第019話「ダークモード」

 地上に出ると、空はすでに茜色に染まっていた。2人で並んで帰路につく。


「久しぶりにダンジョン潜ったけど楽しかったー。また来ようね、お兄ちゃん!」


 雫はご機嫌な様子で俺の腕にしがみついてきた。ちなみに俺はすでに慈愛の聖衣を脱いで私服姿に戻っている。


「お前、まだしばらくは夏休みだっけ? じゃあまた明日にでも行くか?」


「行く行くー! 水神の涙をもっと使いこなせるようにならなきゃいけないもんね!」


 そう言って水神の涙をぶんぶんと振り回す雫。


「あ、そうだ。これってダンジョンの外でも使えるの?」


「使える。だが、外ではあまり使わない方がいいな」


「なんで?」


「ダンジョンと違って地球には魔素がない。魔力を使ったら自動回復が出来ないからな。お前は心臓と魔核を同期させてないから、体内の魔力が無くなっても問題ないが、魔力を温存しておくと、いざという時に切り札として使えるぞ。例えば地上で大人の暴漢に襲われたとしても、魔力のある状態のお前なら余裕で撃退できるだろうな」


「な、なるほど~……。それはいいことを聞いたかも……」


「お前にはまだ教えていないが、魔力は魔法や魔道具を使うだけじゃなくて、全身に纏うことで身体強化もできるんだ。これが魔力持ちの一番の特徴だな」


「おー、なんか凄そう! それって私にもできる?」


「今日の水神の涙の扱いを見るに、お前結構センスあるからすぐにできると思うぞ。明日にでも魔力操作のコツを教えてやるよ」


「やったー! こ、これで私もお兄ちゃんみたいに、アニメキャラみたいな動きができるようになるのか!?」


 わくわくした様子で両手をぎゅっと握りしめる雫。俺はそんな妹の頭を優しく撫でながら笑う。


「流石に俺みたいにっていうのは、何年も修行しなきゃ無理だろうなぁ。それに、魔核もまだ半分しかないしな。……あ、それと、教えるのはいいが、調子に乗って地上で身体強化しまくるのはやめろよな? 体育の時間に魔力を使って無双するとかよ」


「……し、しないってそんなこと!」

 

 絶対しようと思ってただろお前。こいつなんだかんだで、ちょっと調子に乗りやすいところがあるからなぁ。お兄ちゃんとしてそこは心配だぜ。


 そんなことを話しながら歩いていると、あっという間に自宅前に到着した。


 家に入ろうとしたところで、隣の家から出てきた人物と鉢合わせする。中肉中背で特徴のない地味な顔立ちをした、どこにでもいるような普通の少年だ。


「おお! よし坊ではないか! 久しぶりだな~!」


 俺は嬉しくなり、その少年に駆け寄って抱きついた。


「へっ!? あ、あ、ああ……あの。だ、誰? う、うあ……。む、胸が……」


 この少年は徳山とくやま吉宗よしむねといって、山田家の隣に住んでいる幼馴染みだ。雫と同い年なので、現在は中学3年生ということになる。


 前世ではモテないモブ顔同士ということで、俺達は仲が良かった。俺の事を高雄の兄貴と呼んで慕ってくれていたのだ。


「ちょ、ちょっと! おに……ソフィアちゃん! よし君とは初対面でしょ!? いきなり馴れ馴れしくしないの!」


 雫が慌てて止めに入る。


 おっとしまった。今はソフィアだったな。懐かしさですっかり忘却してたぜ。


 顔を真っ赤にして照れた表情を浮かべるよし坊から体を離す。


「え、え~と雫。こちらの方は?」


「えー、あー、えーと……。そう! 私の遠い親戚でね。海外からうちにホームステイに来ているソフィアちゃんっていうの。死んだお兄ちゃんとも仲が良くてね、よし君の事も聞いてたみたい。だから思わずハグしちゃったみたいなんだけど、驚かせちゃったよね、ゴメンなさい」


 ナイスフォローだ雫! しかしよくもまぁスラスラと嘘が出てくるもんだぜ。


「そうデ~ス。ワタシ、ソフィア・ソレルいいますデス。山田家にお世話になってるネ。よろしくお願いするアルよ」


「は、はあ……」


「なんでいきなりアニメの外国人みたいになってんの……。それと欧米キャラか中国キャラかはっきりしろや……」


 おい、うるさいぞ雫。


 それにしてもよし坊は変わってないな~。どこぞの将軍様みたいな名前なのに、相変わらず冴えないツラしてやがる。間違いなく未だ彼女もいないだろうし、童貞だろうな。ケケケッ。


 よし坊は雫に片思いしてるのだが、はっきり言って全く脈はない。こいつは前世の俺と同じで、勉強も運動も平均以下のモブ顔だからな。美少女の幼馴染が、こんな地味男に惚れてくれるなど、フィクションの世界だけなのだ。


 前によし坊の事をどう思っているのかを、雫にそれとなく聞いたことがある。その時の返答はこうだ。


 ――え? 友達だけど? 恋愛関係? ははっ、ありえないでしょ? だってよし君だよ~(笑)


 うん、現実は残酷だよな。よし坊、ドンマイ。


「そう、高雄の兄貴と仲がよかったんですね……。兄貴の事は……本当に残念でした。僕も兄貴が死んだなんて今でも信じられないくらいで……」


「大丈夫だって。お兄ちゃんならきっと異世界にでも転生して、楽しくやってるはずだからさ!」


 俺の死を悲しんでくれるよし坊に、雫は明るく微笑んで見せた。


「はは、そうだな。高雄の兄貴ならそうかもしれないな。それで神様にチート能力とか貰って、ハーレムを作ってウハウハ生活を送ってたりな。ははっ!」


「…………異世界を――――舐めるなぁぁぁぁ!!」


 ――ドスゥッ!!


 俺はよし坊のみぞおちめがけて、拳を突き出した。


「おげぇっ!?」


 よし坊は腹を押さえながら地面に膝をつく。


「ちょ、ちょっとおに……ソフィアちゃん!? 何してんの!?」


 おっと、つい感情的になってしまった。


 だってさ。俺も今はこんなゆるい感じだけど、昔はとても全年齢じゃお見せできないような、R18指定ものの凄惨な体験を何度もしてきたんだ。お気楽チート主人公の話をされると無性にイラッとしてしまうんだよ。


「オ~、ごめんなさいデス。ついカッとなって手が出てしまったアルよ」


 ペロっと舌を出して、可愛らしく謝りつつ、よし坊に手を差し伸べる。


「あ、ありがとうございます。僕、何か不快なことを言ってしまったでしょうか……」


「あー、ソフィアちゃんはちょっと変わった子だから気にしないでね。きっと挨拶みたいなものだと思うから」


「そ、そうなんだ。そ、それより雫。その恰好、もしかしてダンジョン行ってきたの? 高雄の兄貴が死んでから、おばさんにダンジョン潜るの止められてるんじゃなかったっけ?」


「えーと、ソフィアちゃんがめちゃつよでね? ソフィアちゃんと一緒なら行ってもいいってことになったんだ」


「ソウなんデ~ス」


 俺は両手を頬に当て、可愛らしく首を傾げながら言った。よし坊はそんな俺を見て再び顔を赤くしている。


「よし君もたまにはダンジョン潜りなよ~。ずっとレベル1のままなんでしょ?」


 そういや、よし坊全然ダンジョン潜らないんだよな。前世でも聞いてなかったけど何でだろう?


「いやー、僕は非戦闘系のスキルだし。それにダンジョン探索をしなくても協会から毎月お金貰えるしさ」


「え? 協会から毎月お金が貰えるって、よし坊どんなスキルなんデスか~? 教えてほしいアルね~」


「まだそのキャラでいくつもりなんだ……」


 雫が呆れているが気にしない。俺はよし坊の腕に胸を押し付けるようにして密着しながら、上目遣いで尋ねた。


「ぼ、ぼ、ぼ、僕のスキルは"アイテム鑑定"ですよ。このスキルのおかげで、危険なダンジョンに潜らなくても、協会から沢山仕事の依頼が来るんで、探索者の人達よりずっと稼げるんです」



「…………」



 あっ、ふーん……。ほーう……。


 アイテム鑑定……ねぇ……。


「おに……ソフィアちゃん? なんか目が怖いんだけど」


 雫が心配そうな顔で俺の肩を揺さぶってくるが、俺の耳には入らない。


「アイテム鑑定……デスかぁ~……?」


 とろ~んとした目つきでよし坊を見つめると、彼はそわそわし始めた。


「そ、そうです。アイテムを手に取るだけで、名前や効果が頭の中に入ってくるんですよ。生物には使えないスキルですが、凄く便利なスキルなんです。あ、あの……ソフィアさん? ち、近いんですが……」


 よし坊は俺から視線を逸らすように目を泳がせている。


 もしさぁ……。


 よし坊と雫が両思いになって、くっつく可能性があるのなら、俺も自重した方がいいと思うんだけどさ。でも俺が見るに、その可能性はほぼゼロなんだよね。


 だったらさぁ……。


 別に……問題ないよね?


「……ペロ」


 俺は上唇を舌で軽く舐めると、よし坊の肩をぽんぽんと叩いた。そのまま、背中に指を伸ばして、背骨に沿ってそっと上から下へとなぞる。


 そして耳元に口を近づけると、小さく囁いた。


「それじゃあ、また今度……。次は私と2人っきり……でね。ふぅ~っ」


 耳に吐息を吹きかけられたよし坊は、ビクッと体を震わせ、顔を茹でダコのようにしてその場にへたり込んだ。


「さ、雫。そろそろ家に入るデスよ。私、お腹ぺこぺこアルね~」


「う、うん……」


 雫は困惑気味に返事をしながら、へたり込んでいるよし坊をチラリと見た後、俺の後についてきた。


「なんか……。今のお兄ちゃん、ちょっと嫌な感じだったかも……」


「…………」


 あ~、うっかり雫の前でダークソフィアちゃんモードを発動してしまった。


 ああなると、男にはめちゃくちゃ好かれるんだけど、女にはすげー嫌われるんだよな。同性にはあの状態の俺は、生理的な嫌悪感が半端ないらしい。


 これからは気を付けないとな……。




「あー、疲れたーーーー!」


 夕食を食べ終えた後、雫はリビングのソファーにダイブして寝転がった。


「こら! 雫! 寝るならお風呂入ってからにしなさい!」


「ちょっとだけだから~。後で入るから~」


 母さんの注意もどこ吹く風といった感じで、ゴロンゴロンと左右に寝返りをうちながら、手足を伸ばしてソファーに横たわっている雫。


 ……これは、チャンスじゃないか?


 母さんは後片付けをしていて台所にいるし、父さんは今日は仕事で帰りは遅い。雫は今にも眠ってしまいそうだし……。


 よし! 行ける!!


「なあなあ、空!」


「ん~、兄ちゃんどうしたの~?」


 テレビを見ていた空に話しかけると、弟は嬉しそうにこちらを振り向いた。


「久々に兄ちゃんとお風呂入ろうぜ!」


「……え? で、でも……兄ちゃん女の子になっちゃったから、一緒に入っちゃ駄目だってお母さんと姉ちゃんが……」


「お堅いんだよ2人はさぁ。家族なんだからそんなこと気にする必要なんて無いんだって。だからほら、行くぞ。早く準備しろ。男同士裸の付き合いだ」


「う、うん……」


「よし、母ちゃんと雫にバレるとうるさいから、こっそり行くぞ」


 にひひひ、今日は愛しの弟と心ゆくまでお風呂で語り合うぞーー!


 俺は空の手を引き、足音を立てないようにしながら廊下に出ると、そのまま脱衣所へと向かうのであった。

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