第024話「エルクとルルカ」★

「風よ、鋭き刃となりて切り刻め――"ウインドカッター"」


 詠唱と共に、風の刃が森に生い茂る木々を次々と切り倒していく。数秒後には周囲一帯が更地へと変わり果てていた。


 ふぅ、これでだいぶ見通しがよくなったな。これだけ広ければ、野菜を作るための十分なスペースは確保できるだろう。


 さて、次は地面の開拓だな。まだ切り株やら木の根っこやらが大量にあるし、それらを取り除いていかないと。


「土よ、我が意に従え――"ソイルコントロール"」


 俺は地面に手をつき、土魔法を発動した。すると、地面が生き物のように動き出し、不純物を取り除きつつ、土を掘り起こしていく。


 これは、周囲の土を自在に操ることができる、土属性の中級魔法だ。俺くらい魔力が高い人間がこの魔法を使えば、広大な土地をあっという間に開拓することが可能だ。


「うお! いつの間にこんなに地面が平らになってんだ!?」


 木陰で俺の作った農業マニュアルを読んでいたエルクが、驚きの声を上げる。


 エルクは驚くべきことに、この世界の共通語であるルディア語を、読み書きともに、完全にマスターしていた。識字率の低いこの世界で、平民で読み書きができるのは、かなり珍しい事なのだ。


 何でも地元の村の教会で、神父に教わって以来、戦闘系のギフトを持っていない自分を補うために、必死で覚えたらしい。


 本人いわく、昔から物覚えはいい方なんだとか。これは思った以上の才能の原石を見つけたかもしれない。


「それで、どうですか? 農業、やっていけそうですか?」


「ああ、なんだこの本。ソフィアのねえちゃんが作ったのか? すげーわかり易くて、これなら俺でも作れる気がするぜ」


 ふふん、そうだろう。農業のやり方から、栽培するに当たっての注意点、作物の育て方など、ありとあらゆる知識がイラスト付きで分かりやすく解説されているからな。農業初心者でも、これなら問題なく始められるだろう。


 まあ、俺は『これだけ見れば大丈夫! 超簡単、トマトの育て方』というまとめサイトを印刷してルディア語に翻訳しただけなんだけどね。


「しかしこの精巧な絵はなんだ? まるで風景をそのまま切り取ったみてーだぜ」


「あー、それは写真といって、風景をそのまま紙に転写する魔道具のようなものですね。一般には出回ってないものなので、秘密にしてくださいね?」


 カメラはまだこの世界には存在しないが、映像を記録できる魔道具は存在する。しかし、一部の貴族や王族くらいしか持っていないので、一般人は滅多に目にすることはない。


 だが、実は最近、成人男性の間で、密かにこの魔道具の存在が知られるようになってきている。


 それは、俺と同じ特級冒険者の、【童帝】ヨハンがそんな魔道具を複数所持していて、それを使った"エロ本"を秘密裏に販売しているからだ。


 本物の女性の裸体写真集、挿絵入りのエロ小説、そして、激レア品であるエロ動画……。地球のようにエロが氾濫していないこの世界では、男ならば喉から手が出るほど欲しい逸品だろう。


 そんなわけで、彼は女性からは白い目で見られているが、男性からはエロの伝道師として、神のごとく崇め奉られているのだった。


 まあ、それはともかく。エルクが農業に興味を持ってくれたようで、何よりだ。これなら、きっとトマト作りも上手くいくだろう。


「さて、ルルカの方はどうですかね?」


 俺は再びマニュアルを読み始めたエルクを置いて、今度はルルカの所に向かうことにする。


 彼女は切り株の上に立って両手を広げると、目を閉じて意識を集中させていく。すると、手のひらからチョロチョロと水が流れ出した。


「えい! えい!」


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330666730842517


 可愛らしい掛け声と共に、ルルカの手から流れ出た水が、地面に吸い込まれていく。


 なんと、彼女は水魔法のギフトを持っていたのだ。魔法系のギフト持ちは珍しいので、これはとても嬉しい誤算だった。


 水神の涙は雫にあげちゃったし、俺がいない時は水の供給をどうしようかと悩んでいたのだが、ルルカのおかげで、その問題も解決しそうである。


 ルルカは、そのまましばらく水を出し続けていたが、やがて魔力が切れたのか、疲れた様子で地面にペタンと座り込んだ。


 俺は彼女に駆け寄り、労いの言葉をかける。


「お疲れ様ですルルカ。どうですか? 水魔法の方は」


「ソフィアちゃん! う~ん、ちょっとしかお水出せないのー」


 ルルカは俺に気付くと、ギュッと抱きついてきた。頭を優しく撫でてあげると、嬉しそうに目を細める。


「ふーむ、魔力の量がまだまだ少ないから、仕方ないかもしれませんね」


 水魔法のギフトを持っていても、これまで誰にも教わらないまま過ごしていたのだ。当然、魔力の量も、それを操る技術も、全然足りていない。


「よし、それじゃあ、これを上げましょう」


「なにこれ~? きれいな指輪だね~」


 俺が次元収納の中から取り出したのは、青い宝石が嵌め込まれた指輪だ。これは"雨雲の指輪"といって、水属性の魔力を高める効果がある魔道具である。本来は、かなりレアなアイテムで、おいそれと他人に渡せるようなものではない。


 だが、ルルカは"異世界ウマメシ計画"の重要なピースになると確信していた。だから、彼女に対する投資は惜しまない。


 それに、単純にルルカを喜ばせたいという気持ちもあった。俺はどうも前世から弟と妹がいるせいか、年下の子には甘くなってしまうのだ。


 指輪をルルカの指に嵌めてあげる。すると、彼女は目を輝かせながら、嬉しそうにはしゃいでいた。


「ほら、こうやって魔力を込めて、水を出してみてください」


 後ろから抱き着くようにして手を添えると、一緒に魔力を流し込む。すると、ルルカの手のひらからチョロチョロと水が流れ出した。先程より勢いが増している気がする。


「お、おおお~?」


 ルルカは戸惑いつつも、必死に魔力を流す。すると、徐々に水流が強くなっていき、最後にはホースからジョロジョロと溢れ出すくらいの量になった。


「こんな感じで、魔力操作と水魔法の訓練をしていきましょう。魔法が使えるようになれば、色々なことができるようになりますよ」


 俺はルルカの頭を撫でながら、優しく諭すように言った。ルルカは目をキラキラさせながら、コクンと頷く。


「うん! ソフィアちゃん大好きー!」


 そう言って、ルルカは再び俺に抱きついてきた。胸の間に顔を埋めて、スリスリしてくる。


 うーん、可愛いなぁ。雫が小さかった頃を思い出すぜ。


「うにゅ……。んん、ママぁ……。……あっ、ち、ちがうの。これは、その……」


 うっかり俺を母と勘違いしたのだろう。ルルカは、顔を真っ赤に染めると、慌てて離れようとする。しかし、俺はそんなルルカをギュッと抱き寄せた。


「いいんですよ。好きなだけ甘えてくださいね」


 ルルカはまだ8歳だ。母親が恋しくて当然だろう。俺が死んでしまった母親の代わりになれるかは分からないが、少しでも寂しさを埋められるのなら、いくらでも胸を貸そう。


「ソフィアちゃん……。好きぃ……」


 ルルカはトロンとした表情で、甘えるように擦り寄ってくる。その様子はとても可愛くて、思わず頬が緩んでしまう。


 前世のモブ顔少年だった頃から、年下には好かれる体質だったけど、巨乳美少女に転生してからは、その傾向に拍車がかかった気がする。子供にママ呼ばわりされたことも、一度や二度ではない。


 まあ、子供だけじゃなく何故かオッサンにも、よくママ呼ばわりされるけどな!


 解せぬ……。


 ルルカはそれからしばらく、俺の胸に顔を埋めたまま、幸せそうに甘え続けていた。俺はそんな彼女の髪を優しく撫でながら、穏やかな時間を過ごすのだった。

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