【短編】七瀬さんはとにかくイチャイチャしたいだけ!

遠堂 沙弥

第1話

「バイトしない? 簡単よ、私の彼氏になるだけだから」


 諸事情で田舎に引っ越して来た僕に、七瀬ナナミがそう告げてきた。

 もしこれが「普通の男子高校生」だったなら、「普通の女子高生」にそう持ちかけられて断る理由なんかないだろう。ただ僕は「普通の男子高校生」とは、少しだけ違う。

 でも七瀬さんにそう誘われたら、断れるはずがない。

 これは僕にとって最大のチャンスだったから。


「あの……、本当に僕でいいんですか?」


 さすがに卑屈すぎる質問だっただろうかと思ったが、七瀬さんはふんと鼻を鳴らして自信満々に答える。


「この私が、こんなド田舎で生まれ育った芋臭い男子を相手にすると思う? 私の目に狂いはないの。都会からこの村に引っ越してきた黒葛原つづらはらなぎ、あなただから選ばれたのよ。もっと誇りなさい」


 そう豪語して高笑いしてるけど、どう考えてもこの村出身の男子の方がビジュアルはいいと思うんだよなぁ。

 田舎の風景によく似合うザ・やんちゃ坊主って感じの男子もそりゃいるけど、みんながみんなそうじゃない。なんだったらクラスで一番人気の田中でも良かったはず。

 僕はどちらかと言えばそう、控え目に言って陰キャ寄りのビジュアルだ。黒髪の長い前髪で、常に右目が隠れてしまってるレベルで、周囲からは暗い印象しか持たれない。

 都心の高校でも僕が横を通っただけで「寒気がする」と言って、女子にあからさまに敬遠される程度にはモテない系男子だ。それでも僕を選ぶ辺り、七瀬さんの好みのタイプはかなり変わってると言えよう。


「黒葛原なんて名字、どこぞの豪族か武家の人間だったりするのかしら? ご両親はお金持ち? 私と釣り合うには実家は太くなくちゃね!」


 そこに七瀬さんの品性を差し引いたら、釣り合いが取れないのでは……とも思ったけど。そんなことを言ってこのチャンスを逃すほど僕はバカじゃない。


「それで、そのバイトで僕は一体何をしたらいいんでしょう?」


 ただ普通に聞いただけだ。それなのに七瀬さんは急に顔を真っ赤にして黙ってしまう。

 僕が返事待ちで呆然と立ち尽くしていると、七瀬さんは僕に向かって指をさして声を上擦らせた。

 ただし目は逸らしたままだ。


「明日は日曜日よね! 明朝7時に、村の外れにある来栖橋の下で待ち合わせよ!」

「時間帯早っ! 9時とかじゃ」

「ダメよ、時間に1分でも遅れたらデートは無し! わかった!?」

「あ、デートなんですか」

「……っっ!!」


 あ、ものすっごい真っ赤になった。耳まで赤い。

 七瀬さんはほとんど涙目になりながら、よほど恥ずかしいのか。溢れそうな涙をグッと堪えて叫ぶ。


「いいわね!? 絶対よ!? 約束を破ったらひどいんだから!」

「あの、ちょっと待ってくだ……っ! 持ち物は? 服装は?」


 よほどいたたまれない気持ちになったのか、七瀬さんはそのまま逃げるように去ってしまう。

 置き去りにされた僕は、ひとまず明日のデートに備えることにした。

 非モテな僕が、女子と会話どころかデートだなんて……。

 失敗するわけにいかないな。なんせ七瀬さんは……。


 ***


 僕はファッションセンスが皆無だから仕方ない。

 これでも少しはマシに見えるように、白シャツにチノパン。色合いも至って普通、奇抜な配色は当然選べるはずもなく。夏の日差しが強かったので、ツバ付き帽子をかぶって来た。

 七瀬さんが指定した来栖橋。来栖川は水量が少なくて、子供達がよく川遊びする姿が見られる、そんな川だ。

 来栖橋の下で待ち合わせということもあり、直射日光を避ける為、早々に橋の下へ向かうとそこにはすでに七瀬さんが待っていた。


「すみません! もしかして待たせちゃいましたか!?」

「いいえ、私はいつも早めの行動を心がけているから大丈夫よ。感心したわ、黒葛原凪。第一関門合格といったところね」


 ふふんと得意げに微笑む七瀬さんは、白いワンピースだった。

 彼女の漆黒の髪に良く似合う。とても映える姿に、僕は一瞬見惚れてしまった。

 満足そうな笑顔のまま七瀬さんは僕に近付き、昨日ほどではないが少しだけ頬を紅潮させながら、小声で話しかけてくる。


「昨日の、バイト内容の件……なんだけど」

「それなんですけど、彼氏役というのは一体何をすればいいんでしょう?」


 僕の問いに七瀬さんはもごもごしながら呟く。いや、全然聞こえませんが?

 察しの悪い僕に苛立ったのか、七瀬さんは拗ねた表情になると、今度は開き直って大きな声を上げた。


「だから! 私の彼氏になって恋人らしく、……イチャイチャしてみたいの!」

「……へ?」

「もう! ここまで言ってまだわからない!? 私は今まで誰ともお付き合いをしたことがないの! でもこんな田舎の芋臭くてダサい男子なんて絶対に嫌! お断りなの! だから都会育ちの黒葛原凪が私の恋人になって、私とイ……イチャイチャして欲しいって言ってるのよ!」


 そ、それは……。

 ムチャブリが過ぎるのでは!?

 僕は非モテで、陰キャで、女子に敬遠されるような気の利かないダサ男子高校生なんですが!?

 それこそ人選ミスってませんか!?

 女子をリードしたことなんて人生で一度たりとも……っ!


「そんなわけだから」


 グッと僕の手に、七瀬さんは自分の手を絡ませる。

 これが噂に聞く恋人繋ぎ!?

 頬を赤らめた七瀬さんが僕を見上げ、自然に上目遣いになる。

 なんだかとても、色っぽい……。


「さ、恋人と言ったらまずは手を繋いで歩きましょ」

「は……、はいっ!」


 僕はギクシャクしながら七瀬さんの言うまま、されるがままに誘導される。

 真夏なのにひんやりとした彼女の手は心地よくて、とてもサラサラしていた。


「ちょっと! 指で人の手スリスリしないでくれる!? 気持ち悪いんだけど!」

「すみませんんん! で、でも恋人同士ならそんなこと言わないのでは!?」

「そ、そうなの!? そ、そうよね? 仮にも好き同士のカップルが、相手に向かって気持ち悪いだなんて言うのはおかしいわよね?」


 いや、いくら両想いのカップルでも気持ち悪いものは気持ち悪いって言うかも知れないけど。そこは交際歴ゼロの僕には未知の世界。実際どうなのかわかるはずもない。

 それでも七瀬さんは一生懸命彼女役を演じようとしている。

 お互いにカップルを演じて、イチャイチャして、そこに何の意味があるのか僕にはわからないけれど。

 七瀬さんには七瀬さんなりの事情があるのだろう。

 僕はそれを尊重しなくちゃいけない。彼氏役を引き受けたからには。


 ***


「ここが榛媛はるひめ村の中で唯一有名な、縁寺ゆかりでらよ」

「あ、聞いたことあります。縁結びのお寺として有名なんですよね」


 僕はありのまま、何の意図もなく答えただけなのに七瀬さんはうつむいてしまった。

 黒髪の間から見える耳はまたしても真っ赤だ。


「恋人になったら、みんな一度はここを訪れるものなのよ。ほら、行くわよ!」

「え、でも……っ! 仮のカップルでもオッケーなんですか?」

「そんなこと言ってたら何も出来ないじゃない!」


 必死な表情で反論してきた七瀬さんに、僕は思わず返す言葉が見つからなかった。

 またしても彼女に言われるまま、僕は縁寺の本堂へと歩いて行く。

 寺の作法を知らないのか。七瀬さんは山門の前で手を合わせることなく、一礼することもなかった。

 左足から入ってしっかりと敷居を踏む。もちろん手水で清めることもなければ、お賽銭を入れる前に盛大に鐘を鳴らす始末。ここまで来るとさすがに、わざとやってる説が僕の中で浮上する。

 だけどここまでの一連の動作、七瀬さんの表情は真剣そのものだった。間違えないように、恥をかかないように、確かめながら一挙手一投足全てに全神経を集中するような仕草で、七瀬さんは全て間違えていったのだ。

 そんな七瀬さんの頑張っている姿を見ていたら、とてもじゃないけど水を差すようなことが出来なかった。

 いや、気を許している彼氏ならば注意するのが当然なんだろうけど。

 不覚にも僕はそんな一生懸命な七瀬さんのことが、ほんの少しだけ可愛いなと思ってしまった。


 両手を合わせて願い事をする。

 秒で終わらせた七瀬さんが、意気揚々とした声で僕に願い事の内容を聞いてきた。


「黒葛原凪は何てお願いしたの!?」

「いや、願い事って喋ったら叶わなくなっちゃうじゃないですか。言いませんよ」

「そう、なの……」


 感情の起伏が激しい。

 七瀬さんが落ち込んでしまったので、僕は縁寺名物の三色団子を食べないかと提案した。


「……お団子は嫌いなの」


 あっさりと断られた僕は行き場を失い、その先どうしたらいいのかわからなくなって固まってしまう。

 そんな僕に気を使ったのか、七瀬さんが僕のシャツの裾を摘んで引っ張ると、縁寺の奥の院がある方向を指差した。


「あっち、デートスポットですって。行きましょ」


 今度は顔を真っ赤にすることなく、七瀬さんの手は僕の手を自然な形で繋いで引っ張り連れて行く。

 最初の頃の緊張が無くなったのか。どことなく彼女の様子が楽しそうで、これが本来の七瀬さんの姿なんだろうと思った。

 縁寺の奥深く、ほとんど山の中を歩いて行く僕達。

 自分達の呼吸音より、蝉の鳴き声がよく聞こえてくる。木々に囲まれているのだからそれは仕方ないことなんだけど、耳をつんざく程にけたたましく鳴き続ける蝉の声……。

 まるで村中から全ての蝉をかき集めてきたのかと思うほどだ。いつもなら蝉の声を耳にするだけで、夏の暑さが1.5倍に感じられるのに。きっと木陰にいるせいだろう、そんな蝉の声も今ではなぜか涼しげに聞こえてくるようだ。


 奥の院は本堂とは別に、本尊が祀られている。

 今は鍵が閉められていて中を覗くことは出来ないようだが、七瀬さんが言っていたデートスポットというのは奥の院の前にある大きな池のことだ。

 自然に出来たハート型の池は瞬く間にSNSで拡散され、縁結びのお寺にある縁起のいいハート型の池として、遠方から観光に来るカップルが実は結構いたりするらしい。当時の僕には無縁の内容だったけど。

 パワースポットとしても有名で、スピリチュアルなものが大好きな若者や年配の方も訪れるほどだ。

 七瀬さんはハート型の池を眺めながら、少し寂しそうに微笑む。


「どうかしたんですか?」


 そう話しかける僕に、七瀬さんが至極当然な質問を返してきた。


「黒葛原凪は、どうして私に敬語を使うの?」

「それは……、七瀬さんが僕のことをずっとフルネームで呼ぶのと変わらなくないですか?」


 人付き合いが苦手な僕、他人との距離感を測れない僕は、誰に対しても敬語を使ってしまう。

 そうすれば大抵のことは難なく逃れることが出来るから。

 クラスメイトなら、真面目な奴と。

 大人の人からは、礼儀正しい子だと。

 いつしか敬語が無難な話し方になっていた僕に、七瀬さんは「どうして」と聞く。

 どうして七瀬さんは、僕のことを「黒葛原君」ではなく、「黒葛原凪」と呼ぶのか。


 ふふっと、初めて柔らかく微笑んだ七瀬さん。

 やっと自然な表情を見せてくれた彼女は、僕の手を離して後ろ手に組んだ。


「じゃあ、凪って呼んでもいい?」

「いきなり呼び捨ては、調子が狂うんですが……」

「わがままね。じゃあ凪君でいいわ」


 えっと、これはもしかして僕も七瀬さんのことを下の名前で呼ぶ流れですか?

 しかしそのタイミングを掴むことが出来ず、七瀬さんは僕に近付いて、近付いて、……近いっ!


「恋人同士は、キス……するのよね?」

「は、早すぎませんか!? 会ってまだ一週間ないですよ!? もっと言うなら、恋人を演じて3時間も経ってませんが!?」


 さすがにそれは早い!

 というか、バイトの恋人役でそれはちょっと……役得が過ぎませんか!?

 めちゃくちゃ動揺する僕に、七瀬さんは両手で僕をそっと突き放すと顔を伏せてしまった。


「そう、よね。キスは……、本当に好き同士でしなくちゃ。意味、ないわよね」

「な、七瀬さん?」


 傷つけてしまったのかと一瞬ビクッとしたけど、七瀬さんはスンとした表情で何事もなかったかのように素に戻っていた。


「驚いた? デートはまだまだこれからなんだから。さ、次行くわよ!」


 それから僕達は自然に手を繋いで縁寺を出ると、茶畑を一望し、来栖川の源流である滝を眺め、村全体を見渡せる丘へとやって来た。

 本当に自然以外、何もない!

 ここに引っ越してきたばかりの僕だったら、どこでデートしたらいいのか本気で途方に暮れていたところだ。

 生まれも育ちも榛媛村出身の七瀬さんだからこそ、土地勘があるだけにどこを見て回ったらいいのかよく心得ている。おかげでこの村の良さも教えてもらうことが出来た。

 気付けばもう太陽が沈みかけていて、夜が近付いている。そんな時間まで僕達は歩き回っていたのか。

 高校生のデートの時間は、そろそろ終わりを告げる頃合いだ。

 僕達は最後となる場所に来ていた。まさかだったけど、まさかまた縁寺の奥の院にあるハート型の池にもう一度来ることになるとは思わなかった。

 ほとんど一日中、二人であちこち見て回って、会話したからだろう。

 お互いに他人行儀な感覚は抜けて、友達同士みたいな距離にまで近付けた、ような気がする。

 七瀬さんも初対面の時のような高飛車な態度はどこかへ飛んでいって、今では年相応の女の子という雰囲気で僕と話をしてくれる。絶対こっちの方が、七瀬さんは可愛いと思う。


「もうすぐ終わりかぁ。恋人同士らしい、イチャイチャ……ちゃんと出来てたかなぁ?」


 夜空には満天の星……とまではいかないかもしれないけど、大きな月のおかげで七瀬さんの満足そうな笑顔がよく見える。七瀬さんが望むようなイチャイチャが出来ていたのかどうか、恋愛経験が乏しい僕にはわからない。

 だけどこれは僕の主観だけど、七瀬さんと一緒にいて楽しかったことだけは確かだ。

 デートってこんなに楽しいものだったのか。相手が七瀬さんだったからなのかもしれないけれど。


「ごめん、こういうの初めてで。どうしたらいいのかわからなかったから、上手く出来なかったです」

「まだ敬語が抜けないんだ。それも凪君らしいから、もう気にしてないけど」


 僕は七瀬さんの期待に応えられたのだろうか?

 彼女が望むような、恋人同士がするようなイチャイチャデートは達成出来たのだろうか?

 そんな不安ばかりが僕の胸を締め付ける。


「次は、もっとちゃんとします! ググって勉強しますから!」

「大丈夫、もういいよ」


 そんな言葉が、僕の心を抉る。

 嫌われた……。

 呆れられた? それとも……。


「私、きっとこんなデートがしたかったのよ。わかるもん……」


 初めて見せる七瀬さんの、本当の笑顔。

 月明かりに照らされた彼女の微笑みは、とても綺麗で、誰にも負けないくらい美しく輝いていた。


「七瀬さん、このまま僕といても……いいんですよ」

「ふふっ、それは出来ないって凪くんも本当はわかってるんでしょ?」


 そう言って七瀬さんは、ハート型の池に足を踏み入れる。

 水の音と共に、彼女はどんどん池の中心へ向かってゆっくりと歩いて行った。

 ハート型の池は中心に行くほど深みを増していく。

 もう七瀬さんの腰辺りまでが水面に浸かっていた。


「ありがとう、凪君」

「七瀬さん……」


 淡く光り輝くような七瀬さんの笑顔は、とても綺麗だった。


「心残りがあるとすれば、本当に好きになった相手と……キス出来なかったこと、かな」


 七瀬さんの頬に、一筋の涙が伝った瞬間。

 僕は自分でも信じられないくらいの行動力で、ハート型の池に勢いよく飛び込んで突き進んでいく。

 離すまいと、僕は両手で七瀬さんを抱きしめていた。

 いつの間にか僕の方が七瀬さんのことを……。


「僕は好きですよ、七瀬さんのこと。でも、七瀬さんは僕じゃ……ダメだろうけど」

「ダメじゃない……っ!」


 抱きしめる腕の力を緩めて、僕は七瀬さんを見た。

 大粒の涙を流す七瀬さんが僕の背中に両手を回して、顔を近付けてくる。


「好き……になったよ、本当に。凪君、優しいから。一緒にいて、とても楽しくて安心出来たから……っ!」


 僕達は月明かりの下、ハートの真ん中でそっと触れるキスをした。

 七瀬さんの唇は冷たくて、少しだけ湿っていて、とても柔らかかった。

 ごめん、僕の唇はすごくカサカサだ。


 ふっと、両手が空を切る感覚。

 さっきまで抱きしめていた実体が、突然消え去る時の感覚はきっと誰にもわからない。

 七瀬さんがいた場所、一歩足を前に出すとコツンと何かが当たる。

 僕は屈んで、精一杯腕を伸ばして池の底に沈んだ、足に当たった物を手探りで探して、それを掴む。

 

「そうか、ここにずっと……いたんだね。七瀬さん……」


 僕は池に潜って出来る限り、見つけられる限りの彼女の骨を探して、それを地面に置いていく。

 きっとまだ全部じゃない。

 だけど僕の力だけではこれがもう限界であることを悟り、七瀬さんの骨に向かって手を合わせた。


「七瀬さん、どうか安らかに……」


 ***


「お疲れ様でした、黒葛原様。これは謝礼です。お受け取りください」

「……はい」


 なんだか受け取るのが心苦しかったが、これも一応だから仕方ない。

 情に任せて無償にしたら、生活が出来なくなってしまう。

 

 ここは榛媛村にある唯一の病院だ。

 地下にあるドアの前で、謝礼金を受け取る僕の耳に男女の泣き声が聞こえてきた。

 七瀬さんのご両親。

 5年前の夏休みに入った辺りで行方不明になってしまい、大規模な捜索をしたにも関わらず見つからなかった七瀬ナナミという名の女子高生。

 その翌年から、夏休み直前になると現れる女子高生の幽霊の話が村を騒然とさせた。

 男子高校生を誘惑し、奥の院へ連れて行こうとする悪霊とされて、霊媒師をやっている僕に依頼が来たというわけだ。

 でも実際には怪我人や死人、行方不明者は出ていない。だけどそれが毎年起きることに恐怖を感じた村の人が、どうか彼女を祓ってほしいと願い出た。

 それが七瀬さんの霊かどうか定かではなかったけれど、女子高生の幽霊が出たのは七瀬さんが行方不明になった翌年だということで、七瀬さんの両親も涙ながらに女子高生の幽霊をどうか成仏させてほしいと……。

 親としては自分の娘の幽霊だとは、すでに亡くなっているとは信じたくなかっただろう。

 事の真意を確かめる意味も含めて依頼を受けた僕は、七瀬さんに話しかけられたんだ。


 七瀬さんは、普通の女子高生のように……。

 ただ誰かを好きになって、恋人になって、ただ……恋人らしいことがしてみたかったんだよね。

 それを叶えることもなく亡くなってしまって。

 だから誰かを傷付けるでもなく、恋人になって欲しいってお願いしてただけなんだ。

 そしてその人に、自分はここにいるって、教えて見つけて欲しかったんだよね。


「……ずるいなぁ、七瀬さん」


 どうして君は、僕にこんなにも恋心を抱かせて……一人で逝ってしまったんだ。

 僕の心は君に囚われたままだっていうのに。


「だから言ったじゃないか。このまま、僕と一緒にいてもいいって」


 仕事はもう終わったというのに、ーー僕は今もまだ七瀬さんに振り回される。

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