわい」
先程までとはまるで別人のような、邪悪な笑顔を浮かべた学園長だった。
口元は裂けるように吊り上がり、その目は狂気に染まりきっており、全身からはどす黒いオーラが立ち上っている。
まるで闇そのものを具現したようなその姿に、私とアリエッタは言葉を失った。
「……み、ミリアム様。い、一体何をなさったのですか?」
「見てのとおりよ。学園長に私の魔術を使ったのよ」
「そんなことはわかっています! わたくしが言いたいのは、何故そんなことをしたのか、ということです! 予定では学園長は無力化するだけ、という話ではなかったのですか!?」
突然マリーベルさんとミリアムが言い合いを始めた。
私は恐る恐る学園長の顔を覗き込むが、彼は目を血走らせながら心底楽しそうにゲラゲラと笑っている。
……うん、どう見ても正気じゃないね。
「……賢者の石を手に入れるために、必要なことよ」
「で、ですが、それでは学園長は……。ミリアム様はおっしゃったではないですか! 自分の魔術は自分が死ぬまで解けることはない、と!」
マリーベルさんが信じられないといった様子で声を上げるが、ミリアムは冷めた目で彼女を見つめた。
仮面の奥から覗くその瞳からは何の感情も読み取れない。
彼女は淡々と言葉を続ける。
「弱き人々の救済のために必要なことよ……。私は賢者の石を、何としても手に入れなければならない。言ったはずよ? 私の歩む道は茨の道だと。それでもついていくと決めたのは、マリーベル、あなたでしょう?」
マリーベルさんは血まみれの身体で、がっくりと地面へ膝をつく。その目からは涙が溢れ出し、地面を黒く濡らした。
ミリアムはそれを見下ろしながら深い溜め息を吐くと、中央庭園の噴水広場に向かって歩いていく。
「ネムリーヌ、ここはお願い」
「任されたのよぉ~。ほら、ダーク学園長も一緒に人間どもをやっつけるのよぉ~」
「くくくく、大切な生徒達を学園長である儂自らが手にかけるなど……さいっこうに背徳的なシチュエーションじゃわい! これは燃えてきたのう!」
ネムリーヌと学園長は狂気に満ちた笑顔を浮かべながら、私達にゆっくりと近づいてくる。
や、やばすぎる展開だ。
これじゃあ仮にお兄ちゃんが帰ってきたとしても、ネムリーヌとダーク学園長の相手で手一杯で、とてもミリアムの追跡なんてできっこないよ。
このままでは賢者の石が奪われちゃう……。
い、いや……。今はそんなことを考えてる場合じゃない。なんとかして自分の身を守らなきゃ!
「ど、どうすればいい? アリエ――」
私は隣にいるアリエッタに助けを求めようとするが、いつの間にか彼女の姿は忽然と消えてしまっていた。
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