第2話 創造神の加護

気が付くとハルトは新たな世界に降り立っていた。


辺り一面真っ白な砂の大地。

一切起伏のない砂の大地がどこまでも続いている。

空を見上げると雲一つない青空。人工物はおろか鳥の姿すらもなかった。

音や風すらもほとんど感じない。

そして、動物の気配はおろか、1つの植物すらも見当たらない。


「ここが異世界……」

ハルトはその光景を目にし戸惑いを覚えたが、何か周囲にないか確認するために歩き始めた。


真っ白な砂の大地を暫く歩き続けたが本当に何もなかった。

「ここは砂しかないのか……?」


どれだけ歩いても不思議と疲れはなかった。だが無限に続く代わり映えのない真っ白な世界に絶望し、大地に寝ころんだ。


そして最後に神の言った言葉を思い返し、ようやく自分が願った《何もないところ》という言葉がこの状況を生んだと理解し後悔していた。


「俺の望んだ《何もないところ》って……本当の意味で何も存在しない《虚無》って意味で捉えられてしまっていたのか……」

森とか草原っていうべきだった……。

神様は空気と大地はサービスって言っていたけど……そのまま完全な虚無の空間に放り出されていたら……。想像して鳥肌が立った。


何もない世界に転生されてしまったことを最初は恨もうとしたけど、神のサービスのおかげで今こうして生きている。そう思い神の配慮に感謝し手を合わせた。

「ありがとう神様」

転生後いきなり死なずに済んだことにとりあえず感謝した。

そして自分の思慮に欠ける軽率な願いと言葉の足りなさを呪うことにした。



そういえば日に三回だけ望むものを出せる……加護?を与えるとか言ってたな……?

とりあえず生きるためには水が欲しい。

ただ、水だけを出せたとしても入れるものがない。

すぐ無くなったら意味がないなと思い、まずは巨大な水源を確保することにした。

大きな水源……たとえば飲み水として使えるような綺麗な水源の湖とか加護の力で出せるのか?

「試してみるか…」


ハルトは授かった加護の使い方がわからなかった。

なのでそれっぽく両手を前に出して目を閉じて想像しながら念じてみた。

沢山の綺麗な水。大きな水源……湖……。

すると頭の中で声が聞こえた。


『綺麗な水源の生成。成功しました』


「うわっ!?なんだ今の声?これが加護……加護の声なのか?」

いきなり頭の中に鳴り響く声に少々驚いた。


成功したという加護の声を確認するために、正面を見ると先の方に小さな湧き水が発生していた。

それは青い光の波紋と共に広がり、瞬く間に大きくなり半径数百mは在ろうかという巨大な湖が誕生した。

「すごい………これが加護の力……まるで魔法だ……」

その非現実的な光景と自身の与えられた加護の力の凄さを目の当りにし、ハルトは息をのんだ。


ひとまずこれで当面の水は確保できた。

あとは食料だ。

だが辺りは一面砂地。生き物の姿も気配も感じられない。


少し悩んだが、水さえあれば2週間は生きていられるという話をどこかで聞いたことがあったので、まずは残りの加護で植物を育てられる大地作ることにした。

明日から成長の早い野菜を植えていけば何とかなるだろうと思った。


とりあえず次はこの湖の周辺に植物を育てることができる大地を……!

先ほどと同じ要領で目を閉じて広大な土地をイメージした。


『植物の成長に適した肥沃な大地の生成。成功しました』


再び加護の声が聞こえた。


ハルトは目を開けて驚いた。

先ほどまでは見渡す限り真っ白な砂だけの大地が、ハルトを中心に緑色に光る波紋が広がり次々と黒々とした肥沃な土の大地に造り変えていく。

こうして果てしなく続く不毛な砂の大地が次々と広大な肥沃な大地に生まれ変わっていった。


ハルトは自分の手を眺めながら驚きを感じていた。

「これが創造神の加護の力……」

加護の力が想像を絶する力を秘めていると感じ、自分の力に少し恐怖を覚え冷や汗を流した。


世界を作り替えるほどの力……。

これはフィクションの世界で良くあるチート能力のレベルすらも超えている……。

異世界物の話では人に知られたらやばいことになる典型的なやつだな。

と思ったがこの世界には人どころか生物すらも居そうにない。

今は深く考えないことにした。



それよりも目先の食糧確保が先だ。

「あとは、とりあえず明日に備えて土を耕す道具が欲しいな。とりあえず耕せる農具欲しいけど……」


再び目を閉じ農具を願った。


『農具の生成。成功しました』


ハルトは目を開き、生成されたであろう物を確認した。

すると鍬、鋤、鎌等様々な農具がそこには現れていた。


「なるほど。単体じゃなくてもイメージできれば一度に生成できるのか」

ん?でも俺が想像できた農具だけ……か?

目の前に現れた農具類はハルトが想像できたものしか生成されていなかった。

ということは加護の力は俺が望んで想像した物だけしか生成できないってことなのか?

……まぁいい。耕すのに必要な農具は確保できた。とりあえず畑作りだ。



こうしてハルトの人生初の農業がスタートした。

農業に関しては前世のTVで知った曖昧な知識しかないが、ひたすら畑を耕していく。

鍬がすごいのか土がすごいのかわからないがサクサク耕すことができている。


農業は過酷な重労働と聞いていたが、体は一切の疲れを感じない。

これは健康にしてほしいといった効果なのかな?ありがたい。

だが同じ作業をひたすら続けることに対して心は疲れていた。


よくあるファンタジー物のような異世界に転生すると思って、医療の発達していない世界で感染症とか変な病気にかかりたくないから健康に、って頼んだけど――

そう考えつつハルトは眼前に広がる何もない大地を眺めた。


「………こんな何もない世界じゃ病気とかもなさそうだし意味なかったな……はは」

どこまでも続く何もない大地を眺めながら苦笑いをした。


こうして日が落ちるまで畑を耕した。

疲れ知らずの健康な肉体のおかげで畑はかなりの規模になっていた。


「ふう。初めてにしては上出来かな?体は疲れないけど、流石にこれだけ同じ作業を繰り返すのは疲れたな」


日が落ちてはじめ辺りが暗くなり始めたので、ハルトは湖の畔に寝ころび空を見上げた。


「すごい……」

ハルトは思わず声を漏らした。


まだ日が落ちて間もない薄暗い夜空だが、明かりもなく、雲の一つすらない夜空に今まで見たことが無いほど綺麗な満点の星空が浮かんでいた。

その光景にしばらく心を奪われ眺めていた。

「はじめは何もないこの世界に絶望したけど、これほど綺麗な夜空を拝めるなんてな。悪くないかもな」


こうして星空を眺めていると、知っている星座が一つも見あたらないことに気が付いた。

「本当にここは俺の知らない異世界なんだな」


日が完全に落ちて気温がかなり落ちたのは感じるが、不思議と寒さをほとんど感じない。

日中も畑を耕していても暑さをほとんど感じなかったな。

これも健康な体の効果なんだろうか?

そんな事を考えながらハルトは眠りについた。



翌朝、朝日がハルトの顔を照らし、その眩しさ目を細めた。

「ん……朝か」


異世界にきていきなり人生初の野宿をすることになるとはね……。

ハルトは乾いた笑いを浮かべた。



昨日ある程度畑を整備したので、さっそく加護の力を使って作物の栽培を始めることにした。


「さーて、どんなのを育てようかな?」

鍬を抱えつつ初めての農業にハルトはワクワクしていた。


最初はすぐ食えるのがいいから生でも食えるトマトやキュウリ?

果物も欲しいな~。イチゴとかなら早く育つか?

まぁいいか、とりあえず色々だ。


こうして目を瞑り加護を使った。


『可食可能な作物の生成。成功しました』


おっ!来た来た。さて、どんな種が――


しかし、そこには作り出そうと思っていた《作物の種》。ではなく、《作物》がそのままの姿で大量に山積みになっていた。


「うわっ!……種じゃなくて野菜をイメージしすぎてしまったか……」

よく見ると野菜の中にリンゴやミカンといった果物も見える。


リンゴ一つ手に取って眺めた。

「うん。食ってから種を植えればいいんだ。儲かったと思うとしよう」

失敗はしたが今回は結果オーライ。次回からイメージするときに注意しようと自分に言い聞かせた。


ハルトは手に持ったリンゴをかじり、それを眺め少し考えていた。

野菜を切り分けたり調理する道具もなければ、保存する場所もないか……。

まずは調理器具?それとも冷蔵庫とか…?いやいや、電気がないのに冷蔵庫はないない。

うーん。電気は無理としても冷暗所の保存庫とかならいけるかな?


色々悩んだが、ひとまず調理器具を加護で生成した。

調理台に調理器具、諸々一式でイメージしたので色々揃っていた。

まだ家が無いので野外の調理器具をイメージしたのでバーベキューセットのような物までそこにはあった。


次に保存庫。これはあまり知識もないのでテレビで見たことがある倉庫をイメージしてみた。

すると巨大な蔵のような建物がそこに現れた。


「うーん……まぁ使えればいいか」

これでこの作物達も多少は日持ちするだろう。


それから畑をもう少し広げ、果物を植えるための果樹園のエリアも作った。

桃栗三年柿八年っていうし果物は早めに手を付けておかないとな。


更に畑の区画ごとに近くから水を引けるように湖から水も引いた。

いまはただ引いただけだが、後々ちゃんとした水路を確保していこう。

日が落ちる前に明日以降に色々と活用できるような準備は整ったので、とりあえず今日は寝ることにした。



湖の畔に寝ころび夜空を見ながら考えた。

種を生成するときには想像が足りずに失敗したものの、農具や調理器具、作物の生成をみて分かったことがある。

生成したい物と関連して連想出来る物ならば、一度の加護で複数個生成できることだ。

明日からは加護を使うときはその経験を活かして色々試すことにした。

日に三回しか使えない加護を出来るだけ無駄遣いはしたくない。

明日以降にやることを決め、ハルトは目を閉じた。



夜が明けて起き上がったハルトは背伸びをしつつ思ったことがある。


ベッドで寝たい。


この世界には海や山もないのか、大気の循環もほとんどなく。

天候は常に晴れ。

ハルト以外に生物が存在する気配もない。

そして暑さや寒さも感じないので家がなくても今のところ何の問題もない。

と昨日までは思っていたが……。


土しかない世界に寝ころんでの野宿はもう嫌だ。

野宿2日目にして早速文化的な生活が恋しくなった。


こうして今日はまず住居を生成することにした。

「昨日までの経験から考えると……家を家具と一緒に連想してイメージできれば……」


『住居と家具の生成。成功しました』


生成された家を見ると懐かしくもあるとても見覚えのある家がそこにはあった。

その家は前世で住んでいた実家と全く同じ外観をしていた。

「家をイメージするってなるとまぁこうなるか……」


とりあえず中を確認することにした。

実家は田舎の古民家だったので、いい感じの縁側などもあり、農業をしながらのんびり暮らすにはぴったりだな。と思った。

内部を見て回ると昔から慣れ親しんだ家に帰っていたような気分になり少し気持ちがほっこりした。

予想通り想像した家具は一緒に生成されたらしく一通り揃っている。


「ひとまず成功だな。これで……今日からはベッドで寝られる~!」


一応確認はしてみたが水道やガスや電気は当然ながら通っていなかった。

流石に加護の力で作り出した家といっても供給のないものが通っているはずがなかった。


住居の確認はできたので、家を出て畑の方に向かった。

今日は種をしっかり想像して生成する。


『植物の種の生成。成功しました』


こうして3日目にしてようやく畑に種を植えることができるようになった。

色々な種を想像したら大量の種を生成できたが、農業は素人なのでどの種が何の種なのかわかるものは半分程度。

中には一目見てわかるような、ヒマワリやアサガオの種など《種》をイメージをして連想しやすい花の種も交じっていた。

《種》って思うと小学校とかでも植えてたヒマワリやアサガオをつい連想してしまった……ほんとに自分の想像力の曖昧さに笑えてくる。


とりあえず種類ごとに畑を分けて植えていった。

今はまだ畑の数も少ないのでいいが、どこに何を植えたのか分かるように看板もいずれ作ろうと思った。


こうして種をすべて植え終わるころには日が落ちていた。

はぁ~疲れた。いや体は疲れてないけどね。気分的にね?


「作物が育つの楽しみだなぁ~」

ハルトは思ってた以上に農業に充実感を感じ始めていた。

だが、この世界にいる生物は自分一人だけということに、早くも寂しさも感じ始めていた。


果物をかじり空腹を満たすと、久々のベッドに寝ころびながら前世でこの家屋とそっくりな実家に住んでいた頃に飼っていた猫を思い出していた。

「こうやって寝ようとしたらルナが布団に潜り込んできたからよく一緒に寝てたなぁ……」

昔のことを思い返すと、誰もいないこの世界に余計に寂しさを感じてしまった。


そして、前世で死ぬ直前に助けたルナによく似た銀色の毛の猫のことを思い出した。

あの猫は無事だったかな?

助けるためとはいえ、勢いよく放り投げちゃったから怪我とかしてなかったらいいな……


そのまま助けた猫のことを思いながらハルトは眠りについた。


『……の召喚。成功しました』

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