【第四章完結】異世界で美少女に転生した俺、飯が不味いので日本に帰る
須垣めずく
第一章 TSクソビッチ、異世界から日本へ舞い戻る
第001話「ソフィア」★
【表紙】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330665626548642
「腰よりも長い、美しい黒灰色の髪。そして輝くような金眼――貴様がソフィア・ソレルだな?」
音も、気配もなく、突如前方の暗がりから、1人の男が姿を現す。
距離にして約15メートル。夜の闇に溶け込むような漆黒の衣に身を包んだその男は、まるで幽鬼のように存在感が希薄だった。
「…………」
俺は内心で動揺しつつも、それを表に出すことなく無言を貫く。
静寂に包まれた夜の森に、風が草木を揺らす音と、小さな水音だけが響いていた。
「そこの木陰にいる女! 貴様のことだ! この俺、魔王軍四天王が1人、"宵闇"のイヴァルドを無視するとは、いい度胸だな!!」
吸血鬼のような恰好をした男が激昂する。それでも俺は言葉を発することなく、男から身を隠すように、木の根元に座り続けていた。
俺は、ぶるりと体を震わせながら、男がどこかに行ってくれるのを心から願う。だが、そう思ったところで願いが届くわけもなく――
「……どうやら殺されたいようだな」
そう言ってイヴァルドと名乗った男は背中に手を伸ばし、一振りの剣を引き抜いた。月光に反射してきらりと煌めくその刀身には、黒い鎖のようなものが何重にも巻き付いている。
いつの間にか風は止み、木々のざわめきも聞こえなくなっていた。辺りには水音だけが響く中、イヴァルドは一歩ずつゆっくりとこちらへと向かってくる。
「くっ……!!」
このままでは非常にマズい。
……が、ここまで堂々と近づいてくるということは、こいつ……この音の正体に気づいていないのか?
だとしたら好都合だ。奴の位置からだと木が邪魔になって、俺の姿は完全には見えてないはず。ここで少しでも時間を稼げば、この窮地を打破できる可能性はある。
俺は弛緩した表情をきりりと引き締めると、木から顔を覗かせて、男に話しかけた。
「……あの。イヴァルド……さん?」
「何だ? ようやく口を開く気になったか?」
すると、イヴァルドは足を止め、警戒しながらも俺の言葉に耳を傾けた。
……やはり気づいていないようだ。このまま畳みかけて、出来るだけ時間を稼ごう。
「それ以上近づかないほうがいいですよ。でないと、後悔することになります」
「なに!? まさか――」
俺の威圧するかのような言葉を受けて、イヴァルドは何かを察したかのように、慌てて、数歩後ろへ下がった。
よし、狙い通りだ。このままあと少しだけ時間を稼げれば、こいつに気づかれないまま事を済ませることが――
「まさか、貴様! 小ではなく大べ――」
「小ですよ! 小さいほうです!! 鼻をつまむのは止めてくれませんかね!?」
「花摘みだけにか……」
「誰がうまいこと言えと!?」
てか、気づいてんなら終わってから話しかけろやこの変態野郎が!! 後ろから不意打ちするならまだしも、正面からわざわざ名乗りを上げるならさぁ!
あ、もうちょっとで終わりそうだわ。
「…………ん」
……ふぅ、何とか間に合ったか。
くそっ、周囲に誰もいないことを確認した上でパンツを脱いだのに……。括約筋を緩めた瞬間に音もなく現れやがって……。マジで焦ったぜ。
俺は栄養を与えていた木の根元から立ち上がると、次元収納の中から取り出したタオルでこっそり股間を拭きながら、改めて目の前の男を見る。
背は高く190センチくらいだろうか。体格もしっかりとしていて、細マッチョといった感じだ。顔立ちは非常に整っており、黒いマントと鋭い牙も相まって、ザ・ヴァンパイアと言った風貌をしている。
「それで? 魔王軍四天王の1人、"宵闇"のイヴァルドさんが一体私に何の御用でしょうか?」
タオルを次元収納の中に放り込みつつ、嫌味ったらしく聞いてやる。
すると、彼は忌々し気に顔を歪めた。
「何の用だと!? ソフィア・ソレル! 貴様がオルガテのやつをやったんだろう!」
「オルガテ……?」
なんぞ? その勇者の父親みたいな名前の奴は。
「眼鏡をかけたオークのことだ!」
「ああ、あいつですか。あの変態眼鏡オーク、そんな名前だったんですね……。ま、名前とかどうでもいいんですけど」
「何だと!? 貴様ぁ!! 戦った相手に対して一片の敬意も払えんのか!」
拳をわなわなと震わせ、額に青筋を浮かべながら叫ぶイヴァルド。
まぁ、確かにそいつを殺したのは俺だけどさぁ。でもだからといって、俺が責められる謂れはないと思うんだがなぁ。敬意なんて、欠片も払えるはずがない。だって、あいつどうしようもないくらいのイカレクズ野郎だったし。
なんか
外で遊びまわるのが大好きな少年の魂を、死にかけの老人の身体に入れたり、誰からも好かれる無垢な美少女の魂を、誰からも嫌われる醜悪なデブ男の身体に詰め込んだりしてたんだよ?
俺にも「チ、チミの美しい身体には、と、とびきり醜いおじさんの汚い魂を入れてあげるよぉ! これぞ芸術だぁ!」とか言い出してさ。キモすぎて思わず殺しちゃったよ。
どう考えても俺、悪くないよな?
「オルガテは……。オルガテは俺の子供のころからの親友だったんだ! それなのに貴様は……ッ!!」
うわぁ……めっちゃ涙目じゃん。
てか、あいつの親友ってことは、こいつも絶対変態だろ。あの魔剣とか怪しさ満点だし。
「許さんっ! 貴様はここで殺す!!」
イヴァルドはそう叫ぶと、手に持った漆黒の剣に巻かれた鎖を解き放った。
ジャラリという音と共に巻き付いていた鎖が全て地面に落ちると同時に、刃から真っ黒な煙が立ち上る。そしてイヴァルドはその切っ先をこちらに向けて構えた。
「む……」
あの煙はやばいな……。何か特殊な能力が付与されていると見るべきだ。ここは一旦距離をとって様子を見よう。
「逃げるつもりか? だがそうはさせん! この"宵闇"のイヴァルドからは逃げられぬぞ!!」
言うなりイヴァルドは漆黒の剣を薙ぎ払うように振るった。するとそこから黒い煙の斬撃が発生し、まっすぐ俺に向かって飛んでくる。
俺はそれをサイドステップで回避すると、煙はそのまま後方の大木へと直撃した。
煙に包まれた大木は、その青々しかった葉を枯らしながら、まるで早送りをしたかのように枯れ木へと姿を変え、ボロボロと崩れ落ちていく。
「うわぁ……。その剣、なかなかエグい能力してますね」
「くくくく、今から貴様もこうなるのだ。我が剣の能力は、闇の力によって対象を老化させるものだ! 俺は貴様のような美しい女が、老いて醜く朽ち果てていく姿を見ることこそが至上の喜びなのだよ!」
……やっぱりド変態じゃねーか。あのオークの親友って時点で察してたけどさ。魔王軍って奴は変態しかいないのか?
まあいいや、効果が老化なら別に怖くないわ。さっさとぶち殺して帰ろっと。
え~と、吸血鬼っぽいし、やっぱ光魔法かな?
「輝く光の矢よ、敵を貫け――"ホーリーアロー"!」
俺はイヴァルドの背後に回り込むようにして走りながら詠唱し、そのまま無防備な後頭部を狙って光属性の中級攻撃魔法を放った。
だが、その瞬間イヴァルドの姿が霞のように掻き消える。
へぇ、中々やるじゃないか。霧化ってやつか? 伊達に魔王軍四天王をやってるわけじゃないってことね。
ならば――――
「余所見をしていていいのか?」
背後から聞こえてきた声に反応し、咄嵯に飛び退こうとしたが間に合わず、黒い煙が俺の全身を飲み込んだ。
「ふははははっ! これで終わりだぁ!! このままゆっくりと貴様の若さが失われていくのだ! さあ、見せてみろ! 貴様の艶やかな髪が、瑞々しい肌が、張りのある胸が、白桃のごとき尻が、しなやかな四肢が、皺だらけの老婆へと変わっていく様をなぁっ!! ああっ、なんと甘美な瞬間だろうか……ッ!」
イヴァルドが頬を上気させながら、興奮気味に高笑いをする。
はぁ、ウザいしキモいしそろそろ終わらせるか。
「凍りつけ――"アイスワールド"!」
次の瞬間、俺を中心に周囲一帯が一瞬で氷の世界へと変貌を遂げた。地面はもちろん、木々や草花までもが凍結し、キラキラとした結晶が舞い散っている。
その光景を見てイヴァルドは絶句していた。
「な、なんだとっ! "女神のギフト"は1人1つのはず! 貴様は先ほど光魔法を使っていたではないか!」
うん、そうらしいね。この世界の住人は皆、女神様に1つだけ特別な能力を貰えるんだってさ。それを"女神のギフト"というらしい。
だけど残念ながら俺は例外みたいだ。
なんせ俺には前世の記憶があるからな。いわゆる転生者ってやつだ。
ごく普通の近代世界で、ごく普通の高校生をやっていた。まあ、ある日突然、ダンジョンとかいう不思議空間が世界中に出現してからは普通とは言えない世界だったかもだけど。
あれは確か……高校1年の夏だったか。
夏休みにクラスメイト達と一緒にダンジョンへ潜った時のことだ。俺達はダンジョンの最奥で、運悪くモンスターの大軍に包囲されたんだ。そしてその時に、クラスの奴らは俺を囮にして逃げた。
ダンジョンの奥に1人取り残された俺は、そこで、怒りによって隠されていた真の力を解放――――することもなく、普通に死にました。はい。
許せねぇなぁ……。マジで許せねぇよあいつ等。
そんなこんなで気が付けば、この世界で赤ん坊になっていたって訳だ。ちなみに前世は男だったんだけど、今生は女だ。自分で言うのもなんだが、結構な美少女なんだぜ?
「そ、それに! なぜ老化もしておらん!? 黒煙をまともに喰らったはずだろうっ!」
「あー、私ってば不老ですし、能力も複数あるんで」
本当は複数どころか自分でもどれくらいだったか覚えてないくらいあるんだけど。そんなこといちいち教えてやる気はない。
イヴァルドは霧になって逃げようと試みているようだが、氷結魔法の効果で霧になることができないでいる。
これくらいの魔法で逃げられないとか雑魚すぎんだろ。魔王軍四天王つっても大したことねぇな。
まあいいや。さっさと終わらせて帰ろう。
俺は地面を踏みしめ、上空へと飛び上がった。空中でくるりと身体を回転させて体勢を整えつつ、イヴァルドの真上まで移動する。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330665626578186
さて、この一撃で決めるぜ。
「砕け散れ――"グラビティプレス"!!」
闇属性の上級魔法である"グラビティプレス"を足に込めて、思い切り振り下ろす。
「ま、ま、待てっ! 話せばわかる! お前も老化の良さを――ぐぼぁぁっ!!」
イヴァルドの言葉を待たずに、俺は踵落としを喰らわせた。
――ドゴォンッ!!!
凄まじい轟音と共に地面に大きなクレーターができあがる。先ほどまでイヴァルドだったものは、氷の破片となって辺りに散らばり、やがて塵となった。
うむ、我ながら惚れ惚れするような華麗なるフィニッシュだ。
俺は満足げに微笑みながら、地面に降り立った。ふわりとスカートの裾が舞い上がって、太ももの上辺りまで捲れ上がってしまう。
……ん? なんか下半身に違和感があるような……。
「…………ああっ!!」
と、とんでもない事実に気が付いてしまった。
俺…………パンツ穿いてなかったわ。
おもっきしスカートでハイジャンプ決めちゃったよ……。
結局は奴に冥途の土産をプレゼントしてしまったというわけか。
「とほほ……」
俺は真っ赤になりながらも、いそいそとパンツを穿き直すのであった。
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スロースタート気味ですが、後半に行くほど面白くなると思うので、ちょっとでも『面白そう!』『続きが気になる!』と思ってくれた方は、引き続き読んでいただけたら嬉しいです。
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